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終章 攻略! 虹色の魔王

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 作戦会議室と呼ぶには調度品の度が過ぎる。
 足音をさせないためか赤い上質の絨毯が敷かれ、歩くとふわふわとした。
 椅子は黒い革張りでテクスタントなどの端末を差せる楕円形の机が配置されている。
 壁も高級そうな黒塗りの木製板だし天井にはこの時代には珍しい小さなシャンデリアさえある。
 応接間と言われても納得しそうになる。

 だが作戦会議室としての一面も当然にあった。
 奥の壁には一面のモニターがあり、楕円机の中央には四方から見えるホログラムディスプレイもあった。
 天井の一部にあるモニターに近隣の地形や気象等、情報が示されている。


「失礼。京極殿、すまないがもういちど説明して貰っても良いか?」

「はい。・・・信じられませんよね、やはり」


 楕円形の入口にいちばん近い位置、つまり下座で起立した俺は最初から説明を繰り返した。
 突然の内容に猜疑の目を向けられるのは致し方なし。
 でもやってることが尋問のような気がしてきた。
 なんか生徒会室で会長に詰められたのを彷彿とさせる。
 まぁ・・・これを信じてくれないなら俺がここに居る意味はない。
 こんなんが続くなら出奔してひとりで頑張るほうがマシだ。


「つまり貴殿は古代人が作り出した母体マザーを破壊すれば魔物の襲来が終焉するというのだな」

「そうです。そのためにユグドラシルを制する必要があります」


 2度目となる説明。
 相手は戦艦えちごと戦艦アドミラル=クロフォードの士官たちだ。
 作戦変更を具申するために俺が状況を説明していた。

 年齢も立場も上の相手だ。
 いくら俺に人生経験があるといっても生粋の軍人は十分な威圧感があった。


「未来を知る権能、だったか。ほんとうにそれはすべてを予測できるものなのか?」

「少なくともアトランティスをあの黒い結界で覆ったことがその予測によるものだと聞いています」

「君を疑うわけではないのだがな・・・例えばそのアトランティスの主がその結界を張って閉じ込めた張本人で君を騙していた可能性もあるだろう」


 その指摘に俺は言葉を詰まらせる。
 アイギスのことは「打倒魔王に協力してくれる助っ人だった」として報告している。
 俺に結界からの脱出のアドバイスをくれたと主張した。
 そしてこの後の行動指針も。
 何だか緊張で喉が痛くなってきた。

 俺は、アイギスが俺を騙しているという疑いは微塵も持っていない。
 覚醒時に聞こえるあの声であったし俺をこの世界に連れて来た張本人だからだ。
 何よりアトランティス脱出の知恵を与えてくれた。
 とても敵対しているとは考えられない。

 だが第三者が話だけ聞けばその可能性も考えることができるわけで。
 ゲームでもして来たかのような説明を聞けば懐疑的にもなる。
 今、世界が俺の言うとおりに危機に陥りつつあるという現状を踏まえても、だ。
 だからこそ心象の形成のため、彼らの心に響く何かが必要だった。

 『一般人とそう変わらない俺が』『踏破が不可能と言われるアトランティス40階を超え』『最深部で迷宮の主に会った』。
 曰く『魔物が人類へ総攻撃を開始した』『これを終焉させるには母体マザーを倒すしかない』。
 『ただし母体マザーを倒すには未来予測の権能ユグドラシルを先に制する必要がある』。
 こんなツッコミどころ満載の内容をどう釈明すべきか逡巡してしまう。


