21 / 43
本編
21
しおりを挟む
翌日
先輩は昨日約束していた通り9時に迎えに来た。
行ってきます、と両親に声をかけて玄関を出ると、右手に持っていたボストンバッグを先輩に奪い取られ、代わりに先輩の左手と重ねられた。
「先輩、自分で持ちますよ」
「今日のお前の荷物は、その肩掛けのバッグだけだ」
ツンとしているが、たくさん歩くからな、と加えられた一言は彼の優しさに溢れている。
「ありがとうございます」
手を繋いだまま腕に抱きつくと「重い、歩きづらい、鬱陶しい」と言われたが、満更でもないと感じているらしいのは最近分かった。
自宅のある住宅地の丘を下り、学校の方向へ少し歩くと、程なくして駅についた。
「〇□駅までだから、2時間くらいずっと座りっぱなしだが、大丈夫か?」
「ええ、平気です」
先輩の話だと、着いた駅からさらにバスで30分ほど行ったところだという。
「頑張れば日帰り出来ませんか?」
気づいてしまった事実に疑問を覚えて質問をしてみると、先輩は目を逸らした。
「先輩?」
答えてください、というように顔を覗きこむと、先輩はしぶしぶ口を開いた。
「絵の下書きをすると時間がかかるから、日帰りだと家に着くのが遅くなってお前も疲れるだろう…………というのは建前で、もっと長く一緒に居たかっただけだ」
デレのターンがきたようだ。
「先輩、本当に私のこと好きですね」
「うるさい」
「私まだ先輩に好きって言われてません」
「……頼むから黙ってくれ……」
切符を買ってホームに行くと、ちょうど目的地へ向かう電車が到着した。
2人掛けの窓側の席に私を座らせた先輩は、大きな荷物を座席の上の荷物置き場に上げた。
ーーーーー目を開けると、電車は海沿いの線路を走っていた。いつの間にか先輩の肩に凭れて寝ていたようだ。
先輩はスケッチブックに鉛筆を走らせていたが…………
「先輩、悪趣味ですよ」
寝ている私の横顔だった。
「うわっ、びっくりした…………もう少し寝てていいぞ」
「デッサンしやすいから、ですか?いやです」
残念、とスケッチブックを閉じた先輩をじろりと睨んだ。
「肖像権ってありますよね」
「完全に非営利的かつ私的利用が目的だ。あと、ずっと肩貸してたから代金ということでいいぞ」
「肩を貸すのにお金とるんですか……まあいいですけど」
もう一度窓の外を見ると、小さく街並みが見えてきた。
「もしかして、あれですか?」
「ああ、それは今日泊まる宿がある温泉街だ」
「海は違う場所なんですね」
「ああ。温泉街からバスで30分くらいだ」
じゃあもう少し寝ときますね、と今度は腕を絡めて先輩の肩に頭を置いた。
重い、と言われたが、振りほどかれる様子はない。
先程寝たので全く眠気はないが、目を瞑って先輩の体温を感じていた。
「うわーー!腐った卵のにおいがします!」
「言い方……確かに硫黄は腐卵臭だけど……」
目的の駅から出た私は、広がる温泉街を前に残念な感想を漏らした。
「先に荷物を預けに行こう」と先輩に手を引かれて温泉街を歩き出すが、土産物屋や温泉まんじゅう屋などに目を奪われて中々足が進まない。
後で買ってやるからとりあえず歩け、と叱咤されて着いたお宿は、こじんまりしているが趣のある、良い雰囲気の老舗旅館だった。
「予約していた神崎です」
フロントで先輩が名乗ったが、「2名様ですね」と言われるとまるで夫婦のようだな、とか新婚旅行みたいだな、とか考えてしまう。
荷物を預けた私達は、早めの昼ごはんということで近くの定食屋さんに入った。
先輩は親子丼定食、私はザルそば定食を頼み、お腹を満たした。
その後温泉街で温泉まんじゅうを購入するのだが、「どこにそんなスペースが……?」という先輩の呟きは無視した。
温泉街のバス停から、聞いた事のない地名のバス停まで移動した私達は、再び手を繋いで海に向かって歩き出した。
もうすっかり手繋ぎがデフォルトだ。
「うわぁ……キレイですね!」
少し粒の大きな砂浜に、青い海、青い空、白い雲。海風があって少し肌寒いが、気分はすっかり夏だ。
「30分待っててくれ、意地で下書き終わらせる。その後少し遊ぼう」
「わかりました、あそこの小店に行ってても良いですか?」
「ああ、いいけど……あまり俺から離れ過ぎるなよ」
「ふふっ……かしこまりました!」
先輩は苦笑して、肩掛けのバッグからスケッチブックとマスや斜線がある紙を取り出して、下書きを始めた。
私は近くにある小店に行ってみることにした。
先輩は昨日約束していた通り9時に迎えに来た。
