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第1章
弟と宰相
しおりを挟む事件から数日後、シャルワールと宰相が離宮を訪れて来た。
「申し訳ない」
頭を下げて謝罪するシャルワールに、アルフォルトも頭を下げた。
「こっちこそ、ごめんなさい。一人で大変だったよね」
事件の翌日、また熱が上がったアルフォルトはしばらくベッドの住人として大人しく寝ていた。
熱も下がり、ようやく身体の倦怠感が無くなった頃、シャルワールは見舞いに来たのだった。
メリアンヌの話によると、連日アルフォルトの所に見舞いに来ようとしていたらしい。寝込んでいるのを理由に断られ続けていたが、ようやく熱が下がり許可がおりると、朝一で宰相を半ば引きずるように連れて来た。
表面上は笑顔で迷惑そうな素振りは見せないが、アルフォルトにはわかる。アレは心底うんざりしている時の顔だ。
正直、アルフォルトもしばらくオズワルドの顔は見なくて良いと思っていた。見飽きた。
(そうだよね、シャルルは宰相が離宮に頻繁に出入りしているの、知らないもんね······)
なんなら、昨日もオズワルドは離宮を訪れていた。
ヴィラでの人身売買の件で、報告書をまとめなくてはいけないとの事で、熱でぼんやりするアルフォルトを叩き起して事情聴取をしてきた。
安静にしていたら、もっと早く熱が下がっていたのではないのかと思わなくも無い。
王子であるシャルワールは兄の体調を気にして引き下がったというのに、宰相であるオズワルドは遠慮という言葉を知らないらしい。
そもそも、オズワルドはアルフォルトの扱いがかなり雑だ。でも本当にダメな時は、絶対に無理はさせない。信頼関係あっての事なので特に何も思わなかった。しかし、アルフォルトの従者からしてみたら、主人の身体が第一だ。離宮にオズワルドがくる度にメリアンヌが身体には良いが渋いお茶を出しているのを見て何とも言えない気持ちになった。
「約束を守れず、ごめん」
シャルワールは沈鬱な表情を浮かべたまま俯いた。
「約束?」
メリアンヌが用意した軽食に手を伸ばし、アルフォルトは首を傾げた。
「必ず戻ると言ったのに、俺は結局城からヴィラへ戻る事は出来なかった。──その後兄上が熱を出して倒れたと聞いて、生きた心地がしなかった」
(そういえば、そんな事言ってたな······)
あの時は、一刻も早くシャルワールを場から離れさせようと必死で、正直何を言ったかあまり覚えていない。弟が悔やんでいるのを目の当たりにし、迂闊な発言だったとアルフォルトは反省した。
「だ、大丈夫だよ!シャルワールはちゃんと衛兵を呼んできてくれたじゃないか。お陰で僕は無傷だし、子供達も助かったんだから」
無傷、という言葉に、応接室の入口に控えたライノアの眉がピクりと動いた。
肩の傷はかすり傷なので、アルフォルトにしてみたら大した事では無いのだが、ライノアには納得できないらしい。
そもそも、アルフォルトは表面上はあくまでも無能な王子だ。白兵戦が得意だなんて、間違えても知られてはいけない。
「しかし、兄上を危険な中に一人置いてきてしまった」
そこが、シャルワールには引っかかるのだろう。気持ちはわからなくもないが、アルフォルトにも譲れない事はある。
「それは、当たり前だよ」
アルフォルトは、シャルワールを見据える。
アルフォルトの普段の柔らかい雰囲気がなりを潜め、その場にいた全員がハッとした。
「シャルワール、君はいずれ王位を継ぐ身だ。あそこで優先されるべき命は継承権を放棄した僕じゃない。君の命に国の行く末がかかっていることは、どうか忘れないで欲しい」
仮面越しに垣間見える紫の瞳は、有無を言わせない力強さがある。逆らえない、と思わせる冷たさに似た空気は、間違いなくアルフォルトが王族なのだと、その場にいた誰もが思った。
「······あぁ、肝に銘じる」
少し気圧されたように、シャルワールが頷く。
すると、張り詰めていた空気は途端にいつも通りになり、無意識に呼吸が浅くなっていた事に気付いたのだろう。シャルワールは大きく息を吐いた。
先程までとは打って変わって、アルフォルトはニコニコと微笑んだ。
「それに僕はお兄ちゃんだから、シャルワールを守りたいって思うのは当然じゃないか」
サンドイッチを頬張って、アルフォルトは微笑んだ。
「熱が下がったばかりなのに長居してすまない」
