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第2章 覚醒! 幻日の想い
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壁紙は白と桃の淡いストライプ。
窓際に置いてある赤いベッドには白とオレンジの花柄の布団。
ベッドの横に黄色いパステルカラーの丸机と椅子が4脚。
足元は白のカーペットが全体に敷き詰められていた。
部屋に入った瞬間、別空間に来たのかと思うくらい明るい。
そのベッドの上で入室した俺たちに気付いたお姉さんが挨拶をしてきた。
「こんにちは。ごめんなさい、ベッドの上からで」
「ああ、無理しないでそのままで」
「こんにちは。サディ、もっとお話したくて来ちゃたの」
「あら、ほんとう! 嬉しいわ!」
家族に気兼ねなく会話するためと、バート教授とリアム君は一緒に来なかった。
俺とジャンヌだけでお姉さんと話ができるのは都合がいい。
軽い挨拶をして俺たちは椅子に座った。
「リアムから聞いたの。貴女、本をたくさん読んでるそうじゃない」
「ええ。この身体だから、自然と本や映像に手を出してしまうわ」
「ふふ、あたしも好きよ。本もだけどやっぱり映像よね。日本アニメの『マジカル・ジョーダン』がイチオシよ」
「あ、わかるわかる! 私も大好き! やっぱり主人公のジョーダンよね!」
・・・。
ジャンヌすごすぎ。
会話が始まったと思ったらいきなり弾んでる。
昨日の今日でここまで溶け込めるのかよ。
お姉さんのツボもちょっと会話した程度で把握してるし。
う~ん。俺の知ってるジャンヌより理知的だ。リアム君と正反対。
歓迎会前の不自然さはよっぽど状況が悪かったんだな。
なんかコミュ障状態の俺だけど割り込める状況でもない。
仕方ないので部屋を見渡す。
色合いはカラフルで明るいけれど、あまり物はない部屋だ。
・・・端っこにこの部屋に似つかわしくないものがある。
シルバーの、ごてごてと炎の装飾が入った腕輪だ。2つある。
壁のフックに引っ掛けてあった。
デザインがスタイリッシュじゃないからきっと年代物なのだろう。
バート教授もレトロ品が好きだし、そういったアンティーク系のお守りかな?
ほかに大して見るものがなかったので、お姉さんを改めて観察してみた。
ベッドから上半身を起こしてジャンヌと向き合っている。
ちょっと倦怠感があるのか、少し眠そうな感じ。
でも楽しげに会話をしているので無理をしている感じはしない。
・・・うん? 少しオーラっぽいものが見える。
薄いけど・・・赤色かな。
何でだろう。お姉さんはそんなに魔力が強いのか?
「いつぐらいから悪くなっちゃったの?」
「私が中学に入るときだから・・・もう7、8年前かな」
「ああ、そんなに! 可哀想!」
「へへ、そうでもないの。そのおかげでいつもリアムがいてくれるから。私、彼の笑顔、大好きなの!」
お姉さんは嬉しそうに口にした。
その言葉にジャンヌの表情が少し強ばる。
「サディ、リアムはいつも貴女のお世話をしてるの?」
「ええ、リアムのおかげで明るく過ごせてるわ。あの向日葵みたいなお顔をずっとしててほしいの」
「そう。いつも見られて良いわね」
リアム君への想いを語るお姉さんに素っ気ない返事のジャンヌ。
おい、彼女が束縛してるわけじゃねえぞ。
ああ、握り拳で震えてる!
それは見せちゃいかん!
「ジャンヌ、もうけっこう経ってる。お姉さんに無理をさせちまう」
「・・・あ、ほんとう! ごめんね、つい夢中になっちゃった」
「ううん、とんでもない! 私こそありがとう! とっても楽しかったわ!」
弾けるような笑顔で見送ってくれるお姉さん。
俺たちは和やかに寝室を後にした。
◇
そうしてゲストルームに戻った俺たち。
「・・・助かったわ、気が利くじゃない」
「ああまで露骨だとな。それより気付いたことを整理しようぜ」
俺が答えを知っているとはいえ、いきなり言うわけにはいかない。
「あれは魔力に侵されている感じね」
「侵される?」
「あんたも見えたでしょ? 魔力が溢れてるのよ。あんたは普段から溢れさせてるからわからないでしょうけど、普通は溢れないの」
「俺のは体質だから仕方ねえだろ! お姉さんのやつは俺も見えたよ」
AR値が高いから気付く話だって?
