売名恋愛(別ver)

江上蒼羽

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復帰第一段の仕事

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川瀬さんとの打ち合わせが終わる頃、部屋のドアがノックされた。


「はい、どうぞー」

「おっはようございまーす!」


元気な挨拶をしながら入ってきたのは、相方の間宮。

間宮は私を見るなり「森川~!」と駆け寄って来る。


「ニュース見た見た!すっごい事になってるじゃ~ん!オメデトー!!」


今日も溌剌としていて、笑顔が愛らしい彼女は我が事のように私の報道を喜んでいる。


「てか、いつから?いつから?もう!言ってくれれば良かったのに~!」


バシバシ肩をどつかれ、痛い。


「もう!何で黙ってたの?相方の私には教えてくれても良かったんじゃない?」

「あ、えっと………ごめん」

「ごめんじゃないし」


それからすぐに私の方へ顔を近付け、パッといつもの可愛いらしい笑顔を作る。


「でも良かったね、森川。それにまた森川とコンビで仕事出来て嬉しいよ。頑張ろう!」

「間宮……」


差し出された小さな手を取り、強く握る。


「ありがとう、間宮……」


コンビの絆を確認し合っている中、川瀬さんの咳払いが水を挿す。


「美しいコンビ愛に浸っている中悪いんだけど、これからについて打ち合わせさせてくれる?」


すかさず間宮の手を離した。


「まずは森川」

「は、はい」


川瀬さんから名を呼ばれた私は肩をビクリと震わせた。


「熱愛について聞かれたら何がなんでも惚けなさい」

「え……あ、はい」


記者や司会者から熱愛騒動への質問を受けたら、笑って誤魔化す事。

お友達という言葉で逃げ、それを押し通す事。

遣り過ごせないと見込んだら、事務所を通すよう、やんわり且つ、強気に出る事。

以上が川瀬マネージャーから命じられた指令。


「それから、間宮」

「はい」


間宮の表情が引き締まる。


「森川のフォローをしっかり頼むわね」

「分かりました」

「それじゃ、向かいましょうか」


イベント会場に移動する際に間宮の目を盗んで川瀬さんが私に耳打ちする。


「売名の為のヤラセの交際である事が世間に知られてはいけないんだからね。あんたは馬鹿みたく正直者だから、ついポロッと……が心配なのよ。気を付けなさい」

「うっ………はい…」

「それと、与えられた復活の機会を最大限に活かしなさい」

「も、勿論です」


厳しい口調でのアドバイスを頂戴し、これからの活動に向けて気を引き締めた。




復活第一弾の仕事は、新発売のノンシリコンシャンプーをPRするイベント。

会場へ向かう車中で川瀬さんと間宮から具体的な流れを教わり、それを頭に叩き込んだ。

会場が近付くにつれ、緊張が急速に高まっていく。

長い間人前に出る仕事から遠ざかっていたから余計に。

まともに声を出せるだろうか?表情豊かに、商品のPRが出来るだろうか?等と次から次へと不安の波が押し寄せてくる。

そんな中、バッグに忍ばせていた携帯が“プォン”と、短い音を奏でた。

携帯を拾い上げると、画面にメッセージが表示されてた。




慧史
【お疲れ様です。
ニュースご覧になりましたか?】




忍足さんからのLINE。

すぐにもう1件メッセージが届く。




慧史
【想像以上に大きく報道され、驚いています。
反響も凄くて……
嬉しいけど、対応が追い付きません(苦笑)】




関根さん曰く、忍足さんの方には報道陣が殺到しているとの事。

きっと、私よりも大変な状況に置かれているのだろう。

どういう文面にしようか悩みに悩みながら、一文字ずつ慎重に文字を打ち込んでいく。




ソラ
【お疲れ様です
私もマネージャーさんから連絡もらってニュース観たんですけど、ビックリしました!
ここまで大きく取り沙汰されるなんて~(/▽\)】

慧史
【びっくりですよね。
でも、大きな第一歩です。】

ソラ
【はい、この一歩が実りある収穫になるよう頑張ろうと思います(^_^ゞ
聞いた話では、忍足さんの方はかなり大変な事になっているとか…】

慧史
【自宅と事務所前に凄い数の報道陣が集まってて……
今日はオフだったんですけど、家から一歩も出るなって事務所から言われてしまいました(笑)
缶詰め状態です。】

