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第2章
疑惑とそれぞれの秘密
しおりを挟むアルフォルトとライノアは、久しぶりに孤児院に来ていた。
アルフォルトと違い、子供が苦手なライノアには院長の元へ言伝を頼んである。
別行動にライノアは渋ったが、子供達に囲まれるアルフォルトを無理やり連れていくのは気が引けたらしい。
すぐ戻ります、と足早に院長室へと向かうライノアを見送る。
アルフォルトは何がなんでもライノアと別行動を取りたい理由があったので、納得してくれて思わず胸を撫で下ろした。
そうしていつも通り子供達にせがまれて絵本の読み聞かせをしていたら──約束通り彼女がやって来たのだった。
待ち合わせの日程や時間は特に決めていなかったので、実の所あまり期待はしていなかった。アルフォルトが一人になってから接触してきたのを見るに、どこかで様子を窺っていたのだろう。
絵本を読み終え、子供達が中庭へ散り散りになると足音も立てずにアルフォルトの隣に並んだ。
「足の怪我はどう?王子様」
「お陰様で傷跡は残らないって」
エルトンの屋敷でアルフォルトを助けてくれた、ローザンヌの元侍女でアリアのメイドをしていたメアリー(おそらくこれも偽名)は、口角を上げた。
赤い髪を結い上げ、しかし今日は冴えないソバカス顔ではなく目元のぱっちりした、アルフォルトと同い年位の女性を装っていた。顔だけ見れば別人だが、アルフォルトにわかるようあえて声は変えていなかったので割とすぐに気づいた。
今日は天気が良く、日差しが強い。そんな中立ち話はレディ(実年齢は知らない)に失礼かと、ボールで遊ぶ子供達から少し外れた、木陰のベンチに移動した。
アルフォルトが今日孤児院を訪れたのは、彼女に会うためだった。
火の回るエルトンの屋敷で、煙に咳き込むアルフォルトにメアリーはハンカチを貸してくれた。
そのハンカチには「マルドゥーク家の孤児院で待ってる」と記された小さなメモが挟まれていた。
ライノアに見つからないように、アルフォルトはメモをそっとしまい──その後アランとメリアンヌに相談し、アランの代役で視察という名目で孤児院を訪問している。
メアリーがマルドゥーク家の孤児院を指定したのも、アルフォルトが単独行動しても安全だと考えたのだろう。
やはり、敵意はないのだなとアルフォルトは思った。
ライノアにあえて別行動を取ってもらうように言伝を頼んだが、最近心配性に拍車がかかった従者の事だ。すぐ戻ってくると言っていたし、時間はあまりないだろう。
その事をわからない程無能ではないようで「手短に話すわ」とメアリーは付け加えた。
「その前に、僕から一つ」
アルフォルトはポケットから小さな包みを出し、メアリーに渡した。
「改めて。助けてくれてありがとうございました。ハンカチ、血や煤で汚れてしまったから·····良かったら使って。要らなかったら捨てていいよ」
少し驚いた表情で包みを受け取り、メアリーは青いリボンを解き包装を開けた。
中には、シルクの生地に繊細な刺繍とレースがあしらわれたハンカチが入っている。ライノアの目を盗んでメリアンヌと買いに行ったそれは、よくアリアが好んで使っていた物に似ている。
「······気にしなくて良かったのに。律儀な所も、本当お母様そっくりね」
少女の見た目にそぐわない声は、どこか懐かしんでいるように思える。
微笑んだ顔は、遠い記憶の中の茶髪のメイドに重なった。
メアリーは「ありがとう」と、ハンカチを大切そうにしまう。
それからアルフォルトに向き合うと、また元の隙の無い雰囲気に戻った。
「これをアラン様に。きっと上手く扱ってくれるから」
手渡されたのは一枚の封筒だった。
アルフォルトは、受け取った封筒を胸のポケットにしまい込む。
「この間中途半端になった事を話すわね。勿論全てではないわよ?話せる事だけ──まず、メイド長は無事に脱出したわ。煙で多少喉をやられたようだけどね。メイド職は辞して実家に戻るそうよ」
「そう、良かった」
ずっと気がかりだっただけに、メイド長が無事だと知りアルフォルトは胸を撫で下ろした。
「それから、私があるギルドに所属しているのは話したわよね?」
メアリーの問に、アルフォルトは頷いた。
この国には幾つものギルドがある。