俺で薄っすらだったのに、ジャンヌにもわかったのか。
「あたしは同じ属性だから気付いた。彼女、AR値はそんな高くないって言ってたでしょ。たぶん身体の中に発生源が入り込んでるの」
「よく分かんな、そんなの」
「どこかで取り込んじゃったのよ。きっと発病した少し前くらいに」
「・・・そこに原因があるって?」
うん。ゲームと同じ気付き。
ジャンヌはゲームでも面会しただけでこの点に気付く。
わかってることに合いの手を入れるのもちょっと大変。
「お前の見立てだとどうなんだよ。その原因って」
「魔物の核を取り込んだか、植え付けられたか、ね。だから身体から魔力が生まれ続けて苛まれる」
「核? 核って、どういう性質なんだ?」
「ああ、あんた具現化の授業は聖堂へ行ってるもんね。魔物は体内に魔力を生成する核があるの。魔力の供給がないとすぐに身体が維持できなくなるから」
「なるほど。そんで、核って人間にも移植出来んだな?」
・・・実はこの辺りの話は知らねぇ。
体内に核があって取り除かなきゃ、くらいの話だった。
「核は空気に触れると消滅するから。剥き出しになった直後、周りに魔力を帯びたものがあるとそこに入り込もうとするの」
「なんで核に意思があるんだよ気持ち悪ぃな」
「脳じゃなくて核で考えてるみたいよ」
このあたりはゲームの設定だ。
ラリクエでも『核を壊せば倒せる!』といった戦闘もあった。
「で、核が体内にあるから魔力が放出され続けると。ずっと魔力酔いしてるようなもんか、そりゃきつい」
「ええ、精神に癒着するみたいだから。解決するには・・・その核を身体から分離させるしかない」
「でも分離するったって、この精神空間にダイブしたようなレゾナンスを人工的に発生させる装置が必要なんだろ?」
「そうね。でもさすがにエリア博士みたいな装置は作れないでしょ」
「じゃ、引っ張って取り出す掃除機みたいな何かを用意する、と」
うん。この結論だ。
ジャンヌで攻略するときに至るものと同一。
俺は横で見ているだけで良さげな気がしてきた。
「ほら、あんたも手伝うのよ。お姉さんが元気な頃に行った場所を聞かないと」
◇
話は飛んでここはイエローストーン国立公園。
飛びすぎだろってと思うけど、トントン拍子でここに立つに至った。
だってラリクエの動きとほぼ同じなんだもん。
ここまでほんとに見てるだけだったよ。
「おい、どんどん行くなよ。俺ひとりで襲われたら死んじまう」
「は? あんた、あたしより強いじゃない」
「凛花先輩の疑似化があればって話をしたろ! 初動が遅い丹撃なんて当てられねえよ!」
くそっ、固定砲台舐めんなよ!
あれからバート教授とリアム君に話をして、原因となった出来事を聞き出して。
それで元気なころに最後に行ったのがこの場所、イエローストーンだという情報を得た。
そのときに魔物に遭遇して九死に一生を得たことがあったとの話も聞けた。
無事に帰ったと思ったらお姉さんの病気が始まってしまったと。
ジャンヌが「可能性がある」と前置きをして仮説を話した。
そうして魔力という視点で精密検査・・・教授が自前の道具で測定し、不自然な魔力の発生を確認。
ジャンヌの仮説を裏付けした。
取り除く方法として提案されたのが原因となった同種の魔物の身体を、核を取り除いた状態で近づける。
そうすると身体のない核は、身体に強く引かれ、身体に戻るはずだ、と。
なんだかこじつけみたいな理屈だが、実際にそういう現象が世界戦線で確認されているらしい。
やっつけた魔物の核と、同じ種類の核のない死骸が融合してまた動き出すことがあるとか。
それで被害が出てしまうのだから笑えない。
高天原学園の授業の中でそういった話も聞かされていたそうだ。
「そんなに深いところまで行っていないはずよ。観光できる範囲なんだから」
「・・・魔物ってどうすりゃ寄ってくるんだ?」
「魔力溜まりに居るくらいだから、あんたみたいな魔力の塊を置いておけば寄せ餌になるんじゃない?」
「やめてくれ。俺はまだ死にたくない」
マジレスする俺。
つーか、その可能性が大だから前線に立ちたくねぇんだ。
お前らみたいに攻撃力のある具現化じゃねぇんだし察してくれよ。
「あたし、まどろっこしいの嫌いなの」
「諜報員様が何をおっしゃる。そんな短気で潜入は務まらねぇだろ」
「あんたみたいな常識外れがいなきゃ大丈夫よ。歓迎会のときは失敗して良かったけど、失敗したのは間違いなくあんたのせい」
「疫病神みたいに言うんじゃねぇ・・・」
「というわけで行って。あたしの短気のために!」
コントみたいなやり取りだと思っていたら。
ジャンヌはいきなり俺を蹴飛ばした。
「どわぁ!? っと、ととと!? ぎゃああぁぁぁぁ!! お、落ちる落ちる落ちる!!!」
歩いていたのは峡谷の桟道。
下には大きな川があり、その先には巨大な瀑布がある場所。
もちろん落ちたら帰らぬ人となる。
そんな桟道で蹴飛ばされ、今にも落ちそうなところをぎりぎり踏みとどまった。
アホッ!!! 冷や汗もんどころじゃねえ!!!
