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第1章 歓迎! 戦慄の高天原

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 気がつくとそこは見知らぬ天井だった。
 ・・・このパターン、いい加減やめようぜ。


「あ! 目、覚めた? 大丈夫?」


 起き上がってみれば保健室らしき場所。
 薄いカーテンで仕切られたベッドだった。
 付き添いはリアム君。
 心配そうな顔で俺を覗き込んでいた。
 ・・・何もされてないよね? うん、服は乱れてない。


「ん、すまん、寝てたか」

「武くん、いきなり失神しちゃうから僕びっくりしたよ」

「ああ、ごめん。もっと気を付けてれば良かった話だから」

「先輩たちには僕が付き添いするからって、帰ってもらったよ」

「そうか。付き添ってくれてありがとな」


 時間は16時半。30分くらいだ、そんなに寝てはいない。
 くそう、いきなり事故ってしまった。
 魔力関連はやり方を考えねぇと危ないな。


「ねぇ、大丈夫? 痛いところない?」

「はは、心配性だな。平気だぞ」

「熱もないかな?」

「!?」


 いきなりリアム君の顔が近づき、俺の額に額を重ねた。
 間近に迫る美少年の顔。
 くすみ無い白い肌に均整の取れた目鼻立ち。
 可愛らしい唇。
 唐突だったせいなのか、見惚れてしまったせいなのか。
 思わずどきりとしてしまった。


「熱なんかねぇよ! 何つう測り方してんだ!」

「ええ? だってこれが1番わかりやすいよ」

「手のひらで良いだろ!」

「あはは、照れてるんだ?」


 だからなんでそっち方面で積極的なんだよ!
 迫っても駄目だからな!

 俺は彼の肩を押し返して身体を起こした。
 こいつを早く銃の訓練に参加させてやらねぇと。


「よっと!」


 俺はベッドから立ち上がる。
 うん、特に目眩も残ってない。
 

「お前は平気だったのか? 俺から変に魔力流れたりしてない?」

「・・・う、うん、平気だよ」


 その間は何だ。何があった。
 しかも照れてモジモジしてんじゃねぇよ。
 問い詰めたいけど、今は時間がねぇ。


「じゃ、部活が終わらないうちにもうひとつくらい見学に行くぞ」

「え? 大丈夫?」

「平気だよ。ちょっとビリってして失神しただけだから」

「そうなんだ。無理しないでね」

 
 いや、ちょっとなら失神しねぇけどさ。
 こればかりはAR値が高すぎる俺の問題。
 教員も善後策を考えてくれるらしいからどうにか検討していこう。
 AR値ゼロ問題でさえ解決できたんだ、絶対に道はある。

 ・・・どうでもいいけど、やっぱお前、女の子っぽいな。
 そのあどけない感じの笑顔は何なの?
 実は男の娘なんじゃねぇか?
 あれ? 男だから逆か。TSした元女の子とか?


「魔法関係を見に行ったから今度は武器関係を見に行こうか」

「・・・武器って怖いよね」

「魔法だって十分怖いと思うんだが」

「そう? だって、武器って相手を傷つけるためにあるし」

「う~ん。守るための力だって割り切るしかねぇよな」

「そうかなぁ」


 今度は武器棟を訪れた。
 目的地は全銃部。銃全般を取り扱う部活だ。
 銃の陰影を描いた看板がぶら下がっていたのですぐに見つかった。


「直接、斬り合ったり殴り合ったりするよりはマシだろう」

「銃って怖いよね?」

「お前、どうしたいんだよ!」


 呆れながらも部室の扉を開けると、障害物のある広い射的場が目に入った。
 なるほど、スナイプだけでなくサバゲーみたいなこともできるんだな。
 感心していると覆面に武装した先輩が声をかけてきた。


「ようこそ侵入・・・もとい、新入生の諸君!」


 何を言い間違えそうになったのか、この外見がテロリストな先輩。
 まあ銃で武装したらこうなるよね、散弾銃とかマガジン抱えてたら。
 というか覆面は駄目だろ。どうして覆面してるし。
 見た目にファンタジック要素がない分、やたらリアルで怖いな、ここ。
 部活で武器って法律に違反しねぇのかよとか、突っ込みはしないけどさ。


「こいつに体験させてほしいんだ」

「え、僕?」

「だってお前、そのナリで他の武器振り回したりできんのか?」

「だから、魔法かなって」

「騙されたと思ってやってみろって」


 不安そうに俺を見てるけど、お前、何か技能手に入れねぇと駄目だろ。
 主人公の中で唯一、攻撃系スキルが初期値オールゼロだろうに。
 つーか、なんでここまでサポートしなきゃならんのだ。
 他の主人公連中みたいに自発的に活動してくれよ。


「それではこっちで試し撃ちしてみるのだ」

「え? え?」

「頑張ってこいよ!」


 テロリスト先輩に引き連れられて奥へ消えるリアム君。
 よしよし、そのまま頑張って立派なテロリストになってくれ。
 彼が練習用の銃を手にしたのを確認してから、俺は全銃部を後にした。


