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第一章
いざ、中央教会へ!②
しおりを挟む扉の前で待機していた年配のシスター·ドロレスが三人を部屋の中へと導いた。
通されたそこは石造りの壁に囲まれた、薄暗い部屋だった。
四方の壁は蝋燭の火が灯され、部屋の中央、石造りの床には、大きな魔法陣のような物が刻まれている。
「皆様、こちらに血を捧げて下さい」
ドロレスが入口の壁に刻まれた魔法陣に手をかざした。途端、壁と床の魔法陣が淡く光りだす。
ラギとリシューはいつの間に取り出したのか、指先をナイフで小さく切り、それぞれ壁の魔法陣に指の血を擦り付けている。
「サァシャ、手を出せ」
おそるおそる差し出したサァシャの手を掴み、ラギは人差し指をそっとナイフで切った。
「……っ」
ぎゅっと目を瞑って、チクリとした痛みに耐える。ラギは掴んだままのサァシャの手を壁の魔法陣へ導き、人差し指の血を塗りつけた。
「……なんで皆平気そうにしてるの?」
必要とはいえ自分を切りつける(と言ってもごくごく僅かな傷だが)事になんの抵抗もない二人を恨みがましい目でみる。
「なんでって……何回もやれば流石に慣れる」
「魔術って何かと血使うから、神父って結構貧血気味な奴多いよ」
リシューの表情が胡散臭い為、真偽は不明だがラギが否定しないあたり、嘘とも言いきれない。
(どうしよう、慣れる気がしない)
眉を寄せたサァシャだが、掴まれたままの手を引き寄せられ──微かに血が滲む指先を、ラギが口に含んだ。
「ふぁっ」
ちゅ、と指先を舌で舐められ、思わず高い声が出て慌てて口を抑えた。そんなサァシャとは裏腹に、ラギはニヤリと笑った。
「ご馳走様」
「え、俺の血も欲しい?」
ずい、とリシューが自分の手をラギの口元に運ぶが、心底嫌そうな顔で思いっきり手を叩かれていた。
「いらん、腹壊す」
「酷くないか、さすがに」
ぶつぶつ文句を垂れるリシューだが、顔はニヤニヤしている。
自分の血は止まったが、二人の指先はまだ少しだけ血が出ていて──ふと、サァシャは思った。
「二人とも、今切った方の手を貸して」
「え、サァシャ君が舐めてくれるの?」
「失せろ、サァシャに二度と近づくな」
ラギはサァシャを腕の中に囲い、リシューを追い払うように手を振った。
「お前は勝手にちゅうちゅうした癖に。なんで今だけ保護者面するかな」
「……えっと、手だして……そう、そのままで」
敢えてリシューの言葉は聞かなかった事にして、サァシャは差し出された手の、小さな傷に指先を這わせた。
目を閉じて、傷が治るように魔力を注ぐ。触れた指先がじんわりと温かくなる。
「え、うそ」
「……」
目を開くと、リシューが驚いた顔をしていた。
二人の指先の傷は綺麗に消えていて、小さな傷とはいえ、治癒が上手くできた事にホッとした。
「治って良かった」
今まで魔力が使えなかった為、上手くできるか不安だったが、どうやらちゃんと治癒術が使えそうだ。
褒めて貰えるかな、とラギをチラリと見ると──何やら怒った顔をしていて、予想外の反応にサァシャは戸惑った。
「サァシャ」
「はい」
ラギの声が、少し低い。何かまずかったかと、サァシャはビクリと肩を跳ねさせた。
「今後、人前でソレはやるな」
「え……」
戸惑うサァシャを他所に、ラギは眉間の皺を深くした。チラリとリシューを窺い見れば、ラギに同意なのか微妙な表情で頷いている。
「返事は?」
「……はい」
しゅん、と見るからに項垂れたサァシャを気の毒に思ったのか、リシューが肩を軽く叩いた。
「俺もラギに同意だな。治癒術を使えるってかなり貴重なんだよ。俺も久しぶりに会ったくらいだ……その力を欲する奴はごまんといるし、その力を知られたらサァシャ君に危険が及ぶ可能性が高い──世の中善人ばかりじゃないから。だから、ラギは君を守るために言ってる、という事を理解してあげて」
ふいっと顔を逸らしたラギを指さし、コイツは言葉足らずだから、と苦笑いしたリシューにサァシャは頷いた。
本当にその通りなので、ラギはもう少しわかるように話すと言うことを覚えて欲しい。
「まぁ、俺は治して貰えて嬉しいけどね。痛いの嫌いだし、ありがとう」
励ますようなリシューの態度に、良い人なんだな、とサァシャは思った。