「発言をよろしいか、山城大佐」

「許可しよう、メルクーリ中佐」


 山城艦長の傍に座っていたアレクサンドラ会長が立ち上がった。


「アトランティス遠征部隊長としての発言として聞いてほしい。彼、京極 武が人類のために迷宮に潜ったことは事実だ」

「ふむ。高天原遠征部隊長でもあるメルクーリ中佐の言である、軽んじるわけにもいくまい」

「周知のとおりアトランティスは演習場とはいえ深層部は未踏破だった・・・危険な迷宮だ。彼はそれを踏破したのも事実だ」

「京極殿がその危険な迷宮へ足を踏み入れた事実は認めよう。だが深層部まで辿り着いたという証拠は証言以外にあるのか?」


 ここまでの説明は俺の口頭とアレクサンドラ会長による擁護だけだ。
 潜った事実なんて証明できるもんなの?
 PEでの自動記録はあるけれど改竄したと言われてしまえばそれまでだ。


「わたくしからもよろしくて?」

「伺いましょう、クロフォード特務大佐」


 会長と反対側に座っていたソフィア嬢が手を挙げた。


「先ず、武様の人と成りは学友としてご一緒したドイツ公爵家たるこのわたくし、クロフォードが保障いたします」


 優美で慇懃な礼に誰もが目を奪われる。
 彼女が欧州貴族の出身であることをその仕草だけで納得してしまう。
 その発言は疑いようのないものだという裏付けでもあった。

 苦労の末に脱出したのに疑いの目を向けられていて、俺は少し億劫になっていたところだった。
 ソフィア嬢の俺を庇うこの言葉は何よりも嬉しくて勇気づけられた。


「そして武様が深層まで潜ったという証拠をお示ししましょう」


 この会議の半数は戦艦えちごの士官。
 残りの半数は戦艦アドミラル=クロフォードの士官。
 片や東アジア人で構成された部隊、片や欧州人で構成された部隊。
 同じ世界政府軍だが互いの見えない温度差は明らかに存在していた。

 そこに一般人の俺という異分子だ。
 高天原学園の学生とはいえ1年生の俺がそんなに活躍ができるものかと疑わしい。
 加えて軍がこう動くべきだという具申をしたわけだ。
 ただでさえアジアと欧州の人たちが無言の対立をしている場だ。
 異分子がその感情の吐き出し口となるのは自然の摂理だった。


「武様と同行し持ち帰った彼にお願いしますわ」


 そう言うとソフィア嬢はちりんと持っていた鈴を鳴らした。
 ここ、ソフィア嬢の船だけどさ。
 執事さんやメイドさん呼ぶみたいに、軍事会議中に呼びつけるもんなの?


「失礼する」

「・・・レオン!」


 入って来たのはレオンだった。
 戦闘服兼用のいつもの学園制服のまま。
 彼は半信半疑で話を進めさせてくれない士官を、仏頂面のままぐるりと見渡した。
 そして俺と目が合うとその表情が嘘のようにふっと笑みを浮かべ俺の隣に立った。


「イギリスはアインホルン侯爵家嫡男、レオン=アインホルンだ」

「アインホルン家の御曹司!?」

「まさか彼が同行者とは・・・」


 下級士官たちから驚きの声が出ていた。
 人類の盾として活躍する彼らの矜持は、ぽっと出の俺と迎合することを好ましく思わない。
 生命を賭して戦う彼らにとって、戦闘経験の浅い者の言葉ほど軽いものはないからだ。

 だがレオンは違う。
 欧州で武勇は知れ渡りアインホルンの次期当主としても名高い。
 魔物退治の実績もあるため皆が彼の名を知っているのだ。


「俺の紹介は不要だな。武が地下へ潜ったという証拠はこれだ」


 レオンは懐から小さなオルゴールのようなものを取り出した。
 あ、あれって44階で拾った・・・。


「それは・・・まさか『時の歯車』!?」

「なに!? 未だひとつしか発見されていないという希少な代物だぞ!?」

「そのひとつはクロフォード公爵が専有していると聞いたが・・・それを出して来たのでは?」


 視線がソフィア嬢に注がれる。


「そう仰る方のためにクロフォードが所持する現物もお持ちしましたわ」


 またちりんと鈴が鳴ると、執事さんががらがらと台車を押して来た。
 そこにはほぼ同じ形状の箱型の装置が乗っていた。


「こちらの銘をご覧になってくださいませ」

「No.308 第41期高天原探索隊地下41階にて・・・確かに昨年発掘されたものだ」


 ゲームでは出てこないこの制度は、この世界に来て初めて知った習慣だった。
 実用アーティファクト、特に希少なものは取り引きの関係もありプレートをつける。
 そこには発見年次と部隊、そして発見個所が記されるのが慣例だ。
 どういう理屈かよくわからないけれど、プレートは偽造不可の工法を用いているらしい。


