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第二章
討伐開始
しおりを挟む首都ラルトスからほど近い街、リトス。
夜も人の往来が多いここは歓楽街で、眠らない街と言われている。
夜に人が多いという事は、自ずと魔獣に狙われるリスクが高く、首都近郊での魔獣被害は顕著だ。
それでも人が集まるのは、自分はきっと大丈夫だという正常性バイアスが働くからなのかもしれない。
「こんなバリケードで魔獣を防げていたら、今頃教会なんて廃れてると思いませんか」
街を取り囲む高い塀を眺めて、アーサーは灰色の瞳を細めた。
「……防げていないから、今でも教会があるんじゃないですか」
ジャンは小さくため息を吐いて答える。どこか呆れた声なのは、サァシャの気のせいではない。
「ふむ。命の危険より、一夜の快楽を求めるのは人の性か生存本能か……まぁ、享楽主義なのは魔族も変わらないですけどねぇ」
「え、何の話してます?」
怪訝な表情で見つめるジャンに、アーサーはのほほんとした笑みを浮かべた。
「ジャン君は人間だけど、性欲は強い方かな?」
「いや、だからなんの話ですか!?」
顔を真っ赤にして肩を怒らせたジャンがなんだかおかしくて、サァシャはつい笑ってしまう。
ジャンが最近魔獣討伐でよく組んでいるアーサー神父は、灰色の目に灰色の髪をした吸血鬼だ。30代くらいに見えるが、ラギ曰く「俺が討伐課に入った時には既にいて、見た目が変わっていない」との事なので実年齢はわからない。長身痩躯で、のほほんとした雰囲気をまとっているかなりマイペースな性格。普段はとても魔獣討伐をしそうには見えない。そして例によって例に漏れず見目が良い。
ジャンは枢機卿の孫という事もあり、一緒に組みたがる人がなかなか居ないのだが、派閥や権力に興味がないアーサーは「反応が面白いから」という理由でジャンを指名している偏物な存在だ。特に気を遣うでもなく特別扱いもしないからか、ジャンはアーサーに懐いているのがわかる。……本人は認めたくないようだが。
そんな二人のやり取りを微笑ましげに眺めていると、急に視界が暗くなった。
「ちゃんとフード被ってろ」
偵察から戻って来たラギが、どうやらサァシャに外套のフードを被せたようだ。視界を確保する為にフードを少しずらしてラギを見つめると、いつも通りの不機嫌そうな表情で煙草を咥えている。
「どうだった?」
サァシャの問いに、ラギは紫煙を細く吐き出すと肩を竦めた。
「日が沈んだばかりだからまだ魔獣の動きは無いな。人払いも無理そうだ」
忌々しげに、大通りを行き交う人を眺めるラギに、アーサーはのほほんとした調子で笑った。
「大丈夫ですよラギ君、どうせ魔獣が出たら蜘蛛の子を散らすように消えますから。まぁ、逃げ遅れるのはいるでしょうけど」
それは大丈夫と言わないのでは、と思ったサァシャとジャンだが、敢えて口にはしなかった。
「それよりも、新人君達が心配ですね」
「すいません、頼りなくて」
サァシャは小さく項垂れた。戦力的に心許ない自覚がある二人は、お荷物にならないよう努力は惜しまないが……なかなか難しい。
ジャンも悔しそうに俯いているが、アーサーの懸念は別のようだった。二人の様子に気付いて、慌てて手を振る。
「あ、いえ戦力的な話ではなくて、見た目の話です」
「どういう事ですか?」
訝しげな顔で問うジャンの頭に、アーサーも外套のフードを被せた。
「魔獣も危険ですが君達可愛いから、その辺にいる輩に襲われないよう注意して下さいね?ここはそういう街なので」
含みを持たせた言い方に、ジャンは至極真面目な顔で反論した。
「サァシャ神父はともかく俺は大丈夫です」
「僕はともかくって何?!言っておくけどジャンは充分可愛いからね!!」
