仮面の王子と優雅な従者

emanon

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第3章

薔薇と詠唱

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「アリア、私結婚なんてしたくない」
 ローザンヌが眉を寄せると、アリアは苦笑いした。買い物に出かけると言ってこっそりと訪れたマルドゥーク家の一室、アリアの自室で、ローザンヌは溜め息をついた。
「あら、ベルは良い人よ?」
 紅茶を飲みながら、アリアは微笑んだ。
 相変わらず人形のように整った顔立ちは、人間離れしている。
「だからこそよ。それに──ベラディオ様はアリアを愛しているのに······」
 家が決めた事とは言え、自分は完全に邪魔者だ。親友の恋敵になるつもりは無いが、ローザンヌにはどうする事も出来ない。
「いいじゃない。貴女は王妃、私は側室にでもなって二人でベルを支えましょう?きっと楽しいわ」
 あっけらかんと笑うアリアは、ローザンヌよりも余程貴族社会に順応している。
「私はそんな簡単に割り切れないわ······それに、王妃にもなりたくない」
 ローザンヌは引っ込み思案で気が弱く、本当は華美な装いも、傲慢な立ち居振る舞いも好きではない。公爵令嬢という立場上しかたなく人前ではそれらしい振舞いをしているだけだ。
 そんな自分よりも、肝の座ったアリアの方が余程王妃に相応しい。
「······私、どうせ結婚するならアリアが良かったわ」
「あら、急に愛の告白?どうしましょう、私にはベルがいるのに」
 口元を抑えて驚いてみせるアリアに、ローザンヌは頬を赤らめて慌てた。
「そ、そういう意味じゃ·····」
 アリアは微笑むと、狼狽えるローザンヌを抱きしめた。
「冗談よローズ。でも、私は貴女も愛しているわ。恋人とは違うけど······愛してるわ」
 アリアはいつも柔らかくて、いい匂いがする。抱きしめられると心が温かくなり、その腕の中にいる間は、不安な事など何も無いように思えた。
「私もアリアが大好きよ」
 そう言って抱きしめ返せば、アリアは嬉しそうに笑う。
「さっきの話だけと、私が男なら間違い無く貴女と結婚してるわ。こんなお人形さんみたいに可愛い人、ローズ以外に知らないもの。きっと、色んな人に自慢しちゃうわ」
「何言ってるの?貴女の方が余程綺麗だわ、アリア」
「やだ、私達お似合いじゃない?」
 そのままクスクス笑い会う。
 なんてことは無い会話が楽しくて、幸せで。
 こんな時間が永遠に続けばいいと、思っていた。

「そうだ、アリア。これ良かったら召し上がって」
 ローザンヌは、アリアに会うときはいつも手土産を持参する。
 アリアは食べる事が大好きだから、手土産は大体お菓子や紅茶の茶葉。
 アリアとの関係は家には秘密にしている為、信頼する侍女に「親友にあげる手土産を用意して欲しい」とこっそり頼んでいる。
 侍女は快く引き受けてくれて「友達は大切になさって下さい」と、アリアの所へ行く日は必ず持たせてくれる。
 でも、それが間違いだった。
 アリアとの関係は、侍女を通してローザンヌの父に筒抜けだった。
 それでも、アリアとの関係を黙認していたのは、ある思惑があったからに他ならない。 
「いつもありがとう、ローズ。私、貴女がくれる物ならなんだって嬉しいわ」
 そう言って、アリアはいつも嬉しそうに笑ってくれた。
 親友を少しでも喜ばせたくて。
 笑った顔が見たくて。
 でも、ローザンヌは知らなかった。
 侍女が手土産として持たせてくれた物は、全て微量の毒が入っていた事を。
 
 アリアが亡くなって、心の支えが失われたローザンヌは、次第に心を病んでいった。
 シャルワールが不義の子である事も大きい。
 そんな息子にどう接したらいいかわからない。表面上は取り繕えても、心の底から愛してるとは思えなかった。
 誰も頼れない中で、王妃らしく振る舞おうとする内に、ローザンヌは元の自分がどんなだったかわからなくなってしまった。
 気弱で引っ込み思案な性格は、傲慢で高飛車に。質素な装いでは体裁が保てないからと、化粧もドレスも派手になった。 
 そうやって、弱い自分を隠して何年も経ち──シャルワールの成人の儀を半年後に控えた頃、息子に毒が盛られた。
 そして、ローザンヌの寝室に、一通の手紙が届いた。
 差し出し人は不明。
 怪しい手紙など捨てても良かったが、なんとなく気になって開いたそれはローザンヌを地の底に陥れた。

