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第1章 歓迎! 戦慄の高天原

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 少し遅くなりながらも闘技部へ来た。
 相変わらず人間を辞めた戦いがフィールド内で繰り広げられている。
 その中央でひときわ大きな衝撃が鳴り響き、緑と赤の魔力が飛び散った。
 あ、またウィリアム先輩が倒れた。
 あの人、いつも負けてない?
 というか凛花先輩が強いのか? 超人レベルは凡人の俺にはわからん。
 戦闘力測定器が欲しい。
 そして気付けば凛花先輩が目の前にいる。


「お~、来たね。馴染んだようじゃないか」

「おかげ様で。ありがと」

「はははは! 礼はまた駄賃でな!」

「はい」


 この人の強引さは気持ちが良いから嫌な気分がしない。
 動機はともかく俺に味方をしてくれているのは確かだし。


「今日も昨日の続き?」

「あ~、そうすると明日また眠くなるだろ。先に集魔法をやろうか」

「集魔法?」

「チャクラヒーリングってやつに近い。大気中にある気、魔力を身体に取り込む」

「はぁ」

「そっちでやろうか」


 相変わらず話が早い。というか説明してくれよ。
 言われるがまま道場へと足を進める。


「そこで適当に座ってくれ」

「うん」


 俺は畳の上に腰を下ろして胡座になった。
 凛花先輩が正面に同じように胡座になった。
 制服の白パンツとはいえ女子がこう足を開いているのはどうなんだ、と思わなくもない。
 ハイキックする格闘女子に今更か。

 そういえば皆、制服のまま運動してんだよな。
 この制服の生地がとても秀逸で丈夫だし洗ってもすぐに乾くし型崩れしない。
 下着と一緒に洗って軽く干すだけで翌日そのまま着られる。
 未来生地、優秀過ぎ。


「今から魔力を集める。必要なことはふたつ。ひとつめは水槽に穴が開いているイメージで大気中にある魔力が流れ込んでくるよう、丹田に受け入れる穴を開けること」

「はい」

「もうひとつは、その穴に自然に流れ込むよう無心になること」

「はい?」


 なるほど、わからん。
 そんなんでわかれば皆やってるわ!!


「なぁ先輩、もうちょっと分かりやすくできねぇか?」

「・・・」


 無視!?
 って、よく見たら先輩の丹田のあたりに魔力が集まっている。
 ぼんやりと緑色に光っている。
 これが集魔法?
 そいや先輩、俺に魔力付与したから疲れてるんだっけ。
 説明はともかく今の先輩にも必要なことなんだよな。
 少し待つと緑の魔力が濃くなってきて、先輩は目を開けた。


「とまぁ、こんな感じだ」

「あのさ、先輩。いきなりできる気がしねぇ」

「説明は苦手だ。やってみて覚えろ」

「ええ・・・」


 どうすりゃ良いんだってばよ。
 まず穴を開けるって?
 魔力で切腹でもすりゃ良いのか?
 そもそも俺、まだ具現化もできねえじゃんかよ!
 昨日、強制的に腕から出してガス欠しただけだし。
 生徒会も聖女様も凛花先輩も無茶振り過ぎ!!


「丹田の穴ってどうすんの?」

「最初だけ手伝おう。ほら、いくぞ」


 そう言うと先輩は俺のすぐ近くに座り直し、俺のお腹のあたりに顔を寄せた。


「えっ!?」


 ぴたりと俺の胸に耳を当てる先輩。
 髪から匂うフローラルな香りにどきりとする。
 服越しに暖かい感触も伝わってくる。
 何してんの!?


「大人しくしてろ。呼吸と鼓動を合わせるんだ」

「・・・?」


 言われるがまま、呼吸と鼓動を意識する。
 けども先輩の密着感が邪魔をして呼吸も鼓動も乱れる。
 先輩、ボーイッシュながら美人なんだから。意識しないってほうが無理。


「おい、どうした。乱れてるぞ。もっと落ち着け」

「ご、ごめん、緊張して」

「はぁ?」


 先輩が呆れ声をあげて顔を離す。

 おかしい。
 どうして俺はこう、精神耐性が下がってんだ。
 もうちょっと平気だったはずなんだが。
 もしかして3年もご無沙汰だったせいなのか!?
 少し顔が熱くなっている自覚がある。まずい。

 凛花先輩はそんな俺の様子を見て目を細めて悪戯顔をした。


「は~ん? 慌てるのは良くないね。落ち着くまで待ってやる」

「え、ちょっと・・・」


 有無を言わさず再度、顔を押し当てて来る凛花先輩。
 ああもう、だから駄目だって! わかっててやってんぞ!
 鼓動が乱れる。
 呼吸を合わせろってったってどうすんだよこんなの!
 遊ばれてるだけじゃねぇか!


