23 / 89
第1章
焦燥と再開
しおりを挟むライノアがヴィラの裏口に到着すると、無人の馬車が停まっていた。
裏口のドアは開いたままで、足音を立てないようにヴィラに入る。
入口脇にある部屋のドアも開いたままで、そっと中の様子を窺うと、大男が白目を向いて倒れていた。
狭い室内に他に人影は無く、倒れた男の脇で何かが光った。拾い上げるとそれはアルフォルトが普段使っている護身用の針で、針先が変色している。
(アルフォルトはヴィラの奥にいるのか?)
物置部屋から出ると、廊下の奥から小柄な中年男が慌てたように走ってくる。見覚えのある顔は、ヴィラの管理人を務める男だった。
「お前、何をしている?」
ライノアが呼び止めると、管理人は思いがけない来訪者に「ひいっ」と情けない悲鳴をあげる。脇をすり抜けて逃げようとした男の首に手刀を当てると、管理人はそのまま床へと倒れた。
管理人を廊下の端へと寄せ、ライノアは更に奥へと進むと、鉄錆のような匂いが充満していた。
進んだ先の部屋の入口、血溜まりの出来た床には、ナイフが顎に、剣が胸に刺さった男が絶命している。
噎せ返る血の匂いに、ライノアの心臓が早鐘を打ち、部屋に視線を向けると──血塗れのアルフォルトが、床に座り込んでいた。
「アルフォルトっ!!」
声を張り上げ、アルフォルトの元へと駆け寄る。室内には他に床に転がる男が三人。いずれも血を流して倒れている。
ライノアの声に、アルフォルトが顔を上げた。その目にライノアを捉えると、紫の瞳が揺れた。
「怪我はありませんか!?」
細い身体を抱きしめると、アルフォルトの身体は震えていた。返り血で濡れた身体、纏うシャツは引き裂かれ、薄い胸が露になっていて何があったのか想像が付く。
アルフォルトに無体を強いた男を殴り殺したい衝動に駆られた。針を使ったのを見るに、おそらく入口の部屋に転がっていた男だろう。男の衣服に乱れはなかったので、未遂なのがせめてもの救いだ。
一人で怖かっただろう。思わず抱きしめる腕に力が籠った。
アルフォルトは震える腕をライノアに伸ばすと、ぎゅっとしがみついてくる。
アルフォルトの血に濡れた頬を拭い、ライノアは額に額を合わせた。紫の瞳に、自分が映り込む。久しぶりに触れるアルフォルトの体温は、いつもより高かった。
「······シャルワールは無事?」
「大丈夫です。おそらく既に衛兵に保護されて城へ戻っている頃かと。間もなくこちらにも衛兵が到着します」
自分の事よりも弟を心配する主人があまりに健気で胸が苦しくなる。ライノアの返答にほっとしたアルフォルトは、そのままライノアに身体を預けた。
「ごめん、身体に力が入らない。······管理人が大広間に向かったんだ。囚われた子供達がいるから、早く助けてあげて」
「管理人は先程気絶させました。······囚われている子供がいるのですか?」
ライノアは自分の外套を脱ぐと、アルフォルトを包み、抱き上げる。
「管理人が手引きして、ここで人身売買が行われていたみたい。子供達を早く安全な所へ保護しないと」
アルフォルトが言い終わる前に、廊下が騒がしくなった。衛兵が到着したようで、ライノアはアルフォルトを抱えて廊下に出る。
「ライノア殿、アルフォルト王子は──」
部隊長を務める衛兵が、ライノアの腕に抱えられたアルフォルトに視線を寄越す。
カツラも仮面もないアルフォルトは、ライノアの外套で隠すように包まれている。
「アルフォルト様に怪我はありません。熱を出して倒れていたので、このまま城へお連れします。廊下に転がっている管理人は捕らえて地下牢へ入れてください。──ここで、人身売買の手引きをしていたようですから。それから奥の大広間に囚われた子供達がいるので、保護して下さい」
「かしこまりました」
部隊長は部下に指示を出すと、廊下の奥へと進んで行く。
自体が収束しつつある事にアルフォルトは安堵し、ライノアの腕に身を任せる。
「······ライノア」
小さな声が、ライノアの名前を呼ぶ。
「我儘言って結局、迷惑かけてごめん」
震える手が、ライノアの上着を握りしめる。
「······謝るのは私の方です。例え血を分けた弟であろうと貴方が──私以外と楽しそうにしているのを見たくなかった。嫉妬して、酷い事をいいました。申し訳ありません」
アルフォルトを抱きしめた腕に、力が籠る。
弟にすら嫉妬する狭量な自分を認めたくなくて、意固地になっていた。
そのせいでアルフォルトを危険に晒してしまった。
怖い思いをさせてしまった。
項垂れるライノアをアルフォルトは腕の中から見つめてくる。紫の瞳を瞬かせ、アルフォルトはそっと頬に触れてきた。
「──許すよ、ライノア。だから僕の事も許して」
そのまま、頬に唇を寄せ──アルフォルトは、ライノアの腕の中で意識を失った。
33
あなたにおすすめの小説
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。
竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。
自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。
番外編はおまけです。
特に番外編2はある意味蛇足です。
[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません
月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない?
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。
高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】
きど
BL
愛されていないのに形だけの番になるのは、ごめんだ。
オメガの王族でもアルファと番えば王位継承を認めているエステート王国。
そこの第一王子でオメガのヴィルムには長年思い続けている相手がいる。それは幼馴染で王位継承権を得るための番候補でもあるアルファのアーシュレイ・フィリアス。
アーシュレイは、自分を王太子にするために、番になろうとしてると勘違いしているヴィルムは、アーシュレイを拒絶し続ける。しかし、発情期の度にアーシュレイに抱かれる幻想をみてしまい思いに蓋をし続けることが難しくなっていた。
そんな時に大国のアルファの王族から番になる打診が来て、アーシュレイを諦めるためにそれを受けようとしたら、とうとうアーシュレイが痺れを切らして…。
二人の想いは無事通じ合うのか。
現在、スピンオフ作品の
ヤンデレベータ×性悪アルファを連載中
【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます
天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。
広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。
「は?」
「嫁に行って来い」
そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。
現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる!
……って、言ったら大袈裟かな?
※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。
白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。
僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。
けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。
どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。
「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」
神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。
これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。
本編は三人称です。
R−18に該当するページには※を付けます。
毎日20時更新
登場人物
ラファエル・ローデン
金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。
ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。
首筋で脈を取るのがクセ。
アルフレッド
茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。
剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。
神様
ガラが悪い大男。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる