不機嫌な神父様には半魔の番が必要です

emanon

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第一章

はじめての討伐④

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「遅くなって悪い……怪我はないか?」
 銀色に光る銃を下ろし、伸ばされたラギの手が、サァシャの頬を撫でた。慣れ親しんだ体温に安堵し、思わず手のひらに頬を擦り寄せる。
「大丈夫。ジャン神父も無傷だよ」
「そうみたいだな。……一人は逃げたか」
 腰巾着神父が走りさった方向を見つめ、ラギは鼻を鳴らして「あいつは何をしに来たんだか」と皮肉に笑った。
「報告書よりもはるかに多い数の魔獣がいて、思いの外手こずった」
 事も無げに言うラギを見つめ──神父服カソックの左胸が裂けているのに気づき、サァシャは目を見開いた。
 裂けた布の周りはおそらく血だろう。生地が濡れて濃い色になっている。
「ラギ、怪我してる!!」 
 慌てて治癒術をかけようとしたサァシャの手を、ラギが握り込んだ。
「かすり傷だから平気だ」
「やだ……かすり傷じゃないよこれ……痛いじゃん」
 指を少しナイフで切りつけるだけでも痛いのだ。ラギの胸の傷は、致命傷ではないにしても、血の滲み方からみるに決して浅いものではない。
 握り込まれた手が震える。中々離してくれない手を振り払ってでも治癒術を使おうとすると、ラギが怒鳴った。
「サァシャ!!」
 ビクリ、と肩を震わせる。顔を上げれば、声とは裏腹に困った顔をしたラギと目が合い、そっと額を合わせてくる。
「本当にかすり傷だから大丈夫だ」
 チラ、と目線をジャンに向けたラギの意図を察し、サァシャはハッとした。
(そうだ、ジャン神父もいるのに……)
 ラギの怪我に動揺して、まわりが見えなくなっていた事を反省する。治癒術は人前では使わない約束だった事を思い出し、サァシャは深く息を吐き出した。
「ごめん、冷静じゃ無かった。帰ったら任せて」
 勿論手当てもするが……傷痕が残らないように治すつもりだ。
「逃げた奴は後で報告するが、構わないな?」
 サァシャを離して、ラギはジャンに問うた。すっかり二人きりの世界に入りかけていた事に気付き、サァシャは赤面した。
 案の定、少し気まずげに顔を逸らしていたジャンは、弾かれたように顔を上げて頷いた。
「はい、構いません。任務の放棄は規約違反ですので」
 あっさりと頷いたジャンにラギは少し不思議な顔をした。てっきり庇うと思っていたのだろう。思い返せば、腰巾着神父が一方的に話しかけていて、ジャンは一度も自分からは話しかけていない。ジャンにはジャンの苦労があるんだな、とサァシャは少し同情した。
「今日はこれで終わり?」
「ああ。遅くなったから、今日は教会に泊まって明日朝一で戻るぞ」
 胸ポケットから煙草を取り出そうとしたラギが、不意に顔をあげた。 
 次いで、低い唸り声が何処からともなく聞こえてきて──ラギは思いっきり顔を顰めた。
「……まだ、帰らせてはくれなさそうだな」
「どういう事ですか?魔獣は殲滅したんじゃ……」
 不安そうなジャンに、ラギは深くため息をついた。
「別の群れだろうな……誰だよ、ここの報告書出した奴」
 確かに、報告書の内容ではせいぜい2、3匹程度の目撃情報だったはずで、初心者でも大丈夫だろう……という事だったから、ジャンも同行している。
 それなのに、報告書以上の数の魔獣が出現している。
 流石にこのまま戻る訳にはいかない事くらいサァシャにもわかる。ラギがホルスターに手を伸ばしたのが見え、サァシャは声をかけた。
「ラギ、魔力足りてる?」
 時間がかかった、と言っていた事を思い出す。おそらく、相当な数の魔獣を倒している筈だ。
 ラギは銃と己の掌を見つめ、苦い顔をする。
 ──ラギの銃に弾は入っていない。教会の銃は魔力を流し込んで、圧縮した魔力を標的に撃ち込む仕組みだ、と前に教えられた。遠距離からの攻撃が可能で、威力も高いがその分扱いが難しく、魔力の消費も激しい。
 幸い、まだ魔獣の群れは遠くにいる為、ラギに血を与える時間は充分にある。
 サァシャの問いにラギは少し思案した後、眉を寄せた。
「少し厳しいな……だがサァシャ、お前こそ魔力使ってるだろ。精気だって……」
 血から直接魔力を吸収する吸血鬼と違って、淫魔は精気から魔力を生成する。双月ふたつづきの夜以来、まとまった精気を摂っていないサァシャを心配してくれているのがわかり、迷惑をかけちゃいけない、とサァシャは微笑んだ。
「僕はほら、大丈夫。それよりも魔獣を倒して貰わないと帰れないもん」
 結界を何度か破られかけて、必要以上の魔力を使ってしまった事は伏せておく。
 茶化して見せれば、ラギは渋々頷いた。
「……必要最低限で、貰う」
「あの」
 サァシャの首に手を伸ばしかけたラギに、ジャンがおそるおそる声をかけた。
「サァシャ神父が不調なら、俺の血はどうですか?」
 思ってもみない提案に──しかし、ラギは首を振った。
「気持ちはありがたいが、不要だ」
「そう、ですか……」 
 しゅん、としたジャンが意外でサァシャは思わず微笑んだ。おそらく、結界を破られかけて受けたダメージの事を心配してくれているのだろう。
 思っていたよりも、良い人なのかも、とサァシャは少しジャンを見直した。
「……お気遣いありがとうございます、ジャン神父。僕は大丈夫ですから──あ、でも出来れば後ろを向いていて貰えると、嬉しいです……」
 血を吸われる所を見られるのはとても恥ずかしい。口篭ると、ジャンは「わかった」と言ってサァシャ達に背を向けた。
「──ラギ、いいよ」
 そっと、神父服の首元を緩めて喉を逸らす。首筋にラギの唇が触れ、肌に牙が埋まる感触に身悶える。
「……っ、ぅ……」
 熱い舌が、肌の上を辿る。溢れる血を舐め、唇が首筋を強く吸い上げる。
「ふっ……う、んンッ……」
 身体の奥から広がる、背骨を這うような快感に思わず高い声が零れそうになり、サァシャは口を掌で覆った。
 くちゅ、と最後に柔らかく首を食み、ラギの唇が離れる頃には、サァシャは肩で息をしていた。
「ぁ……はぁ、はぁ……」
 声が零れないように息を詰めていた為、手を離した瞬間酸素を求めて喘ぐ。
 くたり、と身体から力が抜けたサァシャを抱き上げると、ラギはジャンに声をかけた。
 後ろを向いていても、声はやっぱり聞こえる訳で──少し赤い顔で気まずそうなジャンに申し訳ない。
