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第三章
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しおりを挟む旭は、思わずその場に立ちすくんだ。
(俺が目を離したばかりに、白蛇さまとはぐれてしまった)
「はぐれるなよ」と、そう言われたばかりなのに。
浮かれていた気持ちが萎れ、旭は俯く。
たった一瞬目を離しただけなのに。
ここで待っていたら気づいて戻ってきてくれないだろうか。それとも進むべきか。
旭はぐるぐると考えるが、どうするのが正解なのか、最善手なのかが分からず途方に暮れた。
「――ねえ。君、白蛇んとこの子?」
「……えっ」
突然話しかけられ、旭は声のした方を振り仰ぐ。
装束も飾りも顔つきも派手な男が、そこに立っていた。
大きく開いた紫の装束に、耳には羽の飾りがついている。
「俺、迷子とか案内すんの得意なの」
「ま、迷子……?」
「どう見ても迷子でしょ?……だってアンタ、人間だろ」
「――――!」
驚いて目を見開いた旭に、その男はニタリと口角を上げる。
「当たり。俺はさ、導く力を持ってる。何かを迷っている人を見つけるのは大得意ってわけ。白蛇のとこへ行きたいんでしょ?案内してあげる」
旭が口をはさむ暇もなく勝手に決めて、男は旭の手を取る。
「あ、あの、」
「大丈夫大丈夫。俺に任せておけば必ず白蛇のとこにいけるよ」
「そうじゃなくてっ!手を……手を放してください」
「い、や、だ。また迷子になりたい?君が人間だって気づいてるの俺だけだし、他の神が全員こんな友好的とは限らないだろ?」
旭は言葉に詰まる。
ほらね、とでも言いたげな顔をした男が、ふと立ち止まった。
「白蛇の使い……にしては、匂いがしないね」
「匂い……?――ひっ、」
顔を寄せられて匂いを嗅がれ、旭は肩を震わせて後ずさった。
(な、なに?この神様……!?)
「お手付きじゃないんなら、俺んとこに来ない?最近、社追い出されちゃって、俺使いの子がいないんだよね」
「お手付き……?よくわかりませんが、おれは白蛇さまの贄です。白蛇さまのところ以外へは行きません」
「ふうん?一途なんだ。益々欲しくなった」
「ひ……っ!何するんですか!」
男に、手の甲に唇を落とされ、旭は力いっぱい振り払った。
ぞわ、と嫌悪感が体を走る。
「印。迷わないように、目印つけとかないとね」
「な……」
「覚えといて。俺の名前は、紫鴉……紫の、鴉だ」
「し、が……わっ!?」
紫鴉に気を取られていた旭は、突然後ろに引っ張られる。
どん、と当たった感触と、ふわりと鼻をくすぐった匂いに、旭は体の力を抜いた。
「白蛇さま」
「大丈夫か?」
確信を持って呟いた旭に、低く穏やかな声が帰ってくる。
紫鴉が触ったのとは逆の手を、白蛇が優しく持ち上げた。
先ほどとは全く違う。旭はされるがまま、手の力を抜く。
指の間を擦られる感触に、旭は小さく息をつめた。
「――お前、こいつに何をした」
怒気、というより殺気に近い。
白蛇の瞳孔がぎゅっと細くなって、旭は白蛇の手をぎゅっと握った。
「何を、とは?」
「獣の匂いがする」
「ハッ!そりゃあ俺は獣だからね。俺は雑食だから。落ちてるものは何でも拾っちゃうよ。落としたのは、アンタだろ?」
べ、と舌を出した紫鴉に、白蛇はため息を吐いた。
「偶然に落ちていたのではなく、わざわざ落とさせたの間違いだろう。――社を追い出されるだけのことはある」
白蛇の言葉にも、紫鴉は肩をすくめるだけだ。
これ以上話す価値がないと判断したのか、白蛇が旭の手を引いて歩き出した。
「気が変わったら、いつでも俺のとこおいでよ」
「……絶対に、あり得ません」
紫鴉の言葉に、旭は歩きながら振り返り、返事をした。
こうして手を繋いで歩くことは、嬉しいことのはずなのに。
じわりと滲む手汗は、白蛇が社に着くまで無言だったからだ。
これから叱られる子どものような気分で、旭は黙って歩く。
「――事情を話す前に、まずは風呂に入れ」
「……はい」
旭は急いで自室から着替えを取り、風呂に入る。
(――獣臭い、って白蛇さまが言ってた)
良いにおいがする、なんて言われたことはなかったけれど、旭にとっては落ち込む一言だった。
紫鴉が白蛇に不躾な態度をとったり、旭をどこかへ連れだそうとする目的が分からない。
(社を追い出されて、使いがいない……)
社を追い出されるなんて、余程の事があったに違いない。
(もしおれが白蛇さまの使いになれたなら、社を追い出されたって白蛇さまについていくのに)
ざば、と湯桶で頭からお湯をかぶり、旭は頭を大きく振った。
最後にもう一度紫鴉に触られたところを入念に擦ってから、風呂を出る。
旭は衣服を整え、白蛇の部屋の前に座した。
「――入れ」
「失礼いたします」
白蛇の私室に入るのは、これが初めてのことだった。
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