「な、何しやがる!!! 本気で死ぬかと思ったぞ!!!」
「そう、そのくらい渾身の大声じゃないと」
「大声なら普通に出せば良いだろ!! ふざけんな!!!」
「・・・しっ!!」
「・・・!?」
もっと文句を言いたかったのだけれども。
ジャンヌの警戒の仕方が嫌な予感を抱かせてくれたので、俺は焦って周囲を見渡した。
・・・何もいねぇ。
「な~んて。驚いた?」
「・・・お前、本気で怒るぞ!!」
「そんなわけないでしょ! ほら、こっちへ飛んで!! ・・・紅魔槍!」
冗談かと思ったらいきなり険しい顔つきになって言うものだから咄嗟に彼女の側へ飛び込む。
ジャンヌが呼び出したのは固有能力の紅魔槍。
元ネタが呪いの槍と名高いそれは、ラリクエでは屈指の攻撃力を誇る。
俺が飛ぶと同時に背後を何かが通過した。ぶわっとした風が駆け抜ける。
「出たわね! 寄せ餌、ご苦労さま」
「・・・」
冷や汗が出てぞくっとした俺に対する言葉がそれかよ。
彼女の俺に対する扱いが雑すぎる。
共鳴しない意味では良いんだけど、なしてこんな乱暴なの?
出てきた魔物は小型の獣。
迷彩色なのか、周囲の赤茶色の岩肌と同化していて止まっているとわかり辛い。
「Gyarrrrrr・・・」
狼と虎を足して2で割ったような顔をしたそいつは甲高い唸り声で俺たちを威嚇する。
初めて見る魔物なんだけどさ。
薄っすら光る真っ赤な目とか怖ぇ!
中型犬くらいのサイズでも、俺にとって恐怖の生き物だ。
ゲームで何度も見ていたとしても。
敵意をもって目の前に存在するそいつは俺の生存本能を刺激する。
今にも逃げ出したい気分満載だ。
そして逃げ出したら追走されて殺られるやつだよ。
俺の魔力に惹かれているなら、俺が逃げない限りそいつが逃げ出すことはないだろう。
直ぐに襲って来ないのはジャンヌが構える紅魔槍に警戒しているからか。
目の前の餌に我慢ができなかったのか。
じりじりと近づくと、そいつは俺に向かって飛びかかってきた。
「ぎゃああ!!」
「ふっっ!!」
恐怖のあまり、腰を抜かしたようにへたり込む俺。
そこへ飛び込む魔物の横っ腹に紅蓮に燃える槍が突き刺さった。
「Gya!? Gya!?!」
苦悶の声をあげる魔物。
俺の眼前に串刺しになったそれを見上げると、貫いた槍の先に丸っこい黒い物体が突き刺さっていた。
「これが核、ね。ほぼ心臓の位置だったわ」
「・・・!!」
驚きすぎて声が出せない俺。
人間同士の戦いとはまったく異なる緊張感。
身体が竦んで全然動けなかった。
あんな殺意剥き出しで襲って来んだから。
ジャンヌが平然としてるのが不思議すぎる。
「ほら、なにぼさっとしてるのよ! 核が壊れる前に冷凍ボックスを用意して!!」
◇
フェニックスからイエローストーンまで行って帰って1週間。
そこそこ時間は費やしたけど、道中トラブルもなく順調に往復した。
現地の捕物でさえ1日で終わらせたのだから。
さすがジャンヌ、主人公だよ。俺は寄せ餌しかやってねぇ。
「なぁ。戻って来たところまでは良いんだけどさ」
「なによ」
グリーン宅の手前でタクシーを降りたところで。
俺はジャンヌに確認することにした。
「仮にお姉さんが快方に向かうとする。そしたらリアムはどうすんだろな?」
「お礼でも何でも良いから、高天原学園へ連れていきましょ」
「・・・連れてけば何か思い出すかもって?」
「いくら好きでも、ずっとこの家で過ごすつもりじゃないと思うわ。看病が理由で傍にいるなら尚更」
「・・・なら良いんだけどよ」
何か引っかかっていた。順調にいきすぎているせいだろうか。
見落としている何かがないのか?