「さっきサァシャが張った結界は──まだ使えるな。終わるまでコイツを頼む。そこから魔獣との戦い方を見てろ」
「は、はい」
 淡く光る魔法陣はまだ消えていない。ラギが魔法陣の中にサァシャを降ろすと、そっと頭を撫でてホルスターから銃を引き抜いた。
 大人しくサァシャの隣に腰を下ろしたジャンは、集まってきた魔獣に銃を構えるラギを食い入るように見つめる。
 数は6匹ぐらいだろうか。
 ラギは襲いかかってきた魔獣の攻撃を躱しながら銃を撃つ。
(そういえば、僕もラギが戦ってる所初めて見た)
 無駄のない動き、正確な射撃。戦い慣れたラギは、身内の欲目抜きにしてもかっこいいとサァシャは思った。
「やはり凄いな、ラギ神父は」
 ちら、と横目で見るとジャンの目が輝いていて、サァシャは自分の事を褒められた訳でもないのに嬉しくなった。
「はい、ラギは凄いんです」
 それから、サァシャはジャンに向き合うと頭を下げた。
「先程は、ラギの事で怒ってくれてありがとうございました」
「……あれは、別に……君がお礼を言う事ではないだろう」
 どこかバツが悪そうに視線を彷徨わせたジャンに、それでも、とサァシャは微笑んだ。
「そうかも知れませんが……でも、庇ってくれて嬉しかったんです。それから、僕の代わりに血を分けてくれようとしたのも、ありがとうございます」
 頬をかいてお礼を言うサァシャに、ジャンは顔を逸らした。
「結局断られたけどな」
「ラギはちょっと特殊で、僕以外の血を飲めないらしいんです」
「そういうのもあるのか……俺もまだまだ勉強不足だな。俺は、君のように魔力の操作が上手くないから結界も張れないし、せめて何かできたら、と思ったんだ」
 はぁ、と溜息をついたジャンの表情は、普段の大人ぶってすかした雰囲気とは違い、年相応の青年に見えた。
「……さっき逃げた奴は、お爺様が俺に付くように命じた奴で、自分よりも年下の生意気なガキのお守りなんて、と影でいつも言っていた。俺は、付き合う人すら選べない」
 ポツリ、と独り言のように呟いたジャンは、戦うラギを見つめたまま語り出した。
 お爺様、とはおそらく査問委員会にいたあの神経質そうな枢機卿の事だろう。
 どこか諦めに似た、寂しそうな顔に胸の奥が苦しくなった。
 普段のジャンの傲慢な振る舞いは、おそらく自分という品質を保持する為の鎧だ。 
「……僕が兎や角言えた立場ではないですが、少なくとも今回の任務放棄で、腰巾着神父は二度と貴方に付く事は無くなったと思います。それだけでも、良かったじゃないですか」
 苦手だったんでしょう?と首を傾げれば、ジャンは目を丸くして──それから俯くと、肩を震わせた。
(アレ、もしかして違った!?お、怒らせちゃったかな……)
 まずい、と冷や汗が背中を伝う。どうしようかとジャンに手を伸ばしかけると、急にジャンが顔を上げた。
 しかし、その顔は怒ってはいなかった。
「……こ、腰巾着神父って……もしかして奴の事か?」
 顔を上げたジャンは、笑っていた。
 サァシャは思わず固まってしまったが、ジャンは気にした様子もなく笑い続けている。
「……その、名前聞いたけど、忘れてしまって」
「だからって腰巾着……あははっ、その通りすぎて……」
 あまりに笑うから、サァシャもつられて笑いだした。
「だって、腰巾着以外思い浮かばなくて…ふふっ」
「君、顔に似合わず中々良い性格だな」
 涙目になって笑うジャンはどこか自然体で、今まで感じていた苦手意識は殆ど消えていた。おそらく、今のジャンが本来の性格なのだと思った。
 しばらく笑い転げていたジャンだったが、だいぶ落ち着いたのか深呼吸をするとサァシャを見つめた。
「サァシャ神父、その……今までの事だが」
 そう、口を開いた瞬間、結界に衝撃が走った。
「なっ!?」
 ドォン、と地面が揺れたのではと思う程の衝撃に続いて、結界に亀裂が入った。
「痛っ……」
 結界に使った指先に痛みが走る。
(まずい!!)
 壊れかけた結界を修復しようとサァシャは指を組む。魔力を地面に流し込みながら、周囲を見渡したが、魔獣の気配はない。
 ジャンも警戒するように剣を抜き、周りに目を光らせている。
 魔獣は、あと一匹。ラギが仕留めようと銃を構えているのが見えた。おそらくこちらの異変にはまだ気づいていない。
「何が起きている!?」
 ジャンの戸惑う声に、サァシャは首を振った。何に攻撃されているのか、まったくわからない。 
 流石に張り直しが三回目となると、結界もだいぶ脆くなっていて、サァシャは身体が重い事に気づかないふりをした。
 結界が敗れると、術者は身体にダメージを受ける。修復を重ねれば重ねる程、使用する魔力もダメージも倍増する。
(図書館で借りた結界の魔導書に書いてあったとおりだ……でも、思ってたよりキツイ)
 本で読むのと、実際に体験するのとでは全然違うな、とサァシャは苦笑いした。
「サァシャ神父!?」
 青白い顔でフラつきながら結界を張り直すサァシャに気付き、ジャンが慌てて肩を支えてくれる。
「大丈夫、です」
「全然大丈夫じゃないだろう!?結界はもういいから」
「ダメです……どこから何に攻撃されてるかわからないこの状況で、結界の解除は悪手です」
 はぁ、と深く息を吐くが、胸の苦しさは一向に無くならない。肺に鉛を流し込まれたような重苦しさに、額から汗が流れた。
「しかし!このままだと君の身体がもたない」
「結界を解いた瞬間攻撃されたら……無事じゃないかもしれません」
 結界に受けた衝撃は、相当な物だった。あれを直接受けたらと思うと、ぞっとした。
「あと一撃くらいは防げるはずです」
 安心させようと微笑んでみせたら、ジャンは安心するどころか苦々しい顔で怒鳴った。
「それくらい俺が防いでみせる!!怪我したって俺が報告しなきゃいいだけだろう!!」
 物凄い剣幕で怒鳴るジャンの背後、月の光に重なって何かが鋭い光を放った。
 ジャンもその異様な気配に気づき、手にしていた剣を構える──が、その手は微かに震えていた。
(やっぱり、結界の解除は出来ない)
 宣言通り、あと一撃くらいなら攻撃は防げるはずだ。いや、耐えてみせる。
 近づく魔力の気配に、ジャンは庇うようにサァシャの前に立つ。腰巾着神父のように逃げ出したって、彼なら咎を受ける事はないはずだ。本当は正義感に溢れた優しい人なんだ、と こんな時なのに……こんな時だからこそ関心して──思わず微笑んだ瞬間、結界にこれまで無いほどの衝撃が走り、今度こそ結界が砕けた。

