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第1章
城下と事件
しおりを挟む久しぶりに訪れた城下は、相変わらず活気に溢れていた。
「おー、生きてたかお二人さん」
いつものパブに顔を出すと、待ち合わせをしていたわけでもないのにマリクがちゃんといた。
店内は相変わらず賑やかで、アルフォルトはつい浮足立ちそうになるのを堪える。
「久しぶりだね、マリク」
一ヶ月振りに会う友人に破顔し、アルフォルトはテーブルに着いた。ライノアも会釈をして着席する。
「最近見かけなかったから、心配してたんだぜ」
「······ちょっと体調崩してたのと、仕事が忙しくてね」
王城でお茶会を台無しにして毒を食べて謹慎してました、とは言えないので、アルフォルトは曖昧に笑って言葉を濁した。嘘は言っていない。
実際、仕事も忙しくて中々時間を作れなかった。
「働きすぎはよくねーぞ」
「マリクさんの言う通りです」
マリクにすかさず同意し、ライノアが頷く。
と言ういうのも、アルフォルトが手がけている事業の一つが忙しくて、ここ数日睡眠時間が足りていない。
アルフォルトが城下で使っている身分は男爵で、母アリアの実家マルドゥーク男爵家の遠縁、という事になっている。マルドゥーク男爵家はこの国の医療の中枢を担う家門で、爵位こそ高くは無いが地位はそれなりに認められている。
宰相と母の生家が色々と手を回した事もあり、アルフォルトとライノアの仮の身分はしっかりと戸籍がある。
実際、アルフォルトはアリアの血を引いているのであながち嘘ではない。多少のズルは大目に見てもらいたい。
そんなお飾りの爵位ではあるが、貴族としての実践作りの為アルフォルトはいくつかの事業を手がけていた。
その内の一つ、庶民向けの化粧品関連事業が予想以上に軌道に乗りすぎて、片手間で出来る仕事ではなくなってしまった。
このままではいけないと、追加の工場を作る事にし、経営は信頼のおける者に託すために引き継ぎやら何やらに追われていたのだった。
眼鏡をかけているのでわかり辛いが、少しやつれた顔のアルフォルトに、マリクはニカッと笑って言った。
「そういやお前の所、工場増やすんだって?」
「うん、生産が追いつかなくてさ。勿論募集も出すけど、働く所探をしてる人がいたら声をかけてあげて」
いつの間に注文したのか、アルフォルトとライノアの前に料理が運ばれてくる。アルフォルトがお気に入りの鳥の香草焼きがあり、自分の前に引き寄せた。
「姉貴が感心してたぜ。お前の所は女や子供が安全に働けるって」
ライデンは平和な国ではあるが、貧富の差はそれなりにあり、下層に行けば行く程治安は良くない。
そんな中でも働かなければいけない女性や子供がいる訳で、学が無い女性や子供が就ける仕事はあまり多くない。治安の悪い地区程、路上で客引きする娼婦が多いのは、手っ取り早く稼げるからだ。
しかし病気や衛生面の問題で、長くは続けられず病に倒れる者は多い。
だからアルフォルトの工場では、基本的に女性や子供を雇い入れていた。文字が読めなくても出来る単純作業や、多少字が読める者には別の仕事を。能力に合わせて賃金を変えて、希望するものには文字が読み書き出来るように毎週末に私塾を開いている。能力が上がれば賃金が上がるので、従業員は挙って文字を覚えようと勉強する。
従業員の識字率があがれば、知識が増え生活環境も改善される。アルフォルトの工場で働きながら文字を覚えて、別の仕事に就く者も多い。
文字が読めない、書けないというのを悪用して、労働者側に不利な条件で契約書を書かせる事業主は多い。そして、契約書にサインがある事を盾に過酷な労働条件を強いられるのだ。文字が読めるだけでも、働く環境を選べるようになり、騙されるリスクも減る。
それがアルフォルトの狙いだった。
貧民街の識字率を上げて労働環境の改善。職に溢れた人々の雇用口の確保すれば、安定した収入で路頭に迷う者は自ずと減る。働く人が増えれば街は少しずつ活気であふれ、路上で生活する者が減れば犯罪も減る。
頃合をみてインフラを整備すれば、貧民街は普通の街になる。
(インフラ整備の費用も工場の売上から捻出してるから国庫は痛まないし税金対策になる。貴族の義務も果たせるしいい事ずくめだ)
アルフォルトが過労気味な事を除けば、だが。
兎にも角にも国民が豊になれば、その分国も豊になり、暴動も起きづらくなる。
「仕事が順調でも身体壊したら意味ないからな」
「肝に銘じるよ」
鶏肉にナイフを入れようとしたら、ライノアが無言で取りわけた野菜をアルフォルトの前に置く。正直肉だけで良いのだが、無言の圧力に負けてアルフォルトは渋々野菜から食べる。
マリクがじっと見つめてくるので、アルフォルトは首を傾げた。
「どうしたの?」
「······貴族って、やつれるほど忙しいものなのか?」