「はぁ?!俺は男だぞ」
「それなら僕だって男だよ」
「はいはい、喧嘩しないで下さい」
きゃんきゃんと言い争いを始めた二人の頭を軽く叩き、アーサーは腰に手を当てた。
「可愛いさに性別は関係ありません。二人とも外套のフードは被っている事、それからなるべく暗がりには行かないように」
確かにアーサーの言う通り、先程から不躾な視線を随所から感じる。物色するような気配を感じラギに身を寄せると、安心させるように肩に手を置かれる。
ラギが口を開こうとすると、サァシャの身体が少し光り、次いで現れた黒く嫋かな肢体が、周囲を威嚇するように低い唸り声を上げた。
途端。
サァシャ達を物色していた気配も、周りを遠巻きに歩いていた通行人も。突如現れた大きな黒豹に恐れ戦き、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
使い魔になったランは普段、サァシャの中にいる。サァシャが願えば実体として外に出てくれるが、無理強いはしたくないので基本的にはランの好きなようにさせている。遊びたければ勝手に出てくるし、疲れたらサァシャの中に戻る。気まぐれだが、討伐の時や主の危険を察知したら必ず、実体化して守ろうとしてくれるのだ。
「ラン!大丈夫だから」
鋭い牙を見せて威嚇していたランだが、サァシャが背中を撫でるとそれまでの獰猛そうな気配は霧散した。実害が無いとわかると、甘えた声でサァシャに顔を擦り寄せる。
「ラギ、何か言いかけた?」
ランの首筋を撫でながら問う。黒豹は勝ち誇った顔でラギを一瞥し、見せつけるように長いしっぽをサァシャに絡ませた。
挑発的なランの態度にラギは舌打ちすると、とても不機嫌そうに「別に」とだけ答えてそっぽを向いてしまったが、肩に置いた手で身体を更に引き寄せられた。
「サァシャ君もなかなか罪な男ですね」
ラギと黒豹に挟まれたサァシャを、面白そうに眺めてアーサーは笑った。
「さて。奇しくも人払いできたし、待つのは面倒なのでこちらから魔獣を呼んでも構いませんか?」
「ああ、その方が早いな」
ラギの同意を得たアーサーは、自身の掌に歯を立てた。吸血鬼特有の鋭い牙が皮膚を裂き鮮血がこぼれると、両手を合わせて歌のような呪文を唱えた。
ふわり、とアーサーの足元が光ると風が舞い、血の匂いが辺りに広がる。
ラギは左耳の抑制具を外すと、ホルスターから銀色に光る銃を取り出し、サァシャ達を振り返った。金色の瞳が月明かりを反射し、神々しい虹彩を放つ。
「いいか、今回は数が多い。サァシャはいつも通り結界を張って、近づいて来た魔獣はジャンが倒す。近接戦闘が厳しそうなら、剣じゃなく銃に切り替えろ。危険だと判断したら二人とも絶対に結界から出るなよ?……お前は二人を守れ」
ラギの指示に、二人は頷く。ランは「いわれなくても」とでも言いたげにツンと顔を背け、見せつけるようにサァシャに擦り寄った。
相変わらず仲が悪い一人と一匹に、サァシャは苦笑いするしかない。
「ラギ」
名前を呼ぶと、ラギはサァシャが届くように身を屈める。そっと手を伸ばして背中を抱き、サァシャはその額に口づけた。
ニルギスにいた頃、ラギが夜出かける時にしていたおまじないは、今は討伐の無事を祈るおまじないになった。
「なるべく怪我、しないでね」
「ああ、お前は絶対怪我するなよ」
意趣返しのつもりか、ニヤリとランに笑うとそのままラギは背を向け、集まり始めた魔獣に銃を構えた。
「ラギ神父って、意外と子供っぽい所あるよな」
「え、そう?」
養父と使い魔の重い愛に気づかないサァシャの鈍感さに、ジャンは小さくため息を吐いた。
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