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「只今、マリデール侯爵領内に入りました」

御者がそう伝えてくれる。ちなみに私達が領地を離れている間はお母様の代わりに国王陛下直々に管理して下さっていたらしい。ユースゼルクの大公領も皇帝陛下が管理していてくれるそうだ。

急ぎの書類などはこちらに届けられるそうだが、それは私達の仕事も同じだ。

「領内に入ったならすぐに屋敷に着くね」
「ええ」
「シモン、貴方は一年後の学院入学まで何をするの?」
「クレイス王国には騎士団の諜報部というものがあると聞きました。暇潰しに様子を見てみようかと」
「そう」

表向きの進路は考えておかないといけないわね。私は女だから仕事をする必要がないけれど。
こちらで仕事をするとしても、それは一時だけになるだろう。お父様は宰相らしいが実際は外交官のようなものになるらしい。ユースゼルクとの。

今のところ、大公家とマリデール侯爵家を誰が継ぐかは決まっていない。私達は帝位継承権も持っているから簡単には決められない。

「姉上は?」
「そうねぇ…私は特に決めていないわ。地味に目立たず卒業したいわね」
「…それは無理かと…」

(姉上はいろんな意味で目立つし、本人はそれを分かっていないからな)

「…何か言った?」
「いえ、なんでも」

聞き返しはしたが、ちゃんと聞こえている。シモンもそのことを分かっていて言っているのだろう。
この距離にいるのだからどんなに小声で話しても聞こえる。

「マリデール侯爵邸に到着致しました」

ガタンッと馬車が揺れて停まり、御者が声をかけてくる。
久しぶりの私達の第二の家は相変わらず立派だった。もちろん、ユースゼルクのウィーウェン城の方が何倍も大きいが、マリデール家はクレイス王国では大きい方なため、王国で言う公爵家くらいはある。

それでもいくら貧困層などがないとは言え、ユースゼルクの方が比べ物にならない程に経済が潤っているので、クレイス王国で言う公爵邸はユースゼルクで言う伯爵邸くらいだ。

まあ、序列二位とはいえ間に100くらい国が入ってもおかしくないくらいには国力が違うが。冗談ではなく本当に。

「ではわたく…私は私室に向かいますわ。自分で片付けたい荷物もありますし」
「では俺も」

やはり普段は「私」なんて言わないため咄嗟にわたくし、と言いそうになる。シモンも言いづらそうだった。

マリデール家の使用人にでさえ、私達の正体は教えていないため、いつでも気が抜けない。だから早く学院に入りたい。そうすれば侍女は連れていかず、私のことは影にお願いするのに。
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