 ポタ、ポタ……と、地面に赤い染みが出来る。
 ぐらり、と傾いた身体を、細い腕が支えてくれる。
「ッ、大丈夫か!?」
 剣を地面に突き刺し、衝撃に耐えたジャンが汚れた顔でサァシャを覗き込む。幸い大きな怪我はないようだが──じゃあ、この赤い染みは何だろうと思い、顔を上げると濡れた感触。それが自分の鼻血だと気づいた。
「あ……」
 結界を破られた反動に身体が悲鳴を上げている。
 最早自力で立っていることも出来ないサァシャは、ジャンに凭れるように地面に崩れ落ちた。
「……ジャン、神父……貴方だけでも、逃げて……」
 サァシャの提案に、ジャンは首を振った。
「置いていける訳ないだろう!!」
 このままでは、またいつ攻撃されるかわからない。サァシャはもう動けないが、ジャンだけなら逃げられる。
 得体の知れない攻撃の目的もわからない今、二人でここに留まるのは危険だ。
 考えなくてはいけないのに、目は霞んで身体に力も入らない。
(流石に、無理しすぎたなぁ)
 もし今ここでサァシャが死ぬような事があれば、ラギも死んでしまう。そんなのは、絶対に駄目だ。
(でも、もう動けないや……)
「……ごめんね、ラギ」
「本当にな」
 ザリ、と地面を踏みつける音と、聞き慣れた声。
「二人とも、良く耐えたな」
 身体を寄せ合うように、地べたに座るサァシャとジャンの前に、ラギが立っていた。
 そのまま、銃を構えて深く息を吸うと月の方──恐らく攻撃が飛んできた方角に三発、銃を撃った。
「一発は当たったか……」
 手応えがあったのか、ラギはそのまま銃をホルスターにしまうと、ぐったりとしているサァシャを抱き上げた。
「ラギ……」
 霞んだ視界で見た金色の瞳は、酷く怒っていて、またラギに迷惑をかけてしまった事に罪悪感が込み上げ──しかし、謝罪の言葉を紡ぐ前に、サァシャの意識は途絶えた。
 
