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第2章
囚われのメイドと地下室
しおりを挟む「······ん」
アルフォルトが目を開けると、そこは先程までの小さな窓のある物置部屋ではなく、薄暗い石壁の部屋だった。
辺りを見渡すと窓の類は無く、光源は部屋の四方に置かれたロウソクと、様々な器具が並んだ作業台に置かれたカンテラ位だ。
後頭部に鈍痛を感じ、そういえば先程殴られたのだとぼんやりと思い出してきた。
後頭部に手を伸ばそうとし──体が動かない事に遅ればせながら気づいたアルフォルトは、どうやら椅子に拘束されているらしい。
椅子の背もたれに、後ろ手で縛られた両手首が固定されている。
(しくじったなぁ······)
幸い足は固定されていないので、腕の拘束さえどうにかできれば脱出は可能だ。
しかし。
(メイド長を置いては行けない)
部屋の隅に、同じように両手を縛られたメイド長が横たわっていた。
額から血をながし、力無く横たわっているメイド長の意識はなく、アルフォルトの背に嫌な汗が流れた。目を凝らしてよく見れば、胸が上下していて呼吸しているのがわかる。
思わず安堵のため息を零したアルフォルトは、ふと、頭が軽くなっているのに気づいた。
(カツラ、取られちゃったな)
幸い、メイド服のあちらこちらに仕込んだ護身用の暗器類はそのままのようだが、声を聞かれた時点で、エルトンは恐らくアルフォルトが男だと気づいただろう。
流石に王子だとバレていないとは思うが、状況はよろしくない。
それに──。
(ここが、例の地下室か)
アルフォルトが拘束されている椅子の正面に、石造りの細い階段があり、出入りできるのはどうやらそこだけのようだ。
通気性の悪さから湿度が高く、微かなカビの臭いに混じった、まるで鉄錆のような──血の匂い。
床の所々に広がる黒い染み。作業台の上に並ぶ器具は主に拷問で使われる物で、こちらも使い古されている。
エルトンに買われた子供達が何をされて姿を消したのか、メイド長が言っていた「壊される」の意味を嫌でも理解できてしまった。
すん、と頭の奥が冷えてゆく感覚。
目の前の景色が白く霞む。
呼吸が浅くならないように、深く深く息を吸う。
──アルフォルトは、怒りの感情に飲まれないよう、キツく目を瞑ると、重そうに軋むドアが開く音がした。
目を開けると、石造りの階段をゆっくりと降りてくるエルトンの姿が視界に映る。
「おや、目が覚めたのか」
アルフォルトと目が合い、ニタリと笑った。
「ここはどこですか?」
怯えて見せるアルフォルトの問いには答えずに、エルトンは肩を竦めた。
「まさか男だったとはなぁ」
伸ばした手が、アルフォルトの顎を掴む。力の加減なんて知らないかのように、頬にエルトンの指が食い込み、アルフォルトは眉を寄せた。
「ますます似てるな」
「誰に、ですか?」
勿論知っているが、敢えて聞いてみる。案の定答えは帰って来なかった。
「まさかこんな所に女装までして来る分けがない」
(そのまさかで来ちゃうんですけどね)
エルトンのぼやきに、アルフォルトはなんとも言えない気分になった。勿論素直に正体を明かすつもりもない。
どれくらい時間が経ったのかわからないが、メリアンヌの事だ。上手く立ち回ってアルフォルトを救出しようと動いているはずだ。
それなら、アルフォルトがする事は決まっている。
「お前の目的はなんだ?誰に雇われた?」
エルトンの注意を引いて、できるだけ時間を稼ぐ。それが、今アルフォルトにできる最善策だ。
エルトンの問に、アルフォルトは俯いた。
何も答えずにいると、エルトンは作業台から小ぶりな鞭を手に戻って来る。
「もう一度聞くが、お前の目的はなんだ?」
「······」
無言を貫くアルフォルトをエルトンは鼻で笑う。次の瞬間、ピシャっと弾ける音と共に、太腿に熱を感じた。
「······っ!!」
遅れて、右の太腿に鋭い痛みが走った。
メイド服のエプロンとスカートが裂け、太腿から血が滲む。布のお陰で、痛みの割に傷は浅い。
(とはいえ、痛いものは痛い······)
正直、爪を剥がされたり切り刻まれるかと思ったが、まだその段階ではないようで、アルフォルトは少しだけホッとした。
「痛いだろう?なぁ、嫌なら早く話した方がいいぞ」
捕食者の顔で笑うエルトンは、楽しそに鞭をしならせる。
アルフォルトはあえて怯えたフリをしていると、再び足に鞭が振り下ろされた。
「っ······」
唇を噛んで声を殺す。泣き喚くよりも、こちらの方がエルトンが好みそうだ。
ちらり、と見上げれば案の定エルトンは厭らしく笑ってアルフォルトを見下ろしている。自分よりも弱い立場の物を甚振るのが楽しくて仕方がないのだろう。
親子揃って悪趣味だな、とアルフォルトは心の中で毒づいた。