「いえ、普通領地経営などは執事や専属の人間に任せて夜会や社交に時間を費やすので、ルトのように睡眠時間を削って働くのは異常です。有り得ません」
アルフォルトのかわりに、ライノアが答えた。
睡眠時間を削ってこっそり仕事をしていたのがライノアにバレて、怒られたのが昨日の朝の事だった。
それからずっとライノアの機嫌が悪く、言葉の端々に棘がある。アルフォルトの為に怒っているのはわかるが、正直やりづらい。
「やっぱルトが異常なんだな。······貴族って威張り散らして俺ら庶民なんて虫ケラだと思ってる連中ばっかりじゃん?」
「皆が皆そういう訳ではない、と思う······いや、思いたい」
マリクが言いたい事はわかる。貴族と庶民では法律も何もかも待遇が違う。庶民は重罪になるものでも、貴族なら罰金程度で済んでしまう程には格差がある。そのかわり、貴族には色々と義務があるのだが、貴族に反感を持つ庶民が多いのは、偏に貴族の傲慢な態度に由来する。
「なんにせよ、お前らが無事で良かったわ。最近見かけないから事件に巻き込まれたんじゃないかって心配してたんだぜ」
「何かあったの?」
そういえば、とアルフォルトは思い出す。パブに入った時も顔馴染みに「無事でなにより」や「お前らは大丈夫だと思ってた」と言われて、何の事かわからず頭に疑問符が浮かんだ。
「あれ、知らないのか?ココ最近結構話題になってる事件なんだけど」
宰相から特に何も聞いていないし、部屋に届けられる新聞にも目立った事件は載っていなかった。つまり、まだ上に報告が上がっていないだけで、これから記事になる可能性はある。
上流階級向けの新聞は、内容の信憑性や品質に拘る為、情報源としては些か鮮度に欠ける。
下町のタブロイド紙やゴシップ誌はその点スピード重視なので些細な事件でもすぐ情報として発信される。──やや、信憑性にかけるのが難点だが。
やはり、下町の新聞も取り寄せるべきかと考えていると、ライノアがおもむろにアルフォルトの唇に指を伸ばした。どうやら口にソースがついていたようで、人差し指で軽く拭われる。されるがままにしていると、何故かマリクが赤面して咳払いをした。
「·······最近、貴族が怪死してるんだよ」
テーブルの脇に寄せていた新聞──マリクが愛読しているゴシップ誌を手渡され、ライノアはアルフォルトにも見えるように拡げて見せた。
紙面には「悪徳貴族に正義の鉄槌か」とこれまたセンセーショナルな見出しで、事件の詳細について書かれていた。
「そこの目抜き通りにお高い店あるだろ?」
「ああ、"マニフィカト"だね」
マニフィカトはこの辺りで一番高い飲食店だ。個室もあるので貴族や官僚が人目を忍んだ逢瀬や密談によく利用している。アルフォルトも何度か利用した事があるが、正直ここの店の方が好きだ。
「そこで愛人と飯食った貴族が店を出た途端倒れて、そのまま死んだらしい。最初は愛人も疑われたんだが、愛人もそのすぐあとに倒れて死んだ」
紙面にはそこで亡くなったウッディベルド子爵の事が書かれているが、死を悼むものではなく悪評の方が多い。
「事故や病気ではないのでしょうか?」
ライノアが顎に指先を当てて尋ねた。ライノアが考え事をする時の癖で、先程アルフォルトの唇を拭った指先が薄い唇に触れているのに気づき、ドキリとした。
(ん······?なんでドキドキしたんだ?)
思考が飛びかけたが、マリクの声に我に返る。
「三日前にも、汚職警官がそこで飲食後に倒れて死んだ。──もう、何人目かわからないってさ」
病気にしては多すぎる死亡者に、アルフォルトは疑問が浮かぶ。
「お店の料理に何か入っていたんじゃないのかな?」
つい先日、王城でも毒が盛られた事を思い出し、アルフォルトは嫌な予感がした。そして嫌な予感というものは、大概当たる。
「そう思うだろ?勿論店が疑われて警官が来て捜査とか色々あったんだよ。でも、何も出なかった」
紙面にも、同様の事が書かれていた。
店の従業員、料理、客。全て調べたが怪しい物は一切発見されなかった。怪しい動きをする者もいないうえに、警官が立ち会いの元営業している最中に、今回の事件が起きた様だ。
「死んだのはここらで有名な悪徳貴族に汚職警官が多いから『正義の鉄槌』だなんて言われてる」
紙面とマリクの情報が全て正しいとは限らないが、凡その事はわかった。
そして、アルフォルトの性格上、このまま知らないフリをするのは後味が悪い。
(食事をして死ぬ、か。店の料理に毒はなくても外部からもたらした物なら?)
この間のお茶会の毒入り菓子も、外部からもたらされた物だった。
(なんだか無関係に思えないんだよなぁ)
不穏な気配はどうやら城の中だけでは無さそうだ。
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