行ってきます、と両親に声をかけて玄関を出ると、右手に持っていたボストンバッグを先輩に奪い取られ、代わりに先輩の左手と重ねられた。
「先輩、自分で持ちますよ」
「今日のお前の荷物は、その肩掛けのバッグだけだ」
ツンとしているが、たくさん歩くからな、と加えられた一言は彼の優しさに溢れている。
「ありがとうございます」
手を繋いだまま腕に抱きつくと「重い、歩きづらい、鬱陶しい」と言われたが、満更でもないと感じているらしいのは最近分かった。
自宅のある住宅地の丘を下り、学校の方向へ少し歩くと、程なくして駅についた。
「〇□駅までだから、2時間くらいずっと座りっぱなしだが、大丈夫か?」
「ええ、平気です」
先輩の話だと、着いた駅からさらにバスで30分ほど行ったところだという。
「頑張れば日帰り出来ませんか?」
気づいてしまった事実に疑問を覚えて質問をしてみると、先輩は目を逸らした。
「先輩?」
答えてください、というように顔を覗きこむと、先輩はしぶしぶ口を開いた。
「絵の下書きをすると時間がかかるから、日帰りだと家に着くのが遅くなってお前も疲れるだろう…………というのは建前で、もっと長く一緒に居たかっただけだ」
デレのターンがきたようだ。
「先輩、本当に私のこと好きですね」
「うるさい」
「私まだ先輩に好きって言われてません」
「……頼むから黙ってくれ……」
切符を買ってホームに行くと、ちょうど目的地へ向かう電車が到着した。
2人掛けの窓側の席に私を座らせた先輩は、大きな荷物を座席の上の荷物置き場に上げた。
ーーーーー目を開けると、電車は海沿いの線路を走っていた。いつの間にか先輩の肩に凭れて寝ていたようだ。
先輩はスケッチブックに鉛筆を走らせていたが…………
「先輩、悪趣味ですよ」
寝ている私の横顔だった。
「うわっ、びっくりした…………もう少し寝てていいぞ」
「デッサンしやすいから、ですか?いやです」
残念、とスケッチブックを閉じた先輩をじろりと睨んだ。
「肖像権ってありますよね」
「完全に非営利的かつ私的利用が目的だ。あと、ずっと肩貸してたから代金ということでいいぞ」
「肩を貸すのにお金とるんですか……まあいいですけど」
もう一度窓の外を見ると、小さく街並みが見えてきた。
「もしかして、あれですか?」
「ああ、それは今日泊まる宿がある温泉街だ」
「海は違う場所なんですね」
「ああ。温泉街からバスで30分くらいだ」
じゃあもう少し寝ときますね、と今度は腕を絡めて先輩の肩に頭を置いた。
重い、と言われたが、振りほどかれる様子はない。
先程寝たので全く眠気はないが、目を瞑って先輩の体温を感じていた。
「うわーー!腐った卵のにおいがします!」
「言い方……確かに硫黄は腐卵臭だけど……」
目的の駅から出た私は、広がる温泉街を前に残念な感想を漏らした。
「先に荷物を預けに行こう」と先輩に手を引かれて温泉街を歩き出すが、土産物屋や温泉まんじゅう屋などに目を奪われて中々足が進まない。
後で買ってやるからとりあえず歩け、と叱咤されて着いたお宿は、こじんまりしているが趣のある、良い雰囲気の老舗旅館だった。
「予約していた神崎です」
フロントで先輩が名乗ったが、「2名様ですね」と言われるとまるで夫婦のようだな、とか新婚旅行みたいだな、とか考えてしまう。
荷物を預けた私達は、早めの昼ごはんということで近くの定食屋さんに入った。
先輩は親子丼定食、私はザルそば定食を頼み、お腹を満たした。
その後温泉街で温泉まんじゅうを購入するのだが、「どこにそんなスペースが……?」という先輩の呟きは無視した。
温泉街のバス停から、聞いた事のない地名のバス停まで移動した私達は、再び手を繋いで海に向かって歩き出した。
もうすっかり手繋ぎがデフォルトだ。
「うわぁ……キレイですね!」
少し粒の大きな砂浜に、青い海、青い空、白い雲。海風があって少し肌寒いが、気分はすっかり夏だ。
「30分待っててくれ、意地で下書き終わらせる。その後少し遊ぼう」
「わかりました、あそこの小店に行ってても良いですか?」
「ああ、いいけど……あまり俺から離れ過ぎるなよ」
「ふふっ……かしこまりました!」
先輩は苦笑して、肩掛けのバッグからスケッチブックとマスや斜線がある紙を取り出して、下書きを始めた。
私は近くにある小店に行ってみることにした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる