仮面の王子と優雅な従者

emanon

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第1章

仮面と王子

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 大陸の端に位置するこの国は、平和だ。
 海もある。山もある。特産物も種類自体は然程さほど多くはないが、質が良いので隣国との交易では重宝されている。
 ここ三十年程は大きな戦争や内乱もなく、貴族社会の為貧富の差はあれど、国民と王族の関係もおおむね良好。
 良くも悪くも、普通の国。その名をライデン王国という。
 そんなありきたりな国ではあるが、半年後に盛大なお祭りを控えていた。
 第二王子が十六歳の誕生日を迎えるのに合わせ、成人の儀が行われる。
 王族が十六歳を迎えると、国を挙げてお祝いするのがこの国の習わしだ。
 ──ただし、一部例外を除いて。
 今年十六歳になるシャルワール第二王子は、王族らしい金髪に気品溢れる緑色の瞳が大変美しい王子だ。容貌も相まって国民に人気がある。

「それに比べて、第一王子はどうよ?」
 マリクは、読み終わった新聞をテーブルの端に置いて、目の前の友人に問いかけた。
「え?······何の話?」
 手に持っているパンから視線は逸らさず、友人、ルトは生返事をする。
 切り分けた肉をパンに挟む事に集中していて、話を全く聞いていなかったようで小首を傾げた。 
「お前、食うことしか考えてないな?」
 呆れた声で、マリクは肩を竦めた。
 溢れんばかりに肉が詰め込まれた自作サンドイッチを、満面の笑みで頬張りはじめたルトはもごもごと何か言っているが、生憎マリクは聞き取れない。
「食べながら話さない。指は舐めない!······すみませんマリクさん」
 ソースで汚れた指先を辞めようとしたルトにすかさずナプキンを渡し、ルトの隣に座っていたもう一人の友人、ライノアは頭を下げた。
「いつもの事だから気にすんな」
 マリクは手をヒラヒラさせ、なにやら口論しているライノアとルトを見つめた。
 行儀が悪いと注意を受けているルトだか、所作自体には品がある。
 上等な衣服を常に纏っているので、いい所のお坊ちゃんだとは思っていた。二人が男爵家の人間だと知ったのは、仲良くなってだいぶ時間が過ぎた後だった。
 マリク自身は根っからの庶民で、本来ならこんなに砕けた話し方をしてはいけない。
 平民が貴族に失礼な態度を取ると、最悪不敬罪で牢に繋がれてしまうくらいには格差があるが、身分の違いを気にせず、対等に接してくれる二人がマリクは好きだった。
 そもそも畏まられるのが苦手なようで、不敬、と取れる態度でも全く気にしない変わり者でもある。

(いくら変わり者でも、顔はやっぱ貴族だよなぁ)
 手入れの行き届いた黒髪。野暮ったい眼鏡で隠れてはいるが、ルトは人形のような顔立ちをしている。紫の瞳はミステリアスで触れなば落ちん美少年なのだが、眼鏡のせいで緩和されて一周回ってモブ顔になっているのがマリクは不思議でならない。
そんなルトの世話を焼くライノアは、ルトの腹違いの兄で顔こそ似ていないものの、こちらも黒髪の美青年だった。
 蒼い瞳は一見冷たそうに見えるが、物腰が柔らかく、街でよく女性に声をかけられている。
 ライノアは妾腹の子で家督を継ぐ事はないと聞いているが、ルト同様に大切育てられたのが見てわかる。兄弟仲は概ね良好のようで、ルトの隣には常にライノアがいる。
「別に、屋敷じゃないんだから好きに食べて良いだろ?」
 あんな食べ方をしたのに、ルトの高価そうな服にシミが一つも付いていない事に関心する。
「いや、庶民でもその量を手掴みでは食べねーよ」
 貴族は手掴みが流行ってるのか?と周りを指さし揶揄するマリクに、ルトは頬を膨らませた。怒っているわけではなく、どこか楽しそうに店内を見渡している。
 賑やかなパブはいかにも庶民向けだが、活気があるこの店をルトは気に入っているらしい。   
 人懐っこい雰囲気と、貴族の傲慢さが全くないルトは店の常連として今ではすっかり馴染んでいた。

「ルト、食べ過ぎです」
 肉とパンをルトから遠ざけ、ライノアは話の続きを促した。
「第一王子がどうされたんですか?」
 ルトは懲りずにパンに手を伸ばしているが、話を聞くつもりはあるらしく、視線は一応マリクに向けられていた。
「引きこもりの病弱王子が、最近公務の場に顔を出すようになったんだとさ」
 マリクは先程テーブルの端によせた新聞を、ライノアに差し出す。
 新聞、と言っても政治や経済といった真面目な内容では無く、市井しせいウケするゴシップ誌だ。真偽はともかく娯楽として庶民の間で人気がある。
 ライノアがルトにも見えるように拡げた誌面には「第一王子ご乱心?」と中々にセンセーショナルな見出しがあった。
「なんでも公の場に出る際は、珍妙な仮面を着けてるとかで、家臣が困惑してるらしいぜ」
「素顔を晒せない事情でもおありなんでしょうか?」
「どうせ人前に出られないくらい不細工なんだよ」
 考えるように顎に指先をあてるライノアにルトはニヤリと笑った。
「ルト、不敬ですよ」
 手に持っていた新聞を丸めて、ライノアはルトの頭を軽くはたいた。
「お前の方が僕に対して不敬だ!」
 叩かれた頭を抑え、歯茎を見せて威嚇するルトはまるで猫のようで、マリクは吹き出した。
「実際に第一王子の顔を見た事ある奴がいない訳だろ?お貴族サマのお前らは見た事ある?」
「そもそも、この間まで存在自体疑われてたよね、第一王子。去年、十六歳になったのに成人の儀やらなかったもの」
「······お身体が弱く、長時間の公務がお命に関わると聞き及んでますが、事実は王族しかわかりません」
 そんな引きこもりの王子が急に公務に参加し始めたとなると、様々な憶測が飛び交うのは必然で、連日ゴシップ誌はこぞって第一王子について書き立てている。
 由緒正しい新聞社ですら、第一王子が表に出なかった理由を、かなり遠回しではあるがうつけ者なのでは?と書くくらいだ。

「第一王子がアホで醜男で無能でも?第二王子がしっかりしてるから大丈夫だろ」
「──マリク、もし僕がその第一王子だったら君は今頃不敬罪で首を跳ねられるよ」
 これまでの人懐っこい表情が消え、ルトはじっとマリクを見据えた。途端、紫の瞳は不穏な光を放ち、空気が張り詰める。
 異様な空気にマリクは生唾を飲み──堪えきれ無かったのか、ルトとマリクは同時に盛大に吹き出した。
「あっはっは······何言ってんの!?お前が王子?有り得ねえ」
「ふふっ······酷くないかい?僕これでも一応男爵家の人間だよ?」
 笑い声が大きかったのか、他の客がチラチラと視線を寄越すのに、ライノアは「すみません」と手を挙げる。
 涙目になって笑うマリクとルトに、ライノアは呆れたようにため息を吐いた。



♢♢♢



 ライデン王国の王城は、街を見渡せる小高い位置に存在する。
 ゴシック様式の豪奢な城は外濠そとぼりと城壁に囲まれ、城壁の所々には砲台がある。
 百年前の大戦の際は、ライデンの城を攻略できたら世界中の城を落とせると言われた程で、難攻不落の城として隣国にその名を轟かせていた。
 東西南北にそれぞれ門があり、王族以外は常駐する衛兵に通行証を提示しないと中に入ることも出ることもできない。

 そんな王城の長い廊下を金色の髪を揺らしながら、急ぎ足で進む人影が1つ。
 目的の部屋に辿り着き、衛兵に装飾の施された扉を開けて貰う。
「遅くなりすみません」
 軽く頭を下げ室内に入ると、食卓に並ぶ料理は既にメインディッシュになっていた。
「······アルフォルト兄上は時間も守れないのか?」
 冷たい視線を寄越す弟の隣に座ると、給仕が物言いたげな表情でアルフォルトの前に前菜と冷めたスープを運んで来た。
 給仕には事前に、スープは温め直さないで欲しいと伝えていた。かなり不審がられたが、最終的には了承してくれたので良しとする。
 アルフォルトは冷めたスープをスプーンでかき混ぜた。案の定食欲は湧かず、無闇に銀食器を汚しただけだった。
(食べるつもりが無い物を温めたって、無駄になるだけ)
 手にしていたスプーンをそっと下ろし、アルフォルトは弟に微笑んだ。
「体調が優れなくて横になっていたら、いつの間にか眠っていたみたい。ごめんね、シャルワール」
 兄に名前を呼ばれ、シャルワールは忌々しげに顔を歪めた。
「身内とは言え、そんな顔をしてはいけませんよシャルワール。貴方は仮にも王子なのですから」
 シャルワールの向かいに座る、プラチナブロンドの巻き毛の貴婦人が、緑の瞳を細めた。
「申し訳ありません母上。しかし、私は時間も守れない兄が不甲斐ないのです」
 母から窘められて、面白くないのだろう。シャルワールは鼻を鳴らすとそっぽを向いた。

