売名恋愛(別ver)

江上蒼羽

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一夜明けて

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ビジネスデートから一夜明け、布団の中で涎を垂らして爆睡中……

けたたましい、且つ、しつこい着信音によって眠りを妨害された。


「……ふぁい、もしもしぃ~?」


くっついたまま開かない瞼をそのままに電話に出ると、着信の主であるマネージャーの川瀬さんが早口で捲し立てるように言う。


『あんた、まだ寝てたの?!早く起きなさい!』

「………は?何故にですか?」


今日は弁当屋のバイトは休み。

というか、人生初のデートで気疲れする事を考慮して事前に休暇を貰ってある。

だからいつまで寝てようが私の勝手。

ましてや、芸人としての仕事は果てしなく白紙で未定な訳だし。

早く起こされる意味が分からない。


『いいから、早くテレビつけなさい!凄い事になってんのよ!!』

「は?はぁ……」


川瀬さんが言う凄い事にピンと来ないものの、渋々布団から手を伸ばし、リモコンを掴む。


「よっ………ん?」


電源を押したつもりが、画面は黒いまま。

おかしいな……と思い、確認すれば、手にしていたのは別のリモコンで。


「……っと、これ、エアコンのリモコンだった…」

『んなつまらないボケかましてないでいいから、さっさとつけなさい!チャンネルはテキトーでいいから』


川瀬さんの怒りのキンキン声に顔を顰めながら、電源をポチリ。

時間帯的にどの局も朝の情報番組を放映している筈なのだけれど……

画面が明るくなって一番に飛び込んできたのは“熱愛?!”の文字。


「えっ……」


脳内フリーズ現象が起きた。


『いやー、まさか、まさかの組み合わせですよ!驚きです!』


テレビの中で芸能レポーターが声を大にして大袈裟な手振りで騒いでいる。

そして、その背後に飾られているスポーツ誌には、手を繋いで歩く見覚えのある一組の男女の写真がデカデカと掲載されていた。


「わ、私じゃないですかーっ!!」


携帯を耳に当てたまま大絶叫。

超マッハスピードで布団から飛び起きた。


『記事を一部抜粋して読んでみます。えー……昨日、某遊園地にて、お笑いコンビ、まんぼうライダーのボケ担当、森川 素良(28)が堂々の手繋ぎデートをしているのが目撃された。お相手は同い年の若手俳優………』


赤いサイドラインが引かれた記事を読み上げるレポーターを信じられない気持ちで見ている私。

脚が棒になったみたく、硬直していて動かない。

今日に限ってろくな芸能ニュースがなかったらしい。

何故、私なんぞの記事がこんなに大々的に取り上げられているか、非常に謎。


『ツッコミ担当の間宮活躍の裏で、イケメン俳優とひっそりと愛を育み始めていた森川、今後の二人に注目………とあります。いやー…分からないものですね。イケメン俳優がよりによって女芸人を選ぶとは……』