他の国と違うのは、ライデン王国のギルドは主に「諜報機関」としての役目があり、情報収集は勿論、暗殺や人探し、表に出回らない事件の調査など、いわゆる裏稼業的な事を生業にしている。
アルフォルトの命を幾度となく狙ってきたのも、ローザンヌの実家の息がかかったギルドだ。その度に返り討ちに合い、だいぶ数が減ったと風の噂で聞いたことがある。真意は不明だが、今まで倒した人数を考えると強ち嘘ではない気がする。
「貧富の差関係なく子供が行方不明になる事件が多発していて、私のギルドに調査依頼が来ていたの。それが半年前。調べたら、手当り次第子供を拐かし、奴隷商に売る破落戸の集団がいて、しかも王家の領地で売買してるじゃない?そこで、王家が人身売買に関与している可能性があるとみて、臨時でローザンヌ王妃の侍女になったの。どうやったかは勿論企業秘密よ」
片目を瞑って茶目っ気溢れる仕草だが、内容が内容だけにアルフォルトは笑えなかった。
まさか王家が疑われていたとは露知らず、背中を嫌な汗が伝う。
「同じ頃マニフィカトに奴隷商が出入りしてる情報を掴んだから、昼は侍女、夜はマニフィカトの給仕をし始めた頃──ある貴族の一人息子が、行方不明になったの。依頼を受けて調べたら、奴隷商が売った子供のリストに入っていて······まぁ、変態に買われちゃったのよ。見つかった頃には心も身体も壊れちゃってたわ」
メアリーはハッとし、一度言葉を区切るとちら、と窺うようにアルフォルトを見つめる。
アルフォルトの事情は知っているのだろう。
気を使ってくれた事に気づき、アルフォルトは「大丈夫、続けて」と先を促した。
メアリーは咳払いすると、話を続けた。
「その依頼をした貴族は、大切な一人息子を壊されて大変ご立腹だったわけね。そこで更にお金を積んで、追加の依頼をしてきたの。それが『人身売買に関わった人間全ての抹殺』よ」
マルドゥーク家の病院の履歴と子供の捜索依頼。少し調べれば依頼主の貴族がわかるだろう。帰ったら確認しようと、アルフォルトは思った。
それから、念の為聞いておきたい事があったのを思い出した。
「間違えてたら申し訳ないんだけど······ここの所マニフィカトで怪死した人って、皆人身売買に関わってたって事で合ってる?」
少し前に城下でマリクに教えて貰った怪死事件は、年齢も性別も身分も様々な人が被害者だった。アランはメアリーの仕業だと言った。最近は話題に上がることも少なく、真相は闇の中。次第に人々の興味も薄れつつある。
アルフォルトの問に、メアリーは曖昧に微笑んだ。
「全て、ではないわ。私が毒殺した人はそうなんだけれど、騒ぎに便乗した同業者もいたから。あとは知っての通り、エルトンを殺す為に屋敷でメイドをしていたら、貴方達が来たって訳。そして昨日、奴隷商の男の首を依頼主に届けて来たから、今回のお仕事はこれで終わりよ」
さらっと血なまぐさい事を言ってのけるが、事実なのだろう。
アルフォルトはずっと気になっていた事で一番知りたかった事を確認しようと、口を開いた。
「マニフィカトの事件と人身売買の件が繋がっていた事は理解した。一つ質問してもいい?」
アルフォルトの問に、メアリーは片眉を上げ意地悪な表情を浮かべる。
「答えられる事なら」
「貴女が城へ来た頃、シャルワール第二王子の毒殺未遂が何件かあったんだけど、何か知ってる?」
何か知ってる?とあえて遠回しな言い方をしたが、アルフォルトが聞きたいのはメアリーが「やった」か「やってない」かの二択だ。
返答によっては、戦う事も辞さない。
少し身構えたアルフォルトを見つめるメアリーの眼差しは、少しだけ哀れみが含まれていた。
「その事について端的に述べるなら──私はやっていない。でも知っている事もある」
メアリーの返答に、アルフォルトは仮面越しでもわかるくらい怪訝な表情になる。
どういう事か聞こうとし──唇に人探し指を当てられる。
「言える事だけ。私は、本当はもう少し侍女を続けるつもりだったんだけど、ある人物が第二王子に毒を盛る所をたまたま見てしまって──まぁ、城を追い出されたのよ」
「追い出された?失踪したのではなく?」
宰相は失踪したと言っていたが──犯人が体裁を整えるために偽りの報告をした、という事だろうか。
(という事は、犯人は城でそれなりの地位を持っている?)