 
 
「いてぇ……」 
 撃たれた衝撃で、木の上から落ちるかと思った。
 止血のために、撃ち抜かれた腕を抑えると、指の間を血が伝う。
「あら、撃たれたの?」
 女は舌舐めずりをして微笑んだ。正直笑い事ではないのだが、心配などする人ではない。
「話には聞いてたけど、あの距離から当てるってやっぱバケモノだな。こっちなんて見えてないクセに」
 焼けるような痛みに深く息を吐いた。気配だけを頼りに撃って来るとは、と思わず関心する。
「はぁ……枢機卿の孫は無傷だし魔獣は全滅だし最悪だ。弱ってるって聞いたのに、養い子の結界は強力だし、何一つ上手くいかない。骨折り損のくたびれもうけってヤツか」
「欲張りすぎ。そもそも、アナタ雑なのよ」
 攻撃に集中し過ぎて目眩しが疎かだった自覚はある。思いの外真っ当な意見にうんざりして天を仰ぐと、女は嫌味な程綺麗な顔で笑った。
「ねぇ、垂れ流すくらいならその血頂戴?傷は治せないけど血は止めれるわよ」
 確かにこのままにしておくのはまずい。ため息を吐いて腕を差し出すと、女は嬉々として傷口に唇を寄せる。
「あの養い子、厄介だなぁ……」
 呟いた声は、降り始めた雨音に溶けて消えた。



 
  
 
 
    
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