「先輩、いちど離れて!」


 俺は慌てて後ろへ身体を逃した。
 けど先輩もそのまま俺に顔をつけたままついてくる。
 身体が倒れ、俺は先輩に押し倒されたような姿になってしまった。


「どうした。寝たほうが落ち着くか」

「落ち着くわけねぇだろ!」


 さすがに慌てて先輩の下から抜け出す。
 にやにやした先輩の顔を直視できない。
 ほんと、どしてこんなに初っぽくなってんだよ!?
 ドキドキに翻弄されながらも俺は先輩から距離をとった。


「ははははは! アタイの魔力を入れたんだから、このくらい何ともないだろう」

「俺をどうしたいんだよ! 先輩は!」

「どうって、そりゃねぇ」


 これもう完全に遊ばれてるよね!?
 なんなんだよ、折角、信頼してたのに。
 そんな俺の抗議の視線に凛花先輩はいたく真面目な顔つきで言った。


「まぁ聞け、遊んでるわけじゃない。外から内への穴を開けるには魔力と精神を同調するんだ」

「同調?」

「あ~、魔力適合ってやつ? あれ、いつも適合してるわけじゃない。振動ってのかな、精神の揺れと魔力の揺れを合わせた時に適合状態てやつになる」

「・・・」


 小難しい理論が出てきた。
 先輩、説明が苦手なんじゃなかったっけ?


「それで、普段はズレがある大部分を適合状態にしてやると不足分がはっきりして穴が開く」

「はぁ」

「揺れの合わせ方は呼吸と鼓動と、魔力の揺れを合わせるのがいちばんやりやすいんだ」

「・・・」

「だから君の魔力の揺れ幅を見たい」

「それで顔をつけてたと?」

「そういうこと」


 ・・・。
 いや、必要なら必要で説明して!
 いきなりなんて心構えできてねぇ!


「わかった。それ、背中からでも構わねえのか?」

「ああ、平気だ」

「だったら背中にしてくれ。そっちのが早く同調できそう」


 なんだよ正面じゃなくても良いんじゃねぇか。
 俺は座り直して目を閉じた。
 呼吸を落ち着けて鼓動に耳を傾ける。
 先輩が背後に移動する足音がして、俺の背中に顔を当てた。
 人肌は暖かいけれど、今度は変な緊張はしなかった。
 どくんどくんと自分の鼓動が先輩に伝わるのがわかる。
 その鼓動のペースに合わせ、呼吸の周期が合うように調整する。
 ああ、何だか身体の中の血液とか色々なものが、すっと通り抜ける感覚がする。
 呼吸と鼓動の同調だけでこんなに違うものなのか。


「魔力の揺れ幅を教える。アタイが叩くペースに合わせて呼吸しろ」


 自分の深いところで落ち着いていたら先輩の声が響いてきた。
 顔を背につけているから心の奥底からノックされているかのようだ。
 先輩が背中をとん、とん、とん、と一定のペースで優しく叩いている。
 これが俺の魔力の振動か。

 ・・・。
 心拍よりは遅く呼吸よりは速いその周期。
 俺は呼吸を魔力の振動に合わせるように組み替える。
 すぅ、はぁ、と独特のペースを作り出す。
 そのうちに鼓動も合わさると、さっきよりももっと、何かが身体を通り抜ける感覚がした。
 そうして通り抜けた何かの跡が、空腹のときのように周りを引き込むかのような感触があった。


「そうだ、同期できてるぞ。穴ができてきた」


 先輩が俺の背から顔を離す。
 その穴は足りない何かを周りから取り込もうと、引っ張り続けていた。


「穴をそのまま維持して。あとは自然と集まってくる」


 お腹が空いたときに食事をすると身体が満足したと言わんばかりの充足感がある。
 あれと同じような感覚が、その穴を少し埋めるたびに身体から発せられる。
 ああ、これが集まって来てるってことなのか。
 俺はその不思議な感覚を忘れないよう、呼吸と鼓動のペースを維持しながら感じた。