嫌な汗が背中を伝う。考え込んだアルフォルトに、メアリーは複雑な表情を浮かべた。
「犯人が誰か言えたら良いのだけど、今は言わない方が貴方のためなの。それから、犯人はシャルワール第二王子に明確な殺意を持っているけど、貴方の敵ではないわ」
「僕の敵じゃなくても、シャルワールに殺意を持っているなら僕は敵と看做す」
「そうね。守りたいなら、今まで以上に警戒した方がいい。向こうは時間がないから手段を選ばなくなってくるわ」
メアリーはそっとアルフォルトの頬に手を伸ばしてくる。感情の読み取れない顔は、微笑んでいるようにも、悲しんでいるようにも見えた。
「信用する人間は、ちゃんと見極めて。──そろそろ時間ね」
急に声のトーンが替わり、何事かと口を開きかけ──背後から、何かに抱きすくめられた。驚いて後ろを振り返れば、警戒心むき出しのライノアが、メアリーを物凄い目で睨んでいる。
「ぅわっ!?······え、ライノア?」
思ったよりも早く戻って来た事に驚き、上擦った声が出てしまった。
今の話を聞かれていやしないかと、冷や汗をかく。腕の中からそっと窺えば、ライノアはアルフォルトを庇うように腕に囲い込んだ。
「無闇に王子に触れないで頂きたい」
「す、すみません。王子の髪に葉っぱが付いていたので······」
いつ掴んだのか、伸ばした指先に挟まれた木の葉を、メアリーは気まずそうなフリをして握りこんだ。
先程までとは違う、年相応の声。
改めて得体が知れないとアルフォルトは思った。
別れ際、ライノアの耳元へ唇を寄せたメアリーは、何かを囁いていた。
声は聞こえなかったが、唇の動きは「貴方」「秘密」それから「諸刃の剣」だったように思う。
一瞬でライノアの空気が凍り付き、触れる指先が冷たくなったのがわかる。
警戒心むき出しでアルフォルトを囲うライノアの腕の力は強く、苦しい程だった。
(これは、僕に知られたくない事か)
アルフォルトは、胸の奥が燻るような感覚に目を瞑った。
ライノアは、何か秘密を抱えている。
それは、アルフォルトには知られたくない事らしい。
きっと、踏み込んではいけない。
知ったら、おそらくライノアはアルフォルトの傍を離れてしまう。
そんな気がして、もうずっとアルフォルトは何も知らない、気づかないふりをしている。
(まぁ、僕もマルドゥーク家が絡むとライノアには言わない事も沢山あるし)
政治や家柄、立場。本当に煩わしい、とアルフォルトは思った。
ようやくライノアの腕から解放されると、ライノアはやはりメアリーについて尋ねて来た。
彼女は何者か、という問に答えられる程、アルフォルトも彼女の事を知らない。
追求を避けるため、あえて茶化したアルフォルトの意図に、おそらくライノアは気づいている。それでも気づかないフリをして踏み込まないのは、それがお互いの為だと知っているからだろう。
「──帰ろう」
ライノアの手を引いてベンチから立ち上がる。
握り返された手は、またいつも通りの温かさを取り戻していて、その事に酷く安堵した。
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