「そちらのレオン様がお持ちのものがこのたびアトランティスで発見されたものです。まだ銘はございません」

「俺はこれを地下45階で武から受け取った。地下で見つけたアーティファクト類は分散して持ち帰ることにしたからだ」


 皆の視点が改めてその歯車に注がれた。
 見比べられているところを見ると、贋作を疑う人もいるのかもしれない。


「ご存じのとおり希少なアーティファクトは地下深くでしか得られません。何よりの証拠でしょう」

「・・・確かに・・・」


 これで地下に潜ったという証言は信じてもらえたようだった。
 ・・・つーか『時の歯車』ひとつで信じてもらえるんだな。
 もっとヤバそうなアーティファクトも幾つか拾ってたからそれを出せば解決だったのかも。


「では彼が迷宮の主に会ったという話を証明する方法はあるのか?」

「これは異なことを。その事実を彼自身が述べただろう」


 改めて投げられた疑問に会長が答えた。


「迷宮に潜っていた者が全員、迷宮の主の力によって瞬時に地上に戻されたのだ。この奇跡はどう説明される?」

「・・・むぅ」


 猜疑心を抱いていた人たちに会長とソフィア嬢が目を配る。
 もはや疑問を抱くこともない、誰もがそう目で答えていた。
 レオンは役目を終えたと判断し俺の横の空いている席に座った。
 ・・・部外者だよね? 貴族って居ても文句言われないんだ。


「では疑義が解消されたところで改めて申し上げますわ」


 ソフィア嬢が山城艦長に向き合った。


「大西洋第一艦隊戦艦えちご艦長山城大佐。欧州司令部特務大佐ソフィア=クロフォードより我らが特務への随行を要請いたしますわ」


 ◇


 アトランティス大陸のあった場所から数十キロ南の海上。
 魔物の襲来が無いことを確認したうえで2隻の戦艦は投錨のうえ待機していた。

 俺が昏倒して約1日。
 目覚めた時点で高天原の遠征部隊はハリファックスへ帰還する準備を始めていた。
 全員で黒海へ向かいたいのにそれでは困る。
 俺は目覚めるとすぐにとソフィア嬢とアレクサンドラ会長に訴えた。
 このまま解散してはいけない、ここにある全兵力で黒海に攻撃を加えるべきだと。

 そうして帰還に待ったをかけるため、緊急招集を開いてもらったのがさきほど。
 ようやく尋問されているような作戦会議が終わったところだった。


「ああ、疲れた・・・! 寝起きにあの尋問みたいな空気はきつい。会長、ソフィア、それにレオンも。フォローしてくれてありがとな」

「言っただろう、君を全面的に支援すると」

「わたくしの作戦行動キャンペーンに乗る形でご提案いただけたことが僥倖でしたわ」


 当然と言わんばかりに皆が笑顔で答えてくれる。
 こう、全幅の信頼を感じるのはほんとうに嬉しい。
 苦労した甲斐があったというものだ。

 ほっとしたところで。
 そういえばほかの連中はどうしたんだろう、と思った。


「なぁ、凛花先輩はどうしてる?」

「楊 凛花は自室で休んでいる。相当に消耗したようだからな」


 凛花先輩は昼寝か。
 学園の裏庭で魔力が減ったからって寝てた姿を思い出す。
 あの激闘の後だ、1晩で回復するレベルじゃないんだろう。
 ん? てことは・・・その理屈で言うと会長も相当消耗してるんじゃね?