 ◇


 さて。問題は俺だ。
 魔法は今のところやばそうだ。
 AR値92がこんな形で足を引っ張るとは。
 値が大きければ良いってもんじゃねぇな。中庸が一番。
 中庸じゃねぇ俺はどうすればいいんだ。
 まさか魔法、使えねぇのか?
 折角、ファンタジー要素の中枢に手が入れられると思ったのに。

 う~ん、とすると。
 何か他に攻撃手段を考えねぇと魔物と戦えねぇ。
 ・・・。
 ・・・。
 リアム君と被っても銃にすべきだったか。
 剣や槍、弓は無理だろう。
 見た目よりも訓練が物を言うからな。
 剣道とは別物だから経験値はゼロだし。
 まだ格闘技のほうが馴染みがある。
 格闘漫画の見すぎ?
 格闘ゲームのやり過ぎ?
 でも心象世界ならいける気がしてきた。
 よし、妄想先行で徒手空拳に行ってみるか。

 武器棟の奥地。
 やたら気合の入った声と地響きが鳴り響く闘技部。
 これ、ゴリゴリマッチョなお兄さんお姉さんの巣窟だったりしないよね?
 ラリクエの主人公は武器持ちだからゲーム中では登場しなかった部活だ。
 はっきり言って未知の世界。
 でもよく考えれば具現化を使って格闘をするんだろ?
 身体強化とか色々あるんじゃないだろか。
 じゃないとこんな物騒な音しねぇだろ。
 声も野太い男の声だけじゃなくて、女の声も混じってるし。
 よし、入るぞ。


「こんにちは~」


 俺は闘技部の扉を開けた。
 柔道場みたいな座敷を想像していたけれど、思い切り土がむき出しの広大なフィールドがあった。
 そこで某格闘漫画よろしく凄まじいスピードで動き回る先輩たちの姿があった。
 おいおい〇〇ボールかよ!?
 速さといい、殴り合いの威力といい、本気で人間辞めてるぜ!?
 どしんばしん、と振動がするたびに土煙があっちこっちで舞い上がってるよ。
 見えた光景に目を奪われていると、ぶわっという風とともにいきなり目の前に誰かが現れた。


「うお!?」


 その超スピード、まだ人間の俺には怖ぇよ!


「あ~、新入生? お、武じゃないか」

「え? 凛花先輩?」

「おー、まさかここに来るとはね。よしよし、アタイが可愛がってあげよう」

「え?」


 この人、闘技部だったの?
 モブキャラだったから気にもしてなかったよ。
 凛花先輩は上機嫌にぐいぐいと俺の腕を引っ張って奥へ連れていく。
 引かれるがままについていくと、ちゃんと座敷っぽい畳床の道場があった。
 いきなりフィールドで殴り合いするわけじゃないのね。よかった。


「素人だろ、手足の運び見ればわかる」

「イエス。お手柔らかにお願いします」

「さっきの見てわかっただろうけど、あの動きは具現化を使ってるからだ。生身で打ち合ったら死ぬからね」

「まだ殺さないでください」


 うん。
 あの漫画でも一般人のオッサンがメインキャラに指一本で吹き飛ばされるシーンあるしね。
 俺、中身オッサンだけどさ、ああはなりたくない。


「闘技部は表に具現化できない奴が集まってるんだ」

「表?」

「あ~簡単に言うと具現化が武器や魔法として出力もできないってこと」

「ふむ?」

「だけど具現化能力はあるから、その力を心身に重ねてるってわけだ」

「それで身体強化をしてると」

「お、物分かり良いね」


 なるほど。
 身体強化って異世界では標準的な気がするけど、ラリクエでは誰でも使えるわけじゃない。
 ゲームで主人公たちは武器を神業的に扱えるけども、身体能力が人外になっているわけじゃないから。
 固有能力で身体強化系ってどんなのがあるんだろ?


「ええと、俺は何を体験させられるの?」

「疑似化・・・一時的に魔力を固定して、脚を強化して走らせる」

「固定?」

「あー・・・小難しいことはわからないけど、疑似的な身体強化の具現化だ」


 そう言って凛花先輩は俺を立たせたまま、俺の右脚に手を重ねた。
 服の上からでもわかる。
 さっきのエレキテル(魔力)で感じたような魔力の流れ。
 その熱が強引に一か所に押し留められ、そのまま熱として残留する。
 流れとして拡散しないから目が回ることもない。
 初めてかな、現実として魔力の効果を感じられるのは。