道中、自問を繰り返していたけれど答えらしいものは見つからなかった。
杞憂であればそれに越したことはない。
「いくら3か月って言っても、時間に余裕があるわけじゃないんだから。行くわよ」
「ああ」
ジャンヌに急かされる。
彼女はスタスタと歩いて行く。
大きめの冷凍ボックスを抱えた俺は小走りにその後を追った。
◇
そして今、お姉さんが寝ているベッドの横で冷凍ボックスを開けようとしている。
また話が飛んでるって?
良いんだよ、間の話なんて大したことないんだから。
重要なことはリアム君に高天原行きの約束を取り付けたくらいだ。
「じゃあ開けるぞ?」
「ええ、良いわ」
お姉さんはベッドで寝ている。
リアム君とバート教授は部屋の隅で立ち会っていた。
なにせこの作業、魔物の中に核を戻すのだ。
完了直後に魔物が暴れ出す可能性がある。
だから一般人は離れる・・・のだが、俺はそうもいかず。
こうしてジャンヌの補助として作業している。
俺は冷凍ボックスの蓋を開けた。
氷点下50度の物体がおよそ25度の空調の効いた部屋に解き放たれる。
ジャンヌに核を貫かれた魔物の死骸はもうもうと白い煙を上げていた。
「う、ううう・・・!!」
少しするとお姉さんが苦しみ出す。
魔物の死骸に核が反応したのか。
張り付いたもんを引き剥がすのなら相応の力がかかるからな。
よく見れば不自然な魔力の流れが見える。
お姉さんの身体の、冷凍ボックスに近いあたりに赤い魔力が集まっていた。
きっとあの魔力の中心にある濃い部分が核。
すげえな、物理的なものは貫通して動けるのか、アレ。
てことは核は完全に魔力で構成されてんだな。精神と一緒か。
このへん、やっぱファンタジー。
そうやって観察に意識を取られている間に、核はお姉さんの身体を飛び出した。
「ううう、あああぁぁ・・・!!」
「お姉ちゃん!」
精神から分離すときに何かしら負担がかかったのだろう。
苦悶の声をあげるお姉さん。心配そうなリアム君の声。
飛び出した核は魔物の死骸に飛び込んでいく。
まだ解凍も終わっていない体に核が入り込む。
・・・これで、この魔物が復活するのか?
もうもうとした煙に包まれ死骸は沈黙を保っている。
凍ってるから動きも何もない。
だが解凍されて襲ってくるならどうにかするしかない。
「あとは別のところでやりましょ」
ジャンヌがぱたん、と冷凍ボックスの蓋を締めた。
あ、うん、そうだよね。
ここで動かす必要ないじゃん。折角、氷漬けなんだし。
「プロフェッサー・バート。これでサディの身体は快方に向かうはずよ」
「ほ、ほんとうか!? よし、もういちど測定してみよう!」
ジャンヌの宣言に、バート教授は確認のため部屋を飛び出して行った。
「・・・」
うん?
リアム君が無表情で俯いている。
「リアム、どうした?」
「・・・めだ・・・」
「え?」
俺とジャンヌは目を見合わせたあと、リアム君を見た。
少し身体が震えている。
どうしたというのか。
「・・・だめ、だめ、だめだよ! お姉ちゃんが行っちゃう!!」
「リアム!?」
「!? おい!?」
リアム君は突然、隠し持っていたハンドガンをジャンヌに向けた。
背筋がぞくりとした。
あれは、だめだ!