「もしかして会長も限界が近いんじゃねぇか? ちゃんと休んでるか?」

「君を含め懸念事項が残っていたからな。まだ休んでいない」

「まだって・・・おい! まさかずっとか? 丸2日以上起きてるってことじゃねえか!」


 俺の剣幕に会長は驚いた顔をした。


「当然だろう、私が休むわけには・・・」

「当然なわけあるか! あんたが倒れたら誰が指揮を執るんだよ!」

「他にも執れる者はいる。私が戻れぬ可能性もあったわけだからな」

「そうじゃなくて・・・ああ、もう!」


 この人、すげえ気力なのは知ってたけど、ここまでだとは・・・。
 ブラック生徒会長どころじゃねえってばよ。


「とにかくあんたは休んで来い! 詳しい話はそれからだ!」

「だがようやく作戦が立てられるというのに・・・」

「あんたが倒れたら凛花先輩がいちばん悲しむんだぞ!」

「む・・・」


 俺は有無を言わさず会長の背中を押して自室へ向かわせた。
 凛花先輩の名前を出したらされるがままになってくれたからだ。
 会長は平然としてるけど、これって絶対フラフラなはずだよ。
 なんか全体的にキレがねぇんだもん。

 会長はぶつぶつ言いながらも自室へ向かって行った。
 有能が過ぎて、ブラック環境を受け入れちゃう人だな。
 やり過ぎていないかを見てやらないと駄目だな。


「お前はよく見ているな。俺はアレクサンドラが居ることを当たり前と思ってしまっていた」

「レオンは会長とほとんど話してねぇだろ。俺はそこそこ機会があったからな、何となくわかるんだ」


 残ったのは俺とレオンとソフィア嬢。
 会長がいなくなると他の面子のことが気になった。


「そいやジャンヌとリアムもいたよな?」

「おふたりもお部屋でお休みになっています。お疲れだったようですので」

「そっか、俺の件でも気苦労をかけちまったかな。あとであいつらにも礼を言わねえと。デイジーさんとさくらはどうしてる?」


 俺の質問にレオンは晴れない表情をした。
 すぐに答えない様子にあれ、とソフィア嬢に目をやると、彼女も暗い顔つきになった。
 さくらなんて俺が目覚めたら真っ先に来てそうな気がしたんだけどな。

 正直、俺はさくらにどういう顔をして会えば良いか悩んでいた。
 でも助けに来てくれたことへの礼を言わないわけにはいかない。


「・・・さくら様は、伏せっていらっしゃいます」

「は?」


 だが――俺のその余計な懸念はもっと別の大きな感情で塗り潰された。


「は? え? さくらが? おい、さくらがどうしたって?」

「医務室でデイジー様の手当を受けっていらっしゃいます。時空プレインズ・結界フィールドを破ったときに・・・」

「馬鹿!! なんで先に言わねえんだよ!! 会議どころじゃねぇよ!!」

「ひぅ!? も、もうしわけございません!}


 俺は理不尽にもソフィア嬢を怒鳴りつけてしまった。
 それに畏怖した彼女が歪めた表情を見て、自分の感情が暴走していることを自覚した。


「おい、武」

「・・・・・・ごめん、ソフィア。悪かった、頭に血が上っちまった」

「い、いえ・・・」


 レオンに窘められ、何とか謝罪を口にする。
 冷静になれと頭で繰り返すも、行先もわからず駆けだそうとする衝動は押さえられなかった。


「すまねぇ。医務室はどっちだ?」

「2階まで降りてここと同じ通路のいちばん奥ですわ」

「ありがとう」


 礼もそこそこに俺は駆けだした。
 あれほど顔を合わせるのを躊躇していたことなど忘却の彼方にあった。


「さくら!」


 倒れたってなんだよ!?
 命は無事なのか!
 五体満足でいてくれ!

 俺は艦内の狭い通路ですれ違う人にぶつかりながら駆けて行った。





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