 ・・・。
 そうして幾らか時間が経過した頃。
 浅い眠りから目が覚めたように俺は覚醒した。


「よぉ、満足したかい」

「ん、凛花先輩」


 寝ぼけて発言したかのような返答になってしまった。
 言われて気付いたが、ここに来た時にあった身体の奥の疲れは完全に消えていた。


「これ、無事に集まったの?」

「そう、集魔法だ。よくできたじゃないか」


 隣に立っていた凛花先輩がぽんぽんと俺の頭を叩く。
 気恥ずかしい感じもしたが、それよりも出来たという嬉しさが勝った。
 褒めてもらうのも悪くないもんだ。


「はは。先輩のおかげだ」

「魔力の揺れを自力で感じて、もっと無心になれれば完璧だな」

「頑張るよ」


 何はともあれ、ひとつ、素人ながら技能が身についた。
 集魔法、何ともファンタジックな技じゃないか。見えねぇけど!
 これ、もしかして集めてるとこはほかの人に見えんのかね?


 ◇


 その日の夜。
 俺は久々に攻略ノートを見た。
 これは中学生の頃に各主人公別の全パターンの攻略チャートを書き出したものだ。
 俺のラリクエ愛の結晶でもある。
 何度も見返していたのでノート自体が少しヘタっていた。

 現時点でラリクエ本来のシナリオから大幅に外れている展開をしている。
 けれども主人公たちのシナリオが皆無になったとは考えていない。

 クラスに俺という異分子が入り込んだのだ。
 知らないモブひとりが俺のために受験に落ちたわけだしクラスからも誰か押し出されている。
 バタフライ効果で主人公たちのイレギュラーな行動に繋がっていると考えてもおかしくはない。
 けれど、本来あるべき姿を保とうともしているとも考えられる。
 そうでなければ入学時に主人公が揃わないといったように、ラリクエというゲームの体をなしていないだろうから。
 
 今後、主人公同士が仲良くなるには本来のイベントがきっと役立つはずだ。
 だから想定されるイベントを無視をするという選択肢はない。
 形を変えているだろうけども類似点は多数あるはずだと思う。

 目下、最初のイベントは歓迎会だ。
 俺自身が巻き込まれて対策をしているところだけども、各主人公の視点でも考えたい。
 例えばさくらさんが主人公であれば歓迎会前半でレオンとの絡みがある。
 レオン主人公ならば舞闘会での乱闘事件だ。

 前に試金石と考えたのは理由がある。
 それは、今この物語ゲームが誰を中心とした物語であるか、ということだ。
 レオンの物語であるならさくらさんとレオンの絡みは発生しない。
 彼の乱闘事件だけで話が終わるはずだ。
 だから歓迎会の時は各主人公を順に観察する必要がある。
 誰のイベントが起きて、誰のイベントが起きないかが分かるだろうから。
 当日の計画は来週あたりに皆に相談してみよう。

 ところで、前にレオンから聞いたレゾナンス効果の話。
 このレゾナンス効果による具現化強化を試したい。
 どれだけ「キズナ・システム」の代替になるのかを知っておかねえと。
 だけどこれを試すには誰かと俺が共鳴しないといかん。

 って、いちど共鳴すると引き返せなくなるんじゃねぇか?
 どの程度で共鳴割合が増えるのかもわからねぇし。
 唯一、許容できる相手の香に協力してもらえねぇかな。
 俺が具現化できるようになったら頼んでみよう。

 そういえば、ゲームでは「親愛度」「愛情度」って数値化してたよな。
 AR値も数値化されてたわけだし。
 何かしら共鳴状態を解析するツールがあるんじゃね?
 研究されてるくらいだから測る方法がある予感がする。
 ステータスで見られるんだから学園に何かあるかもしれねぇ。
 折をみて探してみよう。

 ・・・ふぁ・・・。
 今日も眠い・・・。
 入学してから毎日が濃いな・・・。
 体力も消耗してるし早めに寝よう・・・。



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