「だめ! 治しちゃだめ!!」
「おい!? やめろ!!」
話し合う余地もないどころか、事態を理解する暇もなく。
俺たちが状況を認識するのと同時に彼はトリガーを引いた。
ばぁんと破裂音がして銃弾がジャンヌめがけて飛び出す。
ジャンヌは信じられないといった表情で理解が追いつかず呆然としていた。
なんとか彼の動きを予測した俺はジャンヌを庇い、自然と身体が前に出ていた。
ずぐん、と左胸に突き刺さる理不尽な圧力が俺の身体を後ろに吹き飛ばす。
「ぐあっ・・・!」
「きゃああぁぁぁ!?」
部屋の広さに不釣り合いなほど叫ぶジャンヌの悲鳴。
何が起こっているのか理解する前に俺は床に伏した。
撃たれたことやこの事態よりも、俺はリアム君のその表情に驚いていた。
憤怒。
今まで見たこともない、目尻を吊り上げ激情に支配されたその表情。
彼のイメージからは想像もできないそれは、明らかに常軌を逸していた。
「どうして来たの!! 僕、ずっとここでお姉ちゃんといるの!!」
「だ、だめ!! リアム!!!」
銃口は俺の頭に向けられていた。
今度はジャンヌが止めようとリアム君に飛びかかろうとするが、それよりも早く銃は火を吹いた。
ばぁん、と耳をつんざく音がしたと思ったら、俺の意識はそこで途絶えてしまった。
窓際に置いてある赤いベッドには白とオレンジの花柄の布団。
ベッドの横に黄色いパステルカラーの丸机と椅子が4脚。
足元は白のカーペットが全体に敷き詰められていた。
部屋に入った瞬間、別空間に来たのかと思うくらい明るい。
そのベッドの上で入室した俺たちに気付いたお姉さんが挨拶をしてきた。
「こんにちは。ごめんなさい、ベッドの上からで」
「ああ、無理しないでそのままで」
「こんにちは。サディ、もっとお話したくて来ちゃたの」
「あら、ほんとう! 嬉しいわ!」
家族に気兼ねなく会話するためと、バート教授とリアム君は一緒に来なかった。
俺とジャンヌだけでお姉さんと話ができるのは都合がいい。
軽い挨拶をして俺たちは椅子に座った。
「リアムから聞いたの。貴女、本をたくさん読んでるそうじゃない」
「ええ。この身体だから、自然と本や映像に手を出してしまうわ」
「ふふ、あたしも好きよ。本もだけどやっぱり映像よね。日本アニメの『マジカル・ジョーダン』がイチオシよ」
「あ、わかるわかる! 私も大好き! やっぱり主人公のジョーダンよね!」
・・・。
ジャンヌすごすぎ。
会話が始まったと思ったらいきなり弾んでる。
昨日の今日でここまで溶け込めるのかよ。
お姉さんのツボもちょっと会話した程度で把握してるし。
う~ん。俺の知ってるジャンヌより理知的だ。リアム君と正反対。
歓迎会前の不自然さはよっぽど状況が悪かったんだな。
なんかコミュ障状態の俺だけど割り込める状況でもない。
仕方ないので部屋を見渡す。
色合いはカラフルで明るいけれど、あまり物はない部屋だ。
・・・端っこにこの部屋に似つかわしくないものがある。
シルバーの、ごてごてと炎の装飾が入った腕輪だ。2つある。
壁のフックに引っ掛けてあった。
デザインがスタイリッシュじゃないからきっと年代物なのだろう。
バート教授もレトロ品が好きだし、そういったアンティーク系のお守りかな?
ほかに大して見るものがなかったので、お姉さんを改めて観察してみた。
ベッドから上半身を起こしてジャンヌと向き合っている。
ちょっと倦怠感があるのか、少し眠そうな感じ。
でも楽しげに会話をしているので無理をしている感じはしない。
・・・うん? 少しオーラっぽいものが見える。
薄いけど・・・赤色かな。
何でだろう。お姉さんはそんなに魔力が強いのか?
「いつぐらいから悪くなっちゃったの?」
「私が中学に入るときだから・・・もう7、8年前かな」
「ああ、そんなに! 可哀想!」
「へへ、そうでもないの。そのおかげでいつもリアムがいてくれるから。私、彼の笑顔、大好きなの!」
お姉さんは嬉しそうに口にした。
その言葉にジャンヌの表情が少し強ばる。
「サディ、リアムはいつも貴女のお世話をしてるの?」
「ええ、リアムのおかげで明るく過ごせてるわ。あの向日葵みたいなお顔をずっとしててほしいの」
「そう。いつも見られて良いわね」
リアム君への想いを語るお姉さんに素っ気ない返事のジャンヌ。
おい、彼女が束縛してるわけじゃねえぞ。
ああ、握り拳で震えてる!
それは見せちゃいかん!
「ジャンヌ、もうけっこう経ってる。お姉さんに無理をさせちまう」
「・・・あ、ほんとう! ごめんね、つい夢中になっちゃった」
「ううん、とんでもない! 私こそありがとう! とっても楽しかったわ!」
弾けるような笑顔で見送ってくれるお姉さん。
俺たちは和やかに寝室を後にした。
◇
そうしてゲストルームに戻った俺たち。
「・・・助かったわ、気が利くじゃない」
「ああまで露骨だとな。それより気付いたことを整理しようぜ」
俺が答えを知っているとはいえ、いきなり言うわけにはいかない。
「あれは魔力に侵されている感じね」
「侵される?」
「あんたも見えたでしょ? 魔力が溢れてるのよ。あんたは普段から溢れさせてるからわからないでしょうけど、普通は溢れないの」
「俺のは体質だから仕方ねえだろ! お姉さんのやつは俺も見えたよ」
AR値が高いから気付く話だって?
俺で薄っすらだったのに、ジャンヌにもわかったのか。
「あたしは同じ属性だから気付いた。彼女、AR値はそんな高くないって言ってたでしょ。たぶん身体の中に発生源が入り込んでるの」
「よく分かんな、そんなの」
「どこかで取り込んじゃったのよ。きっと発病した少し前くらいに」
「・・・そこに原因があるって?」
うん。ゲームと同じ気付き。
ジャンヌはゲームでも面会しただけでこの点に気付く。
わかってることに合いの手を入れるのもちょっと大変。
「お前の見立てだとどうなんだよ。その原因って」
「魔物の核を取り込んだか、植え付けられたか、ね。だから身体から魔力が生まれ続けて苛まれる」
「核? 核って、どういう性質なんだ?」
「ああ、あんた具現化の授業は聖堂へ行ってるもんね。魔物は体内に魔力を生成する核があるの。魔力の供給がないとすぐに身体が維持できなくなるから」
「なるほど。そんで、核って人間にも移植出来んだな?」
・・・実はこの辺りの話は知らねぇ。
体内に核があって取り除かなきゃ、くらいの話だった。
「核は空気に触れると消滅するから。剥き出しになった直後、周りに魔力を帯びたものがあるとそこに入り込もうとするの」
「なんで核に意思があるんだよ気持ち悪ぃな」
「脳じゃなくて核で考えてるみたいよ」
このあたりはゲームの設定だ。
ラリクエでも『核を壊せば倒せる!』といった戦闘もあった。
「で、核が体内にあるから魔力が放出され続けると。ずっと魔力酔いしてるようなもんか、そりゃきつい」
「ええ、精神に癒着するみたいだから。解決するには・・・その核を身体から分離させるしかない」
「でも分離するったって、この精神空間にダイブしたようなレゾナンスを人工的に発生させる装置が必要なんだろ?」
「そうね。でもさすがにエリア博士みたいな装置は作れないでしょ」
「じゃ、引っ張って取り出す掃除機みたいな何かを用意する、と」
うん。この結論だ。
ジャンヌで攻略するときに至るものと同一。
俺は横で見ているだけで良さげな気がしてきた。
「ほら、あんたも手伝うのよ。お姉さんが元気な頃に行った場所を聞かないと」
◇
話は飛んでここはイエローストーン国立公園。
飛びすぎだろってと思うけど、トントン拍子でここに立つに至った。
だってラリクエの動きとほぼ同じなんだもん。
ここまでほんとに見てるだけだったよ。
「おい、どんどん行くなよ。俺ひとりで襲われたら死んじまう」
「は? あんた、あたしより強いじゃない」
「凛花先輩の疑似化があればって話をしたろ! 初動が遅い丹撃なんて当てられねえよ!」
くそっ、固定砲台舐めんなよ!
あれからバート教授とリアム君に話をして、原因となった出来事を聞き出して。
それで元気なころに最後に行ったのがこの場所、イエローストーンだという情報を得た。
そのときに魔物に遭遇して九死に一生を得たことがあったとの話も聞けた。
無事に帰ったと思ったらお姉さんの病気が始まってしまったと。
ジャンヌが「可能性がある」と前置きをして仮説を話した。
そうして魔力という視点で精密検査・・・教授が自前の道具で測定し、不自然な魔力の発生を確認。
ジャンヌの仮説を裏付けした。
取り除く方法として提案されたのが原因となった同種の魔物の身体を、核を取り除いた状態で近づける。
そうすると身体のない核は、身体に強く引かれ、身体に戻るはずだ、と。
なんだかこじつけみたいな理屈だが、実際にそういう現象が世界戦線で確認されているらしい。
やっつけた魔物の核と、同じ種類の核のない死骸が融合してまた動き出すことがあるとか。
それで被害が出てしまうのだから笑えない。
高天原学園の授業の中でそういった話も聞かされていたそうだ。
「そんなに深いところまで行っていないはずよ。観光できる範囲なんだから」
「・・・魔物ってどうすりゃ寄ってくるんだ?」
「魔力溜まりに居るくらいだから、あんたみたいな魔力の塊を置いておけば寄せ餌になるんじゃない?」
「やめてくれ。俺はまだ死にたくない」
マジレスする俺。
つーか、その可能性が大だから前線に立ちたくねぇんだ。
お前らみたいに攻撃力のある具現化じゃねぇんだし察してくれよ。
「あたし、まどろっこしいの嫌いなの」
「諜報員様が何をおっしゃる。そんな短気で潜入は務まらねぇだろ」
「あんたみたいな常識外れがいなきゃ大丈夫よ。歓迎会のときは失敗して良かったけど、失敗したのは間違いなくあんたのせい」
「疫病神みたいに言うんじゃねぇ・・・」
「というわけで行って。あたしの短気のために!」
コントみたいなやり取りだと思っていたら。
ジャンヌはいきなり俺を蹴飛ばした。
「どわぁ!? っと、ととと!? ぎゃああぁぁぁぁ!! お、落ちる落ちる落ちる!!!」
歩いていたのは峡谷の桟道。
下には大きな川があり、その先には巨大な瀑布がある場所。
もちろん落ちたら帰らぬ人となる。
そんな桟道で蹴飛ばされ、今にも落ちそうなところをぎりぎり踏みとどまった。
アホッ!!! 冷や汗もんどころじゃねえ!!!