軽食を食べながらしばらく雑談していたシャルワールは、時計を見るとお暇を告げた。
アルフォルトはそっとシャルワールを抱きしめた。
「明後日、母上が帰って来たら、本格的に婚約者候補の選別が始まる。成人の儀の準備だってあるから、前のように離宮へは来れないだろう」
アルフォルトの肩に額を寄せ、シャルワールは呟いた。
「うん。でも、辛くなったらいつでも離宮へおいで。勿論こっそり、だよ?僕はいつでもシャルルの味方だから」
アルフォルトがそっと頭を撫でると、シャルワールは少しだけ腕の力を強くして兄を抱きしめた。
「ありがとう、アルフォルト兄上」
そっと腕を離れたシャルワールは、ふわりと微笑んで離宮を後にした。
「······兄とは、そんなに無条件で弟を愛せるものなのでしょうか?」
アルフォルトと一緒にシャルワールを見送っていたライノアが、ぼそりと呟いた。
「何か言った?」
聞き取れず、アルフォルトは訊ねるがライノアは曖昧に微笑むと「なんでもありません」とだけ答えた。
「──で、貴方は戻らないの?宰相って暇なの?」
応接室に戻ると、オズワルドは一人優雅に軽食を貪っていた。
「いやぁ、最近イレギュラーな事ばかり起きてやれ報告だ、やれ始末書だと書類仕事のしすぎでゆっくりご飯を食べれてないのですよ」
実際、オズワルドの頬は少し窶れている。
サンドイッチを頬張ったまま、もごもごと話す宰相に、アルフォルトは盛大なため息をついた。
向かいのソファに座り直したアルフォルトも、淹れ直してもらった紅茶を飲む。
すると、オズワルドは食べていたものを一旦テーブルへと置くと目を伏せた。
「今回の件は申し訳ございませんでした、アルフォルト様」
急に神妙な雰囲気になったオズワルドに、アルフォルトは思わずお茶を吹きそうになった。
「我々の管理不足、並びに確認不足で御身を危険な目に合わせてしまった事、深くお詫び申し上げます」
頭を下げた宰相に、アルフォルトは慌てて顔を上げさせた。
「いや、素直に謝られると気持ち悪いからやめて」
「······謝ってる人に気持ち悪いは、一応失礼ですよ、アルフォルト様」
それまで無言だったライノアに窘められ、アルフォルトは頬をかいた。一応、とつけるあたりライノアもライノアなのだが。
「大変だったけど、このまま王家の土地で人身売買されてたらもっと大変な事になるから、見つけられて良かったよ」
この件をきっかけに、王家所有地の管理体制の見直しがされた。ヴィラの件の事後処理も終わらない内に仕事が増えたのだ。連日宰相をはじめとした文官達が仕事に追われていたのは言うまでもない。
オズワルドは深くため息をつくと、メリアンヌ特製のオズワルド専用渋いが身体に良い(らしい)紅茶を一気に飲み干した。毎日飲んでいるからか、最近はおかわりまでするのだから慣れというものは恐ろしい。
「他の領地は今の所問題はないのですが」
オズワルドにしては歯切れがわるい物言いに、アルフォルトは怪訝な顔になる。
「人身売買の手引きをしていたヴィラの管理人は、ローザンヌ王妃付き侍女の叔父でした」
オズワルドは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「その侍女ってもしかして、前に言ってたローザンヌ王妃の派閥じゃない家門の侍女?」
アルフォルトが恐る恐る訊ねると、オズワルドは頷いた。
「ええ。しかもローザンヌ王妃が領地へ戻られた日から姿を消し、現在消息が掴めていません」
オズワルドが話を持ちかけて以来、気には止めていた。
実際に対面すると、地味な顔の侍女だったが、どこか隙がない様子からアルフォルト達は警戒していた。
しかし、彼女が接触してくる事も、何か行動を起こす事も無かった。
故に、油断していた。
「ローザンヌ王妃は今回の件を知っているの?」
「一応報告はしてるのですが、あの御方は政治的な事柄に興味はないので『よきにはからえ~』との事」
「よきにはからえ、なんて言葉言わないと思うけど言いたい事は理解した」
裏声でローザンヌ王妃の真似するオズワルドを、アルフォルトは思わず半目で見てため息を吐いた。
シャルワールのスープに毒を盛られて以来、どうも自分達は後手に回っている気がしてならない。
(城下も城の中も、一体何が起きてる?)
先が見えない暗闇の中にいるようで、アルフォルトは頭が痛いと思った。
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