「アルフォルト様、お身体の調子はもうよろしくて?······とはいっても、そのお顔ではわかりませんわね」
 シャルワールの母──ローザンヌ王妃は、クスリと優雅に微笑む。慈悲深く見える表情を浮かべてはいるものの、シャルワール同様言葉には含みがある。
 第一王妃のローザンヌは息子のシャルワールを溺愛し、第二王妃の子であるアルフォルトを良く思っていないのは周知の事実だった。   
「ご心配ありがとうございますローザンヌ王妃。私のコレはもはや体の一部とでも思って下さい」
 アルフォルトがコレ、と指をさしたのは、シンプルな装飾が施された仮面だった。
 顔の上半分を覆い隠す仮面は、表情はおろか顔立ちすら曖昧にし、人によっては不気味に見える事だろう。
「城の中では外したらどうです?私は貴方のお顔をもう何年も見ておりませんわ」
 ローザンヌだけではない。アルフォルトは人前に出る際は常に仮面を被っているので、その素顔を知るものは少ない。
「私の顔には見るに堪えない傷があるのです。気分の良いものではないので、これだけはどうぞご容赦ください」
 アルフォルトが肩を竦めると、弟と同じ金髪が揺れる。
 そんなアルフォルトに、なおも言い募ろうとローザンヌが口を開いた。
「しかし······」
「いい加減にしないか」
 硬い声が、部屋に響く。
 それまで無言を貫いていた壮年の王──ベラディオが、卓を囲むそれぞれを見渡してため息を吐いた。    
「まったく······静かに食べられぬものか」
「申し訳ございません、父上」
 アルフォルトはそっと席を立つ。
「やはり体調が優れないので私は部屋に戻ります。食事に遅れた上に途中で退室する非礼をお許し下さい」
 静かにしろと言われた手前、何も言わないがローザンヌとシャルワールの侮蔑混じりな視線を感じ、アルフォルトは内心苦笑いする。
(正直、この空間で食事しても味がわからないだろうな)
 部屋を後にしようとするアルフォルトに、ベラディオは眉間に皺を寄せた。
「後で私の部屋に来なさい、アルフォルト」
「承知しました」
 アルフォルトがお咎めを受けると思ったのだろう。ローザンヌがひっそりとほくそ笑んだのが視界に入る。
 アルフォルトはくるり、と振り返り、
「あ、食事ですが私は一口も食べておりません······冷めたままでかまいませんのでそのまま部屋へ運んで下さい。絶対ですよ?······それでは」
 仮面で見えないのは分かっているが、アルフォルトはにっこり微笑んだ。
「なんと浅ましい······」と冷ややかなローザンヌの声が聞こえたが、聞こえない振りをしてアルフォルトは部屋を後にした。



