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本編

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「長沢君」

「はいっ」


宝条さんに呼びかけられた長沢の顔はまさに真っ青だ。


「君は神崎さんと結婚した時、はしたのかな?」

宝条さんは相変わらずにこやかだが、目の鋭さに磨きがかかっていく。


「ーーーはい、しました」


コイツ終わったな、と思った。

つがいの契約は基本的にΩからは切れない。そして、Ωのみ二度とつがいの契約が出来ないのだ。αは出来るのに……


俺は早々に“運命”探しを諦めていたので、同じく諦めていたαの長沢と結婚して契約を結んだのだが、彼に“運命”が現れた途端に裏切られたのだ。

これがどれほど大問題なのかは、この世界の人間なら言うまでもない。


ーーーそして、俺の“運命”は宝条さん。多分この人は、身なりや仕草、出で立ちの良さから推測するに、宝条ホールディングスの関係者だろう……しかもかなりお偉いさんの。

宝条ホールディングスは、株でもよく名前を見る会社なので、相当凄い人だ。
『どちらかというと有能な部類』程度の長沢ではすぐに抹殺されるレベルだ。



「そうか……神崎さん、契約をしたのに一方的に切られたのかな、それとも同意の上で切られたのかな」


「ど、同意の上のはずですよ、なぁ?!」


長沢は青ざめてガタンッと立ち上がり、俺に賛同を求めた。


「長沢君、君には聞いていない」


ぴしゃり、と制され、長沢は席に着いた。



「それで……どうなのかな?」



手先が震えて、茶碗と箸がカチャカチャと音を立てる。


最後の一口を飲み込む。


ゆっくり箸を置き、テーブルの下でぐっと手を握りしめた。


「……一方的に、切られました」


「はぁ!?おい神崎、撤回し 「長沢君 」



宝条さんは、ゆっくり長沢と目を合わせた。


「君の仕事ぶりは評価していたけれど、人間としては…………残念だね」


クスッと笑った顔は、妖艶なのようだ。



途中まで送らせてください、と立ち上がった宝条さんに続いた。断ったがどうしても、と言われたのでお会計を一緒に払ってもらい、店を出た。



ーーーーー久しぶりに見たあいつは、昔とどこも変わっていなかった。











「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


近くの公園のベンチに座らされ、自販機に行ってきた宝条さんからペットボトルのお茶を頂いた。


1口飲んで一息つくと、隣に座った宝条さんは背筋を伸ばして、俺を見据えた。



「改めまして、私は宝条ホールディングスの代表取締役、宝条貴臣と申します」

「えっと、神崎優希です。よろしくお願いします」

主夫、とは言わなかったーーーいや、言えなかった。


「ここだけの話にしておいて頂きたいのですが、実は我社、現在他社とチームを組み、極秘に研究を進めている分野があるのです。ーーーそれは、Ωが再びつがいの契約を結ぶことが出来るようにするという研究です」

「ーーーそんなこと、出来るんですか?」

「まだ実験段階なので何とも言えませんが、今の時点で分かっていることは2つ。

1つは、元々契約をしていた相手への想いが全て断ち切られていること。つまり、心の繋がりが切れている状態ということですね。

2つは、次に契約をする相手への想いが、前回契約をした相手への想いを上回るということ。つまり、元カレ以上に今カレを好きになるということです。

実は、Ωの数自体とても少ないうえに、契約を切られて困っているという人も少ないので、まだのままで止まっているのです。だから……」


宝条さんは、俺の手を取った。


「だから、実験に協力する、というだけでも構いません。どうか……私を選んでください。必ず幸せにします…………結婚してください」


熱のこもった目で見つめられ、俺の下した答えはーーーーー
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