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プロローグ
来年もまたこんな話をしよう
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時岸 帆文(ときぎし ほぶみ)と草川 鈴恵(くさかわ すずえ)は二人で並んで並木道の通学路を歩いていた。二人の両側には満開の桜が咲き誇っている。
「同じ高校に行けて本当によかったね」
鈴恵は声を弾ませながら、帆文の方を見る。彼女は赤いアンダーリムの眼鏡をかけ、手提げ鞄を持っていた。鞄には手の平サイズのくまのぬいぐるみのキーホルダーが付いている。
「そうだな」
帆文はこくりと頷く。その口元はかすかに笑っていた。今日は高校の入学式。二人は市内にある公立高校の宮下学園へ向かって歩いていた。
天気は雲一つない快晴。しかし、風が少し吹いていた。四月の風はまだ少し冷い。風が吹く度に、薄い桃の色をした花びらが舞い散る。それはまるで―。
「きれい。まるで雪みたい」
鈴恵は両手を広げて踊るようにくるりとステップを踏む。
「ああ」
対照的に帆文は落ち着いた様子でこくりと頷く。
「むう」
そんな帆文の様子に鈴恵は頬を膨らませた。
「どうした?」
「私だけはしゃいでいて、なんだか子どもみたいじゃない」
帆文はその言葉を聞いてくすっと笑った。
「ええ? なんで笑うの?」
「いや、ちょっと思い出して」
「何を?」
「うん。少し昔の、子どもだった頃のこと」
帆文はしみじみと言う。鈴恵はそんな帆文をきょとんと見つめた。
「何言ってるの? 文くん。私たちまだ子どもじゃない。一人で生活もできない。アパートを借りることもできないし、お金だって借りられない。免許だって取れないし。お酒も飲めない。何もできない子どもだよ」
「む? まあ、それはそうだけど」
もっともな言葉に帆文は眉を寄せる。そんな帆文を見て鈴恵はにこっと笑った。
「ふふふ。そういうことじゃないんでしょ。わかるよ」
「本当に?」
鈴恵は「もちろん」と胸を張り口を開く。
「子どもだった頃というより、ガキっぽかった頃ってことでしょ」
その言葉に帆文は「う・・・」と虚を突かれたように驚き、口元を歪めた。
「そうだけど、そんなにストレートに言われるとへこむな」
「そう? 私だってそうだったし。気にしなくていいんじゃない」
「確かに。鈴恵はいろいろ酷かったもんな」
「えー。文くんだってそうだったじゃない」
そして、二人は互いの顔を見合わせ笑い合う。
「でも、俺たちはまだまだ子どもだな」
「そうだね。高校生になっても何が変わったかわからないし」
「そうだな」
「でも、あの頃よりは少し大人になったのかな」
「それは一つ年を取ったから?」
「それもあるけど。なんていうのかな、精神的に大人になったっていうのかな。うーん。どう言ったらいいのかな」
鈴恵は唸りながら悩むと、ふと思いついたようにぽつりとつぶやく。
「・・・・・・周りの人に助けられて生きていることに納得したっていうのかな」
「ああ。確かに。そうだな」
その言葉は帆文の胸にすとんと落ちた。
「ねぇ、文くん」
そこで鈴恵は足を止めると、真っ直ぐに帆文を見つめた。帆文も同じく足を止める。そして、不思議そうに鈴恵を見つめた。
「どうした?」
「文くんはまだ早く大人になりたいと思っている?」
その言葉に帆文は目を見開く。そして、鈴恵がどんな気持ちでその言葉を言ったのか考えるようにじっと見つめた。
風が吹き、二人の間を桜の花びらが舞った。
その光景は美しくもあり、どこか物悲しくもあった。
沈黙は数秒。それでも、二人にとってさまざな思い出を振り返るには十分な時間だった。そして、帆文は口を開く。
「ああ。それは昔と変わらない。鈴恵も同じだろ」
「うん」
鈴恵は嬉しそうに頷いた。そして、二人は歩みを再開する。