♢♢♢




「あー怖っ」
 自室に戻るなり、アルフォルトはソファに倒れ込んだ。
「そもそも時間に遅れたのが悪いのでは?」
 呆れた声で腕を組み、ソファの上から覗き込む従者にアルフォルトは頬を膨らませた。
「遅れたくて遅れたんじゃないのは知ってるだろ」
「私は知ってますが、王家の方々にとってはただの遅刻ですからね」
 アルフォルトを見下ろしていた従者が眉間に皺を寄せた。 
 首元へ手を伸ばし、慣れた手つきでアルフォルトのクラヴァットを緩める。少しだけ息苦しさが緩和し、アルフォルトは今まで呼吸が浅かった事に気づく。 
 思ったよりも緊張していたようで、大きく深呼吸をした。
「そうそう、父上に呼ばれてるからお前も後で一緒に来てね。僕はとても疲れたからそれまで寝る。食べ残した食事を部屋へ届けてくれるように言ってあるから、来たら受け取ってくれ」
 従者は、ピクリと眉を動かした。顔が怖い。
「お召し上がりになったのですか?」
 慌てて脈を測ろうとする従者を、片手を挙げて制した。
「言い方が悪かった。口は付けてないしあんなの
 ソファに寝転んだまま、仮面を外して放り投げると、従者はすかさずキャッチした。
 さらに自分の金髪も鷲掴みにして引っ張り、放り投げる。
 も、従者はしっかりとキャッチした。
「お行儀が悪いと何度言えばわかるんですか、アルフォルト様」
 カツラと仮面を片付ける従者に、アルフォルトは不満気に口を尖らせた。
「僕とお前しかいないんだから『様』なんて付けるなよ、ライノア」
「寧ろ、城に居る時こそ敬称は大事じゃないですか?私は不敬罪で捕らえられたくないですからね、ルト」
 昼間にマリクと不敬罪云々の話をしていたが、友人が本当に王子だとは夢にも思わないだろう。
 ニヤリと笑うアルフォルトにライノアはため息をつき、我儘な主人の頭に指先で触れる。
 カツラで隠していた黒髪は少し乱れていたようで、手櫛で撫でるように梳かれる。柔らかく、指の間をすり抜けていく髪は艶やかで、アルフォルトは気持ちよさそうに紫の瞳を細めた。 
 まるで猫のような仕草だが、愛らしさというよりは蠱惑的、と言った方が正しい。
 陶器の様に滑らかな頬は薔薇色で、指が這う感触がくすぐったく、アルフォルトの口から微かな吐息が零れた。
 ──仮面を外したアルフォルトの顔に、傷は一つも無い。
 頬から耳の付け根へと、ライノアは確かめるように指先で輪郭をなぞる。
 アルフォルトが仮面を付けている理由は幾つもあるが、一番の原因はその顔にある。
 綺麗な顔というのは人を狂わせる力があるのか、アルフォルトは十二歳になるまでの間、五回誘拐された。
 その内の三回は未遂で終わり、一回は貞操の危機、もう一回は剥製にされかけた。
 いずれも犯人は男で、元々はなかった人間だった。
 子供には酷な出来事だったそれは、アルフォルトにトラウマを植え付けた。事件以降、アルフォルトは人前では絶対に仮面を外さないようになった。
 世間では醜男と噂される仮面の王子だが、実は率先してその噂をながしているのは本人だとは誰も思うまい。
 首筋の薄い皮膚が、呼吸に合わせて脈拍打つのを指先で感じているのか、ライノアの指は添えられたままだ。つ、と首筋から鎖骨に指が滑り、アルフォルトは胡乱な眼差しを向ける。    
「······ライノア」
「なんです?」 
「触り方がいやらしい」
 アルフォルトはソファから起き上がると、ライノアの鼻を摘んだ。