記事を読み上げ、自分なりの感想を語るレポーター。

何となく女芸人という立場の私を侮辱しているような気がする。

ムカついてチャンネルを替えてみると、また熱愛の文字。

いくつかのチャンネルを切り替え、状況を確認した上でもまだ実感は沸かず、別の人の話なんじゃ……と、変に勘ぐってしまう。


「……信じられない」


実はまだ夢の中なのかもしれない……等と呆けていると、通話中の相手から叱咤が入る。


『状況分かった?!分かったら早く支度して事務所に来なさい!』

「え………事務所にですか?」


急な呼び出しに戸惑っていると、川瀬さんが『いや、待った』と制止をかける。


『報道陣が張ってるかもしれないから、関根に迎えに行かせるわ。すぐ出れるよう準備だけしておいて』


関根というのは、同じ事務所に所属する後輩タレントのマネージャー。

腰の低さはピカイチながら、見た目の厳つさは天下一。

泣く子も黙る極悪面故に、マネジメントだけでなく、タレントのボディーガードも兼任している。


『くれぐれも目立つ格好をしない事!分かったわね?!』

「は、はいぃ……」


ピリピリモードの川瀬さんに呼び出される詳しい事情を聞けないまま、通話が強制終了。

回路が繋がるのに暫しの時間を要し、携帯片手に数分棒立ち。

テレビの画面が芸能ニュースからCMへと切り替わったと同時に、ハッと我に返る。


「ぎゃー!関根さんが来ちゃう!急げ、急げー!」


大慌てで支度に取り掛かった。





川瀬さんの予想通り、アパート前にはカメラを持った報道陣が待ち構えていた………のだけれども…

その数、僅か数人。

その上、スッピンにボサボサ頭の私に誰一人と気付く事もなく、川瀬さんの心配は杞憂に終わった。


「森川は人気ないなー……相手の俳優の所には報道陣詰め掛けて大変だってのに…」

「…………」


ハンドルを握る関根さんの何気ない一言が胸にドスドス突き刺さる。


「これが売れっ子の間宮の方だったら、また対応も違うんだろうけど」

「…………そうでしょうね」


テレビでは私の名前がメインで伝えられていたのに、実際の報道陣の興味は忍足さんへと向けられているようだ。

私には誰もさほど興味を抱いていないらしい。

この差は何なんだ?

悔しさが込み上げ、敗北感に打ちひしがれる。





厳戒態勢も虚しく、すんなり事務所に到着。

狭い事務所の中では、川瀬さんを始めとする事務スタッフ達が慌ただしく電話対応に追われていた。


「お電話ありがとうございますーー…」

「はい、その件につきましてはーー…」

「大変申し訳ございません……プライベートは本人に任せておりますのでーー…」

「こちらからお答えする事は何もございません…」


受話器を置いた傍から、またすぐに電話が鳴るという異様な光景を前に、私の口はあんぐり。


「凄いでしょ?朝からひっきりなしでこの状態……普段から着信は多い方だけど、これは異常だよ」


そう語る関根さんに私は「はぁ…」としか言えない。
忙しさから眉間の皺を濃くさせる川瀬さんに話し掛けるタイミングを掴めずに、その場に呆然と立ち尽くすのみ。


「ふぅ……」


通話を終えて受話器を置いた川瀬さんが大きな溜め息を吐いた。

それからすぐに、部屋の隅でポツンと立っている私に気付いて駆け寄ってくる。


「森川~!もう、ど偉い騒ぎよ!どうしてくれんのよ~」


そう言いながらも、決して怒っている風ではなく、寧ろ満面の笑み。


「予想外に大きく取り上げられちゃったわね。ビックリ!」


興奮からか、川瀬さんはやや乱暴に私の背中を叩く。


「そ、そうですね……私自身、まだ信じられない気持ちでいっぱいです…」

「問い合わせは勿論、ワイドショーや週刊誌から独占インタビューさせろって電話が後を絶たないの」

「うわぁ……」


と、この状況を見てもどこかまだ他人事の自分がいる。

とてもじゃないけれど信じられなくて。


「ここじゃなんだから……奥で話しましょ。関根、電話対応頼むわね」

「ウィ~ッス」


川瀬さんに奥の部屋へと押し込まれ、椅子に座るよう促された。


「なんか、すみません……思っていたより記事が大きく出ちゃって…」


当初、スポーツ誌の端っこに小さ~く載る程度だろう……との予想だった。

芸能ニュースでも軽~く扱われるだろうと思っていたのに。

まさか、私程度の芸人の記事がメインニュースとして紹介されるとは……


「女芸人と俳優……あまり例を見ない組み合わせだから目立つし、話題にもなるのよ」

「……事務所の皆さんにも申し訳ないです。本当にすみません…」

「いーのよ、いーのよ。こういう計画なんだから。上手くいって良かったわ~もう、嬉しい悲鳴しか出てこないわ」


テーブルの上には沢山のスポーツ紙が山積まれていて、一番上の新聞の見出しには“熱愛”の文字が踊っている。


「よーく見てみなさい、殆どあんた達が一面飾ってるわよ」

「ほ、本当ですか?」


恐る恐る一部、手にしてみる。



【熱愛撮った!崖っぷち女芸人、奇跡の恋!!
秋晴れの空の下、白昼堂々デートを楽しむ、芸能人カップルが居た。
お笑いコンビ、まんぼうライダーのボケを担当する森川 素良(もりかわ そら)〈28歳〉。
お相手は、俳優忍足 慧史(おしだり けいし)〈28歳〉だ。
二人は、仲睦まじそうに手を繋ぎ街中を闊歩した後、カフェデート、遊園地デートを楽しんでいた。
人目を憚らず堂々とした様に多くの人が驚き、SNS等に目撃情報が相次いで寄せられた。
まんぼうライダー森川といえば、かつて勘違い女のネタで一世を風靡したが、次第に人気は低迷。
現在は、相方間宮のピンでの活動が目立ち、コンビでの活動はほぼ休止状態となっている。
そんな崖っぷち芸人森川のお相手である忍足はというと、知名度はまだまだ低いながらも地道に活動を続け、現在はドラマだけでなく舞台からミュージカルまで幅広くこなす若手イケメン俳優だ。
何ともお似合いとは言い難い組み合わせだが、 落ち目の女芸人とイケメン俳優という異色の組み合わせ……
今後の二人の動向から目が離せない。】