「貴女がアリア王妃に渡していた手土産は、全て毒が入っていた」

 まさか、そんなはずは無い。
 そう、信じたくてエイレーン公爵家を訪ねた。嘘だと言って欲しくて──しかし、父から聞かされたのは、その全てを肯定するものだった。

「私が、殺したの······?」
 
 知らなかったとは言え、大好きな親友を殺したのは自分なのかもしれない。
 その日から、ローザンヌは眠れなくなった。
 だって、夢の中でアリアが言うのだ。
「貴女が、私を殺したの」
 どんなに謝っても、彼女は帰ってこない。
 それならいっそ、自分が死ねば良かった。
 でも、死ぬのは怖い。
 そんな事を繰り返し考えて、今日もローザンヌは眠れずにいた。

「ローザンヌ様に、お届け物です」
 赤い髪にソバカス顔。地味なその侍女は、音もなく現れた。 
 窓から差し込む月明かりが、やけに眩しい夜だった。
 夜の静寂。
 部屋に聞こえるのは自分の呼吸と、微かな衣擦れの音。
 ぼんやりと、寝台の上で窓辺を眺めていると、どこからとも無く彼女は現れた。
 臨時の侍女として数ヶ月、ローザンヌに仕えていたが、ある日突然姿を消した。 
 挨拶もなく辞めた彼女を非常識だと思ったが、特に気にも止めていなかった。
 そんな彼女が今更、こんな時間に何の用だというのだろう。
 じっと見つめていると、侍女は一通の封筒を差し出して来た。
 白い、透かし模様の封筒に懐かしさを覚える。封蝋の模様は見覚えがあり、受け取ろうとしたローザンヌの手が震えた。
「最後のお手紙です。いざという時に渡すよう、アリア様から預かっておりました」
 懐かしい友の名に、ローザンヌは胸が締め付けられる。
 ローザンヌの家門は家柄第一で、交友関係にすら家が口出し、決められた相手以外と話す事も禁じられていた。
 そんな中、男爵家の娘であるアリアは、ローザンヌの唯一にして秘密の友人だった。
 公の場ではお互いの立場がある為、さも対立しているように振舞っていたが、彼女が王家に嫁いでからも、秘密の友人関係は続けていた。
 ──彼女が亡くなるまで。 
 受け取った繊細な透かし模様の封筒は、アリアが好んで使っていたものだ。
 震える手で、今は亡き友からの手紙をそっと開いた。

 自分が死んだのは持病の悪化で、貴女のせいではない。
 ローザンヌが持って来る手土産に毒が入っていたのは最初から知っていた。自分は毒に耐性があり、微量の毒なら身体に影響はない。だから気に病まないでと、慣れ親しんだ繊細で美しい文字で綴られていた。
 それから。
 生まれ変わったら、私は貴女と添い遂げたい。この事はベルには内緒よ、と最後に書き添えられていて、ローザンヌは手紙を胸に抱いて泣き崩れた。

 

♢♢♢



 アルフォルトは、怖々と廊下を移動していた。出来れば行きたくない。
「何かの罠かな······」
 隣を歩くライノアも、なんとも言えない表情でアルフォルトを見つめ返した。
「流石にもう、何も起きないとは思いますが······」
 ライノアの憂いがよくわかり、アルフォルトは苦笑いした。
 ここ数日、本当に色々あり過ぎて、いまいち現実味が無い。
 ──宰相の起こした一連の事件は、秘密裏に処理された。
 アルフォルトと宰相は事になっており、シャルワールやベラディオが駆けつけた時、宰相は既に賊に殺されていた。
 退路を絶たれた賊がヴィラに火をつけ、そこからなんとかアルフォルトだけは助けだした、という事になっている。
 宰相不在となり、城は再び慌ただしくなっている。
 オズワルドは口では色々と悪態をつき、シャルワールを亡きものにしようとしていた。しかし、アルフォルトを王位に着かせようとしていた傍らで、もしシャルワールが王位についても憂いがないよう動いていたようだ。
 今回のオズワルドとローザンヌの件、ギルドへのアルフォルト暗殺依頼、王家に仕える貴族の買収。その他にもオズワルドはエイレーン公爵家の数々の悪行の証拠を集めていた。
 ローザンヌの実家という事もあり、ベラディオの温情で今後二度と政治に関わらない事を条件に爵位の剥奪にはならながったが、表舞台から完全に姿を消し、エイレーン公爵家は再び失脚した。
 因みに、全焼したヴィラからオズワルドの遺体は見つかっていない。
 もしかしたら、上手く脱出して何処か違う土地に逃れて生きているかもしれない。
 そう、ベラディオは笑って言った。
 あれからシャルワールは塞ぎ込み、部屋に引き込もっている。
 アルフォルトも何度か部屋を訪れたが「合わせる顔がない」の一点張りで、アトレイの話だとろくにご飯も食べていないという。
 命を狙われ、自分の出自の秘密を知り、挙句親兄弟と思っていた自分達とは血が繋がっていないとあっては、心の整理に時間が掛かるのも頷ける。
 事件の事もあり、婚約者のお披露目は延期になった。
 来週に迫った成人の儀も、この調子では延期になるかもしれないが、儀式よりもシャルワールの心の方が余程大切だ。
 ベラディオもアルフォルトも、シャルワールが落ち着くまで待つことにした。
 勿論、シャルワールがベラディオの子でないと言うことは口外していない。
 これ以上余計な混乱を招かない為にも、この事はあの日ヴィラにいた人間だけの秘密だ。

 ──それにしても、とアルフォルトは思う。
「まさかローザンヌ王妃に、呼ばれる日が来るとは······」
 そうなのだ。
 先程から、アルフォルトとライノアが浮かない顔で移動しているのは、一重にローザンヌの元へ向かっているからなのだった。
「精神の状態が宜しくない、と以前お聞きしてましたが······大丈夫なのでしょうか?」
 ライノアが眉間に皺を寄せて疑問をぶつけてくる。以前シャルワールが言っていた心の病とやらはもういいのだろうか。
 何はともあれ、呼ばれたからには行くしかない。
 重い足取りで、とうとう部屋の前まで来てしまった。
 思わずライノアと顔を見合わせ、アルフォルトはドアをノックした。
 直ぐに、ドアが開かれ──出迎えた侍女に、アルフォルトは目を見開いた。
「えっメアリー!?」
 出迎えたのは赤髪でソバカス顔の冴えない侍女──かつてアリアのメイドをしていたメアリーだった。
「お久しぶりね、王子」
 ニヤリと笑ったメアリーから守るように、ライノアがアルフォルトの腕を引く。
 臨戦態勢になったライノアに、アルフォルトは落ち着くよう言った。
「彼女は大丈夫だから、ライノア」
「しかし」
 そういえば、ライノアの中で彼女はまだ、怪しい侍女のままだった。
 ディーク伯爵家で再開した事も、孤児院での事も、ライノアには話していなかった事を思い出し、アルフォルトは掻い摘んで説明した。
 ライノアは納得はしていないながらも、不承不承といった風に、どうにか臨戦態勢は解いた。しかし警戒はしたままで、そんなライノアに、メアリーはため息をついた。
「警戒心が強い所は、昔とかわらないわねぇ」
 ライノアが拾われたばかりの頃の事を思い出して笑うメアリーに、アルフォルトは苦笑いした。
「いつまで立ち話なさってるおつもりです?」
 部屋の奥から、ローザンヌが声をかける。
 思わず心臓が跳ねたアルフォルトに、メアリーは「もう、彼女は大丈夫ですよ」と静かに囁いた。
「すみません、お待たせしてしまって」
 恐る恐る部屋中央に目を向けると──以前よりもだいぶ痩せたローザンヌが、ソファで紅茶を飲んでいた。
 纏っているドレスも、以前のように華美なものでは無く、シンプルな装飾の少ないもので、化粧もしていない。
 キツい印象を与えていた派手な化粧を落とした顔は、シャルワールに似ていた。
「いつまでも立っていないで、座ったらどうです?」
 促され、アルフォルトとライノアはソファに腰を下ろす。
 すかさずメアリーが紅茶を注いでくれるが、正直この場で優雅に飲めるほど鋼のメンタルは持ち合わせていない。
 ローザンヌは戸惑うアルフォルトを見つめると、手にしていた紅茶のカップを置き、頭を下げた。
「この度は、我が家門がアルフォルト様にご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」
「はへっ?」
 まさかローザンヌが頭を下げるとは思わず、アルフォルトは助けを求めるようにライノアをみた。ライノアも同じく固まっていて、役に立ちそうにない。
「かっ顔を上げて下さい、ローザンヌ王妃」
 慌てるアルフォルトを他所に、メアリーはどこか楽しそうにこのやり取りを眺めている。
 促され、ようやく顔を上げたローザンヌは──アルフォルトの顔をまじまじ見つめると、微笑んだ。
「久しぶりに貴方の顔を拝見したけど、本当嫌になるくらいアリアに似てらっしゃるのね」
 思わぬ名前に、そして微笑んだローザンヌに、アルフォルトは驚く。
「アリアはね、私の──秘密の親友だったの」
 目を瞑ったローザンヌは、静かに語り始めた。
 



 
 
  
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