♢♢♢



「体調はもう良いのか?」
 執務室に入るなり、ベラディオはアルフォルトに問いかけて来た。
「別にどこも悪くないですよ、嘘ですから」
 悪びれた様子もなく、アルフォルトは応接セットの椅子に腰掛ける。背後にライノアが立ち、王に頭を下げた。
「······そうだろうな。食事はどうする?軽食でも運ばせるか?」
 食堂を後にした際のやり取りを思い出したのか、ベラディオは呼び鈴を鳴らそうとするが、アルフォルトは首を左右に振った。
「食事のまえに沢山してしまい、お腹は空いてないんです。下町でも色々食べましたし」
 手をヒラヒラさせて、アルフォルトは微笑んだ。
 ライノアに怒られながら食べたサンドイッチは、中々美味しかった。
「······お前がどう行動しようと構わないが、王族である事を忘れるな」
「心得ております」
 アルフォルトとライノアが身分を隠して、街に出ている事を王は黙認している。
 城の中だけではわからない市井の暮らしを、情報として王や宰相に報告、問題があれば解決に導けるよう政策に組み込む。時には情報を操作し、反乱が起こりそうな危険な芽は事前に摘む。
 王国の繁栄のため、裏方として暗躍するのがアルフォルトの主な役割だが、本来なら王子がやる事では無い。
 城を空ける事が多いアルフォルトは、病弱の引きこもり王子を演じる事で不在を誤魔化しているが、事実を知るものは少ない。
 現に、弟であるシャルワールもローザンヌ王妃も城の人間も、国民さえアルフォルトは無能な王子だと思っている。
 アルフォルトにとっては、その方が都合が良い。
 ベラディオは手元の書類から顔をあげ、少し寂しそうな顔をした。
「私の前でも仮面とカツラはつけたままなのか」
「自室以外では外しません。いつ、誰が来るかわからないですから」 
 アルフォルトはテーブルの上にある茶菓子をつまみ、口に入れる。
 用意されていたのは、アルフォルトが小さい頃から好んで食べる焼き菓子だった。
 紅茶も飲み頃の温度で、アルフォルト達が来るタイミングに合わせたのだろう。王直属の給仕係は相変わらず完璧だ。
 アルフォルトが執務室に来る時は必ず用意してある甘い焼き菓子。ベラディオは甘い物を好まないので、アルフォルトの為だけに用意しているのがわかり、少しこそばゆい気持ちになる。
「私はお前とお前の母の黒い髪を厭わしいと思った事はない」
「父上がそうでも、周りは違うでしょう?」
 アルフォルトの母で第二王妃のアリアも艶やかな黒髪だった。
 ライデン王国の王族は太陽の化身であるが故に金髪であるべき、と、古くから言われている。
 王であるベラディオも、弟のシャルワールも、王族らしい見事な金髪だ。
 逆に、黒い髪は夜を彷彿とさせるため、王族ではあまり良しとされない。
 黒髪の王族が即位すると、国に災いが起こる。
 そう、言い伝えられて来たのだ。
 疫病が起こる、国が傾く。迷信と言えばそれまでだが、その迷信が国を滅ぼす事もある。
 現に、百年前の大戦の際、即位した王は黒髪だった。
「たかが髪の色で傾く国など······」     
「その国を傾かないよう守るのが、父上でしょうに」
 アルフォルトは苦笑した。
 厳格な王だが、家族には甘いのだ。
 男爵家の娘だったアリアは、身分があまり高くない上に病弱だった。周囲の反対を押し切り、第二王妃として嫁がせたアリアを、ベラディオは殊更愛していた。アリアは第一王妃よりも先に身篭った上に、生まれて来た子供──アルフォルトは黒髪だった。
 第一王妃の派閥は苛烈で、アリアはこのままでは息子の命が危ない事を察し、アルフォルトに金髪のカツラを被せて育てた。そして、人前では絶対に外さないように息子に言い聞かせた。
 アルフォルトが十歳の時アリアは鬼籍に入ったが、聡明で優しい母だったのを今でも覚えている。
アルフォルトの髪の事は、王であるベラディオと宰相をはじめ、一部の側近以外は知らない。もし事実が明るみに出れば、様々な憶測を呼びかねない。
 秘密まみれだと自嘲気味に微笑むアルフォルトに、なにか言いたげな表情を浮かべたベラディオだが、言葉が見つからなかったのだろう。 アルフォルトの背後に控えるライノアに視線を向けた。
「ライノアにも苦労をかけるな」
「とんでもないことでございます」
 これまで黙っていたライノアは王から声をかけられ、はじめて口を開く。
「これからもアルフォルトをよろしく頼むぞ」
「承知いたしました」
 ベラディオの言葉に、ライノアは胸に手を当てると、綺麗にお辞儀をした。    
「あ、苦労と言えば」
 ぽん、と手を打ち、アルフォルトは椅子から立ち上がる。   
「私が夕餉に遅れた件ですが······あの、寝てた訳ではないですよ?なんでそんな目で見るんですか」
 ベラディオが何とも言えない表情なのは、アルフォルトに寝坊の前科があるからに他ならないが敢えて言及はしないでいる。
「──シャルワールのスープに毒が盛られました」
 まるで明日の天気を言うような声があまりにも内容とちぐはぐで、ベラディオは一瞬リアクションが遅れる。
「何故それをもっと早く言わない!!シャルワールは大丈夫なのか?!」
 ガタっと立ち上がったベラディオを宥めるように、アルフォルトは手をかざした。
「大丈夫です。私の食事と差し替えさせました。食堂に運び込まれる直前に、配膳される皿に怪しい細工をする給仕がいたので捕らえてます。身元も怪しいので牢に入れてますが、大事おおごとになるといけないので宰相にだけ事情を伝えてあります」   
 アルフォルトが夕食に遅れたのは、まさにこれが原因だった。
 アルフォルトとライノアが下町から帰城した直後、見慣れない給仕がいる事に気づきひっそりと注意深く見ていたら、スープに何か入れているのが見えた。
 おまけに、それがシャルワールの食事だという事に気づいた二人は、運び込まれる直前にアルフォルトの食事とすり替え、他の料理に毒が盛られてないか確かめた。誰にも気づかれないよう、怪しい給仕を捕まえて牢に入れて······と、慌ただしく動いていた。
 遅れた原因が、息子の命を救ったからだという事実を知らないローザンヌには嫌味を言われ、助けた弟にも説教をされる始末。
 でも、それでいい、とアルフォルトは思う。
「毒の盛られた食事はシャルワールのスープだけです。一応私の部屋に運び込み、毒の種類を確認させてます──大凡おおよその見当は付いてますけど」
 食堂で、給仕に運ばせたスープはやはり毒入りで、スープをかき混ぜた銀食器が変色した事からも、即効性のある毒なのは間違いない。
 銀食器の変色具合に、食欲が無くなったのを思い出した。
 明らかな殺意など、知らない方がいい。
 弟を守るためなら、蔑まれたって嫌われたって構わない。
 ──それは少し、寂しい事だけれど。
 アルフォルトは茶菓子をつまみ、一つは自分の口へ、お腹がいっぱいだったので、もう一つは後ろに無言で立つライノアの口に押し込む。これで完食。食べ物を残すのは好きじゃない。
 ライノアは王の手前、無言で咀嚼しているが、目が物言いたげに細められた。
 王の御前で行儀が悪い、とまた後で怒られるだろう。
「毒の種類がわかったらまた報告に上がります。捕まえた給仕は一応尋問しますが──口を割るとは思えません」
 くるり、とベラディオに背を向けると、重いため息が聞こえた。
「······お前はそれで良いのか。汚れた仕事ばかりで······本来なら、お前が王位を──」
「父上!」
 ベラディオの言葉を遮る声が思いの外大きくなり、アルフォルト自身少し驚いた。
「······私に表舞台は荷が重すぎます。シャルワールに押し付けて逃げるしかない臆病な私は、裏で暗躍する方がしょうに合ってるのですよ」
 アルフォルトはベラディオがまた口を開く前に「おやすみなさいませ、父上」と優雅にお辞儀をし、ライノアを伴って執務室を後にした。  