記事を読み終えての感想は……


「………この崖っぷちって、酷くないですか?」


崖っぷち、落ち目……等と、所々悪意を感じる記事にムッとしていると、川瀬さんは「強ち間違いじゃないでしょ?」と笑う。

その返事に対して落ち込みながらも、忍足さんの事は印象良く書いてあるのが腹立たしく思える。

私の事はケチョンケチョンなのに…

記事に添えられた写真は手を繋いで歩く後ろ姿。

こうして客観的に自分の後ろ姿を見て思う。

私って、姿勢が悪いな………と。

猫背気味のガニ股で、後ろ姿が完全にブス。

……いや、正面から見ても大してかわいい訳ではないのだけれど。


「もう少し良い写真なかったんですかね……よりによってこんな…」

「あら、あんた、いつもこんな感じよ?」

「え………気を付けよ…」


川瀬さんの言う通り、アイドルの一日警察署長の記事を一面に置いていたのは2社だけで、大半が私と忍足さんの記事を大きく報じていた。

計画通り………いや、計画以上に事が運び、思わずニヤリ。


「で、早速なんだけど……」


川瀬さんの表情がビジネス仕様に切り替わった。


「報道の効果があって、仕事のオファーがいくつか来た訳よ」

「ほ、本当ですかっ?!」


嬉しさのあまり、興奮で姿勢が前のめる。


「ちょっと………興奮する気持ちは分かるけど、唾飛ばさないでくれる?」

「あぎゃ………すみません…」


嫌そうに顔を歪めながら、袖口で頬を拭う川瀬さん。

風船の空気が抜けるみたく、私の勢いは萎む。


「取り敢えず今来てるのは、バラエティー2本にラジオ、今週末の情報番組へのゲスト出演……それからーーー…」

「はい、全部受けます!やらせて下さい!!」


川瀬さんが言い終わるのが待てず、食い気味に挙手。

川瀬さんは向かい側の椅子の背凭れに体を預け、決して長くはない脚を組んだ。


「やる気があるのは結構だけど、いいの?アルバイトの方は?」

「う………」


本音を言えば大丈夫ではない。

つい先日、ベテランパートのおばちゃんが辞めていって、店長から私が次のパートリーダーに……と任命されていた。

勤続年数が長いのと面目な働きっぷりを評価してくれ、大幅な昇給も約束してくれた。

遣り甲斐を感じ始めているし、寧ろ芸人より向いてるかな?なんて思っていたりする弁当屋のバイト。

正直、このまま責任逃れするのは忍びないし、したくもないのだけれど……

今後芸能活動が忙しくなるのならば、バイトとの両立は厳しい。

二兎を追う者、一兎も得ずと言うし。

だったら、どうするか?

答えは簡単


「だ、大丈夫です。こちらの仕事を優先します。それから、バイトの方は今月いっぱいで退職しようと思います」


そう答えたのは、目の前にあるいつもの食べ慣れたエサより、ちょっと頑張れば手の届く高価なエサの方に魅力を感じたから。


「受けられるものは全部受けます。何なら週刊誌のインタビューにも答えます」


今までの分を取り戻したい、相方間宮との格差を埋めたい……そんな思いでいっぱいだった。


「そう、分かったわ。スケジュールを調整しながら、入れられる仕事は片っ端から入れていくから」


B5サイズの手帳を捲りながら言った川瀬さんに「お願いします」と頭を下げ、ヤル気のボルテージを上げていく。


「今日の午後からある新商品のPRイベントに間宮が出る予定なんだけど、主催者側からコンビで出ないか?って申し出があったの。これ、どうする?」

「はい、是非っ!」


今までは充電期間。

これから訪れるであろう、私の人生第2章への伏線。

この売名計画を利用して上を目指すと言った忍足さんに負けていられない。

相方間宮とまた肩を並べられる事への喜びを胸に、再び掴んだ栄光へと続くドアの前に立つ。

一度は落ちた地の底。

私はもうそこへは二度と引き返すつもりはない。
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