「やっぱり宮さんに迷惑・・・・・・じゃなくて、お世話になりっぱなしっていうのは悪いから」
「あの人はそういうの気にしてないと思うけど」
「そうだけど。やっぱり気になるの。あっ、これは宮さんに絶対に言わないでね」
「ああ。わかってるって」
「文くんはそういうの気にならないの? 寛人さんに対してさ」
「ああ。気にならないといえば嘘になるけど、今は甘えてていい気がする」
「へー。大人だね」
「そうか? 甘えている時点で子どもだと思うけど」
「宮さんが言ってたの、大人になるってのは分を弁えることだって。自分にできることとできないことを理解して、人生の様々な困難とうまく付き合っていく。それが大人だって。だから、さっきの文くんは大人っぽかったよ」
「へえ。宮さん、そんなこと言ってたんだ」
「うん。昨日の夕食の時に言ってたよ。だいぶお酒入ってたから酔ってたけど」
「酔っぱらいのたわ言かよ」
「うん。でも、私は好きだな。その考え方」
鈴恵は慈しむようにぽつりと言った。
「ああ。そうだな」
帆文はそんな鈴恵を愛おしむように見ながら頷いた。
「ねえ。文くん。来年もこんな風に話そう」
突然された鈴恵の提案に、帆文は首をかしげた。
「こんな風に?」
「うん。例えば、去年こんなこと言ってたけど、あの頃はまだ子どもだったなって」
「なんで?」
帆文の疑問に鈴恵は宙を見つめながら口を開く。
「多分、そうやって大人になっていくと思うから」
そして、帆文の方を見ると、とびきりの笑顔を浮かべた。
「だから、こんな風にまた来年も話したいの」
帆文はそんな鈴恵を見て笑みを返す。
「そっか。じゃあ、来年もまたこんな話をしよう」
「うん」
そうして二人は並んで歩く。
未来のことは誰も知らない。これは当然のこと。
知っているのは過去のことだけ。これも当然のこと。
だから、これは過去のお話。
二人がまだ子どもである今よりも、さらに子どもだった頃のお話。
幼くて、ガキっぽくて、何かができると思って、何もできなくて、一人で生きたくて、そんなことは不可能で、そして、今と変わらず早く大人になりたいと思っていた頃のお話。
帆文と鈴恵の出会いの物語。
「同じ高校に行けて本当によかったね」
鈴恵は声を弾ませながら、帆文の方を見る。彼女は赤いアンダーリムの眼鏡をかけ、手提げ鞄を持っていた。鞄には手の平サイズのくまのぬいぐるみのキーホルダーが付いている。
「そうだな」
帆文はこくりと頷く。その口元はかすかに笑っていた。今日は高校の入学式。二人は市内にある公立高校の宮下学園へ向かって歩いていた。
天気は雲一つない快晴。しかし、風が少し吹いていた。四月の風はまだ少し冷い。風が吹く度に、薄い桃の色をした花びらが舞い散る。それはまるで―。
「きれい。まるで雪みたい」
鈴恵は両手を広げて踊るようにくるりとステップを踏む。
「ああ」
対照的に帆文は落ち着いた様子でこくりと頷く。
「むう」
そんな帆文の様子に鈴恵は頬を膨らませた。
「どうした?」
「私だけはしゃいでいて、なんだか子どもみたいじゃない」
帆文はその言葉を聞いてくすっと笑った。
「ええ? なんで笑うの?」
「いや、ちょっと思い出して」
「何を?」
「うん。少し昔の、子どもだった頃のこと」
帆文はしみじみと言う。鈴恵はそんな帆文をきょとんと見つめた。
「何言ってるの? 文くん。私たちまだ子どもじゃない。一人で生活もできない。アパートを借りることもできないし、お金だって借りられない。免許だって取れないし。お酒も飲めない。何もできない子どもだよ」
「む? まあ、それはそうだけど」
もっともな言葉に帆文は眉を寄せる。そんな帆文を見て鈴恵はにこっと笑った。
「ふふふ。そういうことじゃないんでしょ。わかるよ」
「本当に?」
鈴恵は「もちろん」と胸を張り口を開く。
「子どもだった頃というより、ガキっぽかった頃ってことでしょ」
その言葉に帆文は「う・・・」と虚を突かれたように驚き、口元を歪めた。