「な、何しやがる!!! 本気で死ぬかと思ったぞ!!!」
「そう、そのくらい渾身の大声じゃないと」
「大声なら普通に出せば良いだろ!! ふざけんな!!!」
「・・・しっ!!」
「・・・!?」
もっと文句を言いたかったのだけれども。
ジャンヌの警戒の仕方が嫌な予感を抱かせてくれたので、俺は焦って周囲を見渡した。
・・・何もいねぇ。
「な~んて。驚いた?」
「・・・お前、本気で怒るぞ!!」
「そんなわけないでしょ! ほら、こっちへ飛んで!! ・・・紅魔槍!」
冗談かと思ったらいきなり険しい顔つきになって言うものだから咄嗟に彼女の側へ飛び込む。
ジャンヌが呼び出したのは固有能力の紅魔槍。
元ネタが呪いの槍と名高いそれは、ラリクエでは屈指の攻撃力を誇る。
俺が飛ぶと同時に背後を何かが通過した。ぶわっとした風が駆け抜ける。
「出たわね! 寄せ餌、ご苦労さま」
「・・・」
冷や汗が出てぞくっとした俺に対する言葉がそれかよ。
彼女の俺に対する扱いが雑すぎる。
共鳴しない意味では良いんだけど、なしてこんな乱暴なの?
出てきた魔物は小型の獣。
迷彩色なのか、周囲の赤茶色の岩肌と同化していて止まっているとわかり辛い。
「Gyarrrrrr・・・」
狼と虎を足して2で割ったような顔をしたそいつは甲高い唸り声で俺たちを威嚇する。
初めて見る魔物なんだけどさ。
薄っすら光る真っ赤な目とか怖ぇ!
中型犬くらいのサイズでも、俺にとって恐怖の生き物だ。
ゲームで何度も見ていたとしても。
敵意をもって目の前に存在するそいつは俺の生存本能を刺激する。
今にも逃げ出したい気分満載だ。
そして逃げ出したら追走されて殺られるやつだよ。
俺の魔力に惹かれているなら、俺が逃げない限りそいつが逃げ出すことはないだろう。
直ぐに襲って来ないのはジャンヌが構える紅魔槍に警戒しているからか。
目の前の餌に我慢ができなかったのか。
じりじりと近づくと、そいつは俺に向かって飛びかかってきた。
「ぎゃああ!!」
「ふっっ!!」
恐怖のあまり、腰を抜かしたようにへたり込む俺。
そこへ飛び込む魔物の横っ腹に紅蓮に燃える槍が突き刺さった。
「Gya!? Gya!?!」
苦悶の声をあげる魔物。
俺の眼前に串刺しになったそれを見上げると、貫いた槍の先に丸っこい黒い物体が突き刺さっていた。
「これが核、ね。ほぼ心臓の位置だったわ」
「・・・!!」
驚きすぎて声が出せない俺。
人間同士の戦いとはまったく異なる緊張感。
身体が竦んで全然動けなかった。
あんな殺意剥き出しで襲って来んだから。
ジャンヌが平然としてるのが不思議すぎる。
「ほら、なにぼさっとしてるのよ! 核が壊れる前に冷凍ボックスを用意して!!」
◇
フェニックスからイエローストーンまで行って帰って1週間。
そこそこ時間は費やしたけど、道中トラブルもなく順調に往復した。
現地の捕物でさえ1日で終わらせたのだから。
さすがジャンヌ、主人公だよ。俺は寄せ餌しかやってねぇ。
「なぁ。戻って来たところまでは良いんだけどさ」
「なによ」
グリーン宅の手前でタクシーを降りたところで。
俺はジャンヌに確認することにした。
「仮にお姉さんが快方に向かうとする。そしたらリアムはどうすんだろな?」
「お礼でも何でも良いから、高天原学園へ連れていきましょ」
「・・・連れてけば何か思い出すかもって?」
「いくら好きでも、ずっとこの家で過ごすつもりじゃないと思うわ。看病が理由で傍にいるなら尚更」
「・・・なら良いんだけどよ」
何か引っかかっていた。順調にいきすぎているせいだろうか。
見落としている何かがないのか?