 自室へ向かう長い廊下を、アルフォルトとライノアは無言で歩く。
 すれ違うメイドや家臣は立ち止まり、お辞儀をして二人が通り過ぎるのを待つが、はたしてこの中に本当の意味でアルフォルトに忠誠を誓っている者は居るのだろうか。
 仮面の第一王子は、病弱でうつけ者で、人前に顔を晒せない醜男。
そう、思わせるように自ら噂を流して情報を操作しているなど、一体誰が信じよう。
 争いの種にならないよう、皆から愛される王子は、シャルワール一人で良い。
 シャルワールが太陽なら、自分は月だろうか。
 理解されずとも、陰から支える存在であれば良い。
 それに──。
 本当の自分を知って、忠誠を誓ってくれる人がいる、それだけで充分幸せだ。
 背後を同じ歩幅で歩く従者を、アルフォルトは手放す気は無いし、彼もまた、離れる気は無いだろう。
 自室が近付き人の気配がなくなると、頭に何かが触れた。
 カツラ越しに伝わる体温はライノアの大きな手で、ワシャワシャと頭を撫でられる。
「え?なに?」
 背の高いライノアが、目線を合わせる様に屈む。
「今日は良く頑張りましたね、アルフォルト」
 優しい声で微笑まれると胸が苦しくて、アルフォルトはライノアの手から逃れるように部屋のドアを開けた。
「······子供扱いするな馬鹿」
 ふいっと顔を背け、アルフォルトは部屋に体を滑り込ませた。

    







   
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白(しろ)
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神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

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