「そうだけど、そんなにストレートに言われるとへこむな」
「そう? 私だってそうだったし。気にしなくていいんじゃない」
「確かに。鈴恵はいろいろ酷かったもんな」
「えー。文くんだってそうだったじゃない」
そして、二人は互いの顔を見合わせ笑い合う。
「でも、俺たちはまだまだ子どもだな」
「そうだね。高校生になっても何が変わったかわからないし」
「そうだな」
「でも、あの頃よりは少し大人になったのかな」
「それは一つ年を取ったから?」
「それもあるけど。なんていうのかな、精神的に大人になったっていうのかな。うーん。どう言ったらいいのかな」
鈴恵は唸りながら悩むと、ふと思いついたようにぽつりとつぶやく。
「・・・・・・周りの人に助けられて生きていることに納得したっていうのかな」
「ああ。確かに。そうだな」
その言葉は帆文の胸にすとんと落ちた。
「ねぇ、文くん」
そこで鈴恵は足を止めると、真っ直ぐに帆文を見つめた。帆文も同じく足を止める。そして、不思議そうに鈴恵を見つめた。
「どうした?」
「文くんはまだ早く大人になりたいと思っている?」
その言葉に帆文は目を見開く。そして、鈴恵がどんな気持ちでその言葉を言ったのか考えるようにじっと見つめた。
風が吹き、二人の間を桜の花びらが舞った。
その光景は美しくもあり、どこか物悲しくもあった。
沈黙は数秒。それでも、二人にとってさまざな思い出を振り返るには十分な時間だった。そして、帆文は口を開く。
「ああ。それは昔と変わらない。鈴恵も同じだろ」
「うん」
鈴恵は嬉しそうに頷いた。そして、二人は歩みを再開する。
「やっぱり宮さんに迷惑・・・・・・じゃなくて、お世話になりっぱなしっていうのは悪いから」
「あの人はそういうの気にしてないと思うけど」
「そうだけど。やっぱり気になるの。あっ、これは宮さんに絶対に言わないでね」
「ああ。わかってるって」
「文くんはそういうの気にならないの? 寛人さんに対してさ」
「ああ。気にならないといえば嘘になるけど、今は甘えてていい気がする」
「へー。大人だね」
「そうか? 甘えている時点で子どもだと思うけど」
「宮さんが言ってたの、大人になるってのは分を弁えることだって。自分にできることとできないことを理解して、人生の様々な困難とうまく付き合っていく。それが大人だって。だから、さっきの文くんは大人っぽかったよ」
「へえ。宮さん、そんなこと言ってたんだ」
「うん。昨日の夕食の時に言ってたよ。だいぶお酒入ってたから酔ってたけど」
「酔っぱらいのたわ言かよ」
「うん。でも、私は好きだな。その考え方」
鈴恵は慈しむようにぽつりと言った。
「ああ。そうだな」
帆文はそんな鈴恵を愛おしむように見ながら頷いた。
「ねえ。文くん。来年もこんな風に話そう」
突然された鈴恵の提案に、帆文は首をかしげた。
「こんな風に?」
「うん。例えば、去年こんなこと言ってたけど、あの頃はまだ子どもだったなって」
「なんで?」
帆文の疑問に鈴恵は宙を見つめながら口を開く。
「多分、そうやって大人になっていくと思うから」
そして、帆文の方を見ると、とびきりの笑顔を浮かべた。
「だから、こんな風にまた来年も話したいの」
帆文はそんな鈴恵を見て笑みを返す。
「そっか。じゃあ、来年もまたこんな話をしよう」
「うん」
そうして二人は並んで歩く。
未来のことは誰も知らない。これは当然のこと。
知っているのは過去のことだけ。これも当然のこと。
だから、これは過去のお話。
二人がまだ子どもである今よりも、さらに子どもだった頃のお話。
幼くて、ガキっぽくて、何かができると思って、何もできなくて、一人で生きたくて、そんなことは不可能で、そして、今と変わらず早く大人になりたいと思っていた頃のお話。
帆文と鈴恵の出会いの物語。
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