「あ、何か暖かい」

「君、魔力強いな。ちょっと流しただけで反応した」

「え? そんなん分かんの?」

「闘技部の連中は、気や魔力の流れに敏感なんだよ」


 なるほど?
 よく分からないけども、凛花先輩には俺の魔力の流れが分かるらしい。
 凛花先輩は左脚も同じように手を重ねて何かをした。


「よし、これでできるはずだ。ちょっとアタイの後について来な」

「わかった」


 凛花先輩がジョグくらいの速さで走り出す。
 俺もその後を軽くついていく。
 すると段々と速度が上がる。
 先輩に合わせて俺も足を速める。
 すぐに俺の全力疾走に近い速さになっていた。


「このくらいなら誰でも走れるだろう。ここからだ」

「!?」


 フィールドの外周を駆ける凛花先輩はさらに速度を上げた。
 速いなんてもんじゃない、オリンピック選手もびっくりの人外速度だ。
 負けじと足を動かすと・・・動く!?
 地面を蹴る足首の力、前後に動かす大腿部の力。
 どれも意識するだけで人間の域を超えて動いていた。

 既に自動車並みの速度で景色が流れていく。
 カーブするときの足裏の摩擦が不安になるくらいだ。


「大丈夫そうだな。どこまで上げられるか見るよ。ついて来な!」

「はい!」


 超人的な力を得て楽しくなってきた俺は先輩に合わせて走りこむ。
 既に時速60km以上は出ていると思う。
 陸上選手なんて目じゃないね。

 うお!? カーブ曲がれねぇ!?
 余裕ぶっていたら止まれない速度で壁に激突しそうになる。
 先輩はどうしてんの!? 壁を蹴って曲がってるよ!?
 俺も勢いに任せて壁を蹴って曲がる!
 ダァン! と脚に衝撃が走る。
 ぐっ、強化してない上半身が痛い。
 これ、そろそろ危ないんじゃね?

 凛花先輩は音速を目指してどんどん速くなっていく。
 それに合わせると死ぬ予感がしてきたので俺は速度を落とした。
 ブレーキってどうやんの!?
 脚だけで時速100km近い!
 これ、力を抜いたくらいじゃ止まってくれない!?


「と、止まらねぇ!?」


 疑似化は急に止まれない。
 またカーブが迫ってきたところで、ブレーキ気味だった俺は止まれなかった。
 あ、これ、ぶつかったら死ぬ!?
 体が強張って・・・。


「おおっと! 危ない!」


 いきなり隣に現れた凛花先輩が俺を脚から抱きかかえ、壁を地面にして勢いを殺す。
 反動で宙を舞って、そのままフィールドの入り口に着地した。
 お姫様抱っこされた俺は、ジェットコースターを味わってすとんと地面に立たされた。


「・・・」

「おい、怪我はないか?」

「あ、はい・・・」

「ははは! 気の抜けた風船みたいな顔してるぞ!」

「ええ・・・」


 凛花先輩が大声で囃し立てる。
 あまりの非常識に俺の頭がついていかない。
 だけれども、今、体験したことは俺にとって現実で。
 興奮するなというほうが無理だ。
 身体が震えて、自身のことだと受け入れるのに少し時間がかかっていた。


「俺、速く走れた・・・」

「あ~、疑似化がうまくノッたからね。初めてであれは大したもの」

「誰でもできるものなんじゃ?」

「疑似化、あれ、上手くいかないことが多いんだ」

「え?」

「魔力の循環に失敗することが多いんだよ。君はすんなりいったから不思議だ」


 えーと。
 ともかく俺は疑似化を使って身体強化をして走れたと。
 良かった、適性かどうかは知らねぇけど、俺に出来ることはありそうだ。


「君、自分の魔力を持て余してるだろ。ちょっと鍛えればもっと動かせるようになる」

「え?」

「気功とかチャクラって知ってるだろ? ああいう感じの訓練をすればいい」

「そうすると魔力が操れる?」

「だな。いきなり魔法とかやると爆発するんじゃないか?」

「ええ!?」


 なんだそれ。
 つまり俺の魔力が暴走してるから、共鳴したりすると目が回るのか?
 それが本当なら炎撃部で訓練を始めなくて良かった・・・。
 先ずは体内の魔力を飼い慣らせってことか。


「ここでその練習ってできんの?」

「できるよ。初心者にはチャクラとか気功の基礎がある」

「しばらくご厄介になります」

「あ~、駄賃はあんぱんね」

「はいっ!」

「いつでも好きに来なよ。落ちこぼれの闘技部って思われてるけど、戦闘力じゃそれなりの成績残してるんだ」

「落ちこぼれ?」

具現化リアライズなのに具現化してないって」

「ははっ! あれだけ動けてるのに!」

「そうだろう? 馬鹿にする奴らの身体を抱えて走ってやるだけで黙るんだよ?」


 ははははは! と高笑いする凛花先輩。
 その豪胆な雰囲気は確かに卑屈さを感じさせることはなかった。

 気持ちよくパシリの約束をした俺。
 そのくらいで魔力操作の道筋が見えるなら安いものだ。
 毎日、食堂へ走るとしよう。
 この日は時間になるまで闘技部で瞑想のやり方などを教えてもらった。
 


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