「……皆様、ご準備はよろしいでしょうか」
それまで無言を貫いていたドロレスが、軽く咳払いをしたので、三人は急いで中央の魔法陣の中へと入った。
「すみませんお待たせしてしまって」
リシューが頭を下げると、ドロレスは苦笑いして首を振った。
「構いません……それから、今見た事は私の胸の内に留めておきます」
片目を瞑って見せたドロレスに、サァシャは微笑んで頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いえ、こんな可愛らしい子が辛い目に合うのが嫌なだけです。治癒の力を求めて争いが起きるのを何度もこの目で見てきましたので。その力は祝福でもあり、呪いでもある……と言うことだけは覚えていて下さいね」
サァシャに微笑み返したドロレスの忠告を胸に刻み、サァシャは頷いた。
「それでは、装置を作動させます」
再び壁際の魔法陣に手を翳し、ドロレスが歌のような──おそらく呪文だろう──綺麗な声で囁いた。
途端、サァシャ達がいる魔法陣が刻まれた床も光りだし、眩しさに思わず目を瞑る。
「俺から離れるなよ。万が一魔法陣から外れたら腕なんて簡単に吹っ飛ぶからな」
「ええっ!?」
慌ててラギにしがみつくと、微かに笑ったラギの手がサァシャの肩を抱いた。
「俺もラギに掴まっていい?」
「失せろ」
リシューのふざけた声に、心底嫌そうなラギの声がなんだかおかしくて、サァシャは笑い声を上げた。
「それでは皆様、行ってらっしゃいませ」
一際強く魔法陣が光り、ドロレスの声だけが耳に残った。
身体が浮いたような、それでいて急激に落下しているような奇妙な感覚がした、と思った瞬間、今度はとてつもなく身体が重く感じた。
「着いたぞ」
ラギの声に恐る恐る目を開けると──先程までとは違う、真っ白な部屋の中に三人は立っていた。
「ここは……うっ」
部屋の中を見渡そうとしたが、急激な気持ち悪さに襲われ、サァシャはよろめいた。すぐにラギの手がサァシャの身体を支えて、そのまま抱き上げられる。
「気持ち悪い……」
脳みそをぐちゃぐちゃに掻き回されているような奇妙な気持ち悪さに呻いていると、リシューが苦笑いした。
「転移装置って慣れるまでは気持ち悪くなるからなぁ。俺も最初の頃はよく吐いたわ」
遠い目をしたリシューだが、今は平気そうだ。自分を抱きかかえるラギを見上げると、彼も何ともないようだ。便利ではあるが、サァシャは出来ればあまり使いたくない、と思った。
気持ち悪さをやり過ごそうと、腕の中のクマのぬいぐるみに顔を埋めていると、部屋のドアが開いた音がした。
「思ったよりも早かったですね」
ひんやりとした、静かな声がした。
視線を向けると、髪も肌も何もかもが白い男が、部屋の入口に立っていた。唯一色素を感じるアイスブルーの瞳が酷薄そうな印象を与える。真っ黒な神父服と男の白さのコントラストが、より一層人間離れした雰囲気を醸し出していて、若いのか老けているのかもわからない、非常に奇妙な男だった。
「ユキオ、ただいまー。ちゃんとラギとその養い子君連れて来たぜ」
リシューが片手を挙げて合図すると、ユキオと呼ばれた男が片眉を上げた。
「誰がユキオですか。いい加減そのあだ名をやめて頂きたいものですね……と、それより」
リシューの軽口を流し、白い男はラギとサァシャを見つめると、会釈した。
「お久しぶりですラギ神父。それからはじめまして。私は転移装置の管理をしてるブランと申します──そこのアホが勝手に呼ぶあだ名の通り、雪男です」
表情こそ動かないが、冷たい瞳とは裏腹に声や仕草が丁寧で、好感が持てる人だとサァシャは思う。
「はじめましてサァシャです……こんな所から挨拶してすみません」
ラギの腕の中で申し訳なさそうにしていると、ブランの目元が微かに和らいだ、気がした。
「構いませんよ。初めての転移は皆さん大体気持ち悪くなりますから楽にしていて下さい」
それからブランはラギを見つめ、首を傾げた。
「数年振りとはいえ、雰囲気がだいぶ変わりましたねラギ神父」
珍しいものでも見るような視線に、ラギは盛大に顔を顰めた。
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