どのみち、素直に話しても解放するつもりはないだろう。
脱走しようにも出口は一つ。腕を縛める縄は頑丈で、普通には抜け出せない。
アルフォルトはエルトンに気づかれないように、手首に隠していた小さなナイフを取り出す。最小限の手首の動きで、腕を縛る縄を切る。時間を稼ぐ為にアルフォルトは口を開いた。
「······話したら、解放してくれますか?」
震える声でたずねれば、エルトンは勿体ぶった様子で頷いた。
「素直に話したら考えよう」
アルフォルトは痛みに気を取られないよう、深く息を吐いた。
痛みに耐える姿に嗜虐心を煽られたのか、なんの前触れも無く再び足に鋭い痛みが走り、額に汗が滲む。
(コイツ、解放する気なんてないな)
足ばかり鞭打つのは、先に足を駄目にして逃げられないようにする為だろう。
あまり耐え過ぎてもよくないと思い、アルフォルトはボソボソと口を開いた。
「······僕はお金で雇われました。貴方が人身売買している証拠を探して来いと言われました」
半分は嘘ではない。雇われた訳ではないが、エルトンの人身売買の証拠を探しに来た事に間違いは無い。
「誰に?」
「知りません。おそらく貴族だと思います」
エルトンにとって今のアルフォルトは、痛みに耐えながら恐怖で震える無力な子供に見えるだろう。
恍惚とした表情を浮かべる悪魔に、心底吐き気がする。
「あの、話したから解放して下さいますよね?」
救いを求めてエルトンを見つめれば、慈悲深いと思える微笑みを浮かべ──再びアルフォルトに鞭を振り下ろした。
「ぅあっ······!!」
太腿に走った激痛に、アルフォルトは堪らず声を零した。
「私は考えても良い、とは言ったが解放するとは一言も言っていないぞ」
手にしていた鞭の柄でアルフォルトの顎を掬う。
「今までもそうやって、子供達を甚振って来たんですか?」
静かに呟いたアルフォルトにエルトンは目を見開いたが、愉快そうに笑った。
「そうだ、お前のように中々声を上げないのもいれば、泣き喚くやつもいたなぁ」
鞭を撫で、エルトンの視線は思い出すように宙を見つめる。
「俺は、金髪のガキと紫の目のガキが死ぬ程嫌いでな。見てると甚振って殺してやらないと気が済まないんだ」
言い終わらない内に、再び鞭が振り下ろされる。
(ついでのようにむち打ちやがって······痛いんだぞ!!)
痛みで脂汗が滲むアルフォルトなどお構い無しに、エルトンは訥々と語った。
「俺の·····俺達の人生を狂わせたのが、やたら綺麗な顔のガキで、そいつが金髪に紫の目だった。アイツのせいで俺は継ぎたくもない領地を継がされた」
忌々しそうにエルトンは頭を掻きむしると作業台を物色し始めた。
俺達、という言葉にはおそらく先代のディーク伯爵も含まれているのだろう。
過去の誘拐された時の事を思い出しそうになり、アルフォルトの心臓が早鐘を打つ。
(落ち着け、大丈夫)
細く息を吐き出し、アルフォルトは考えないように努めた。
皮肉な事に、鞭打たれた足の痛みに気を取られ、理性が保てている。
「本当はアイツを嬲り殺してやりたい。でもアイツには手が届かないなら代用品を使うしかないだろ?ガキを売るのは儲かるしアイツに似た奴が商品にあったら、俺が買い取る。一石二鳥だな」
アイツ、が誰を指すのかなんて言わなくてもわかる。
目の前にその本人がいるとは気づかずにエルトンは、大きなペンチのような器具を手にして獰猛に笑った。
「これで手足の爪を全部剥がすのは楽しいぞ?その後に肉が削げるまで鞭打って、ボロボロになったガキを見ると、スッキリする。皮を剥いだり、切り刻んだのもあったなぁ」
恍惚と語るエルトンは、作業台の赤黒いシミを撫でた。部屋の至る所に出来た惨事の跡は、被害に遭った子供が一人や二人ではない事を物語っている。
「······今まで連れてきた子供達は、みんな殺したのか?」
アルフォルトは俯いた。
怒りで肩が震える。
その姿を見て、恐怖に怯えていると思ったエルトンはゆっくりした足取りでアルフォルトに近づいて来る。
「ああ。動かなくなった奴らは屋敷の裏の雑木林に捨てさせた。みんな野犬にでも喰われたんじゃないか?」
アルフォルトの頬を再び鷲掴みしたエルトンが「次はお前の番だ」と、ハサミのような器具を突き付けて来た。
(やるなら今、か)
時間稼ぎが幸をなし、腕を戒めていた縄はだいぶ切れた。
あとは両腕に力を込めれば縄はちぎれる。
ふ、と息を吐き出し、アルフォルトが縄をちぎると──目の前のエルトンが、口から血を吐いて床に崩れた。
「······え?」
突然の出来事にアルフォルトは固まった。
崩れたエルトンの背後に立つ人物に、アルフォルトは目を見開いた。
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