道中、自問を繰り返していたけれど答えらしいものは見つからなかった。
杞憂であればそれに越したことはない。
「いくら3か月って言っても、時間に余裕があるわけじゃないんだから。行くわよ」
「ああ」
ジャンヌに急かされる。
彼女はスタスタと歩いて行く。
大きめの冷凍ボックスを抱えた俺は小走りにその後を追った。
◇
そして今、お姉さんが寝ているベッドの横で冷凍ボックスを開けようとしている。
また話が飛んでるって?
良いんだよ、間の話なんて大したことないんだから。
重要なことはリアム君に高天原行きの約束を取り付けたくらいだ。
「じゃあ開けるぞ?」
「ええ、良いわ」
お姉さんはベッドで寝ている。
リアム君とバート教授は部屋の隅で立ち会っていた。
なにせこの作業、魔物の中に核を戻すのだ。
完了直後に魔物が暴れ出す可能性がある。
だから一般人は離れる・・・のだが、俺はそうもいかず。
こうしてジャンヌの補助として作業している。
俺は冷凍ボックスの蓋を開けた。
氷点下50度の物体がおよそ25度の空調の効いた部屋に解き放たれる。
ジャンヌに核を貫かれた魔物の死骸はもうもうと白い煙を上げていた。
「う、ううう・・・!!」
少しするとお姉さんが苦しみ出す。
魔物の死骸に核が反応したのか。
張り付いたもんを引き剥がすのなら相応の力がかかるからな。
よく見れば不自然な魔力の流れが見える。
お姉さんの身体の、冷凍ボックスに近いあたりに赤い魔力が集まっていた。
きっとあの魔力の中心にある濃い部分が核。
すげえな、物理的なものは貫通して動けるのか、アレ。
てことは核は完全に魔力で構成されてんだな。精神と一緒か。
このへん、やっぱファンタジー。
そうやって観察に意識を取られている間に、核はお姉さんの身体を飛び出した。
「ううう、あああぁぁ・・・!!」
「お姉ちゃん!」
精神から分離すときに何かしら負担がかかったのだろう。
苦悶の声をあげるお姉さん。心配そうなリアム君の声。
飛び出した核は魔物の死骸に飛び込んでいく。
まだ解凍も終わっていない体に核が入り込む。
・・・これで、この魔物が復活するのか?
もうもうとした煙に包まれ死骸は沈黙を保っている。
凍ってるから動きも何もない。
だが解凍されて襲ってくるならどうにかするしかない。
「あとは別のところでやりましょ」
ジャンヌがぱたん、と冷凍ボックスの蓋を締めた。
あ、うん、そうだよね。
ここで動かす必要ないじゃん。折角、氷漬けなんだし。
「プロフェッサー・バート。これでサディの身体は快方に向かうはずよ」
「ほ、ほんとうか!? よし、もういちど測定してみよう!」
ジャンヌの宣言に、バート教授は確認のため部屋を飛び出して行った。
「・・・」
うん?
リアム君が無表情で俯いている。
「リアム、どうした?」
「・・・めだ・・・」
「え?」
俺とジャンヌは目を見合わせたあと、リアム君を見た。
少し身体が震えている。
どうしたというのか。
「・・・だめ、だめ、だめだよ! お姉ちゃんが行っちゃう!!」
「リアム!?」
「!? おい!?」
リアム君は突然、隠し持っていたハンドガンをジャンヌに向けた。
背筋がぞくりとした。
あれは、だめだ!
「だめ! 治しちゃだめ!!」
「おい!? やめろ!!」
話し合う余地もないどころか、事態を理解する暇もなく。
俺たちが状況を認識するのと同時に彼はトリガーを引いた。
ばぁんと破裂音がして銃弾がジャンヌめがけて飛び出す。
ジャンヌは信じられないといった表情で理解が追いつかず呆然としていた。
なんとか彼の動きを予測した俺はジャンヌを庇い、自然と身体が前に出ていた。
ずぐん、と左胸に突き刺さる理不尽な圧力が俺の身体を後ろに吹き飛ばす。
「ぐあっ・・・!」
「きゃああぁぁぁ!?」
部屋の広さに不釣り合いなほど叫ぶジャンヌの悲鳴。
何が起こっているのか理解する前に俺は床に伏した。
撃たれたことやこの事態よりも、俺はリアム君のその表情に驚いていた。
憤怒。
今まで見たこともない、目尻を吊り上げ激情に支配されたその表情。
彼のイメージからは想像もできないそれは、明らかに常軌を逸していた。
「どうして来たの!! 僕、ずっとここでお姉ちゃんといるの!!」
「だ、だめ!! リアム!!!」
銃口は俺の頭に向けられていた。
今度はジャンヌが止めようとリアム君に飛びかかろうとするが、それよりも早く銃は火を吹いた。
ばぁん、と耳をつんざく音がしたと思ったら、俺の意識はそこで途絶えてしまった。
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