ソラ
【そうなんですか?うわぁ~(^_^;)
ゆっくり過ごして下さい
それはそうと早速売名の効果がありました♪
これから久し振りのお仕事です】

慧史
【やりましたね。
緊張してませんか?
ヘマしないよう、肩の力を抜いて頑張って下さい】





ヘマしないようには余計なお世話だ。

とはいえ、忍足さんといくつかLINEのやり取りをする内に、緊張が少しずつ解れてきた。

完全とはいかないけれど、少なくとも煽っていた心臓が正常に近付きつつある。




会場入りして直ぐに、主催者とイベント司会者に其々挨拶をする。


「本日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


頭を深々と下げる私と間宮。

主催者側のお偉方らしき中年男性が嬉しそうに目を細める。


「申し訳ないですね、急にコンビで……と我が儘を申しまして…」

「いえ、とんでもございません!」


確かに急ではあったけれど、私としては仕事が貰えてありがたい。

男性が私に向かって意味ありげに微笑む。


「新聞を拝見したのですが……大変ですねぇ、森川さん」

「え……あ、はいぃ…」


必死に作り笑いをする私に、彼は「で、報道の真相は?」と、野暮な質問を浴びせてくる。


「え………っと…」


来るだろうな……と前以て覚悟はしていたのに、いざ、その時がやってきた途端言葉が出てこない。

何度も頭の中で「彼とはお友達です」「その質問にはお答え出来ません」等とシミュレートした筈なのに。

咄嗟の機転が利かない、対応出来ない自分が腹立たしい。

おどおどする私を見かねてか、すかさず川瀬さんがフォローに入る。


「大変申し訳ございませんが、その件についての詳細はお答えしかねます」

「ははは……そうですか…そりゃ残念…」


川瀬さんのお陰で命拾いし、ホッと胸を撫で下ろしていると、背中をどつかれた。

振り向けば、ほんの今まで営業スマイルだった川瀬さんの鬼の形相が……

何やってんの?!しっかりやんなさいよ!……と言いたげに、私を睨んでいた。



イベント関係者達に挨拶が済むと、控え室に通された。

スタイリストさんが用意してくれた衣装に袖を通し、メイクさんから舞台映えするよう、いつもより濃いめのメイクを施される。

その後、最終的な打ち合わせをし、入念に段取りを確認。

イベントが始まったら、司会者の紹介で入場し、商品開発者の説明に相槌を打ちながら、とにかく新商品の使用感、良さをアピールすれば良いだけの事。

新人でも出来る簡単な仕事。

勿論、PRする以上、商品についても熟知していないといけない。

使用感に関しては、本当に使用した間宮に任せることにして、私はシャンプーの成分やボトルの外見等について話題を広げる事に専念しようと思う。



ーー大丈夫、私にも出来る………いや、私なら出来る。


成分表を眺めながら、己に暗示を掛ける。

仕舞いには、突如「あ、え、い、う、え、お、あ、お……」と、発声練習をし始めたりして…


「も、森川……気合い入ってんね~…」


苦笑う間宮に構わず、声出しを続ける。


「森川、大丈夫。トークが滑っても空回りしても私が全力でフォローするから。森川の復活第一弾の仕事……肩の力を抜いて、ノビノビやろう!」

「間宮…」


忍足さんに励まされ、相方にも元気づけられ……


「そうよ、森川、与えられた機会をしっかり活かしなさい」


マネージャーの川瀬さんからプレッシャーを与えられ……

肩の力を抜いていいのか、緊張するべきなのか分からず、軽く混乱する。

取り敢えず、今の私に出来る事といえば、ゆっくり深呼吸する事。


「まんぼうライダーさん、スタンバイお願いします」


裏方とおぼしき女性の声に導かれ、会場の袖に立った。

スタッフさん達が慌ただしく動き回る最中、静かに瞼を下ろし、いつもの呪文を繰り返す。


「………大丈夫、私なら出来る…」

「……森川?」


うっかり漏れ出た呟きに対して、不思議そうに声を挙げる間宮に構わず、暗示掛けを続ける。


「出来る、やり遂げる……」


会場の方から拍手が聞こえてくる。


「行くよ、森川」


いつものお馬鹿っぽい喋りとは違う、ピンと張りつめた間宮の声。

緊張を窺わせるその声に合わせて、瞼を持ち上げた。


「………うん、行こう」


会場内のざわつく声に、大勢の来場者の存在を感じ取った。

思わず、ゴクッ……と、喉が鳴る。

薄暗い袖口に僅かに射し込む会場の明かりが眩しく感じる。

袖口で眩しく感じるなら、きっと会場はもっと眩しく、光輝いている筈。

目を開けている事も叶わないくらい。


「しっかりね」


川瀬さんの言葉を背中で受けながら、先導する間宮の後に続く。

一歩一歩がやたらと重く感じるけれど、ひたすら前へと足を出す。

引き返さないと決めた以上、前を進む事だけに意識を集中させながら。


……いざ行かん、久方振りのスポットライトの下へ……なんつって。



頭の中で流れる物々しいBGMと共に入場した私を迎えたのは、大きな拍手と、眩いフラッシュの光。


「うわ、眩し……」


素人臭く目を細める私とは違い、平然と笑顔を作る間宮。

彼女は、私が落ちぶれている間に、芸人として大きな飛躍を見せた。

芸人としては勿論の事、ドラマやコメンテーター、声優等々……

お笑い芸人という型に填まらず、マルチな活動展開を見せる彼女は、私とは別世界の住人のように思える。

貫禄を感じると同時に、私との格の違いを見せ付けられ、これが経験の違いか………と、大きく落ち込んだ。

煌々と降り注ぐ会場の照明、カメラのフラッシュの光は、私にとってかなり刺激的だ。

芸能界を干されて、長い間世間から隠れてモグラのような生活をしていた私には特にそう思える。

けれども、キラキラしていて華やかな、ずっと夢に見ていた場所。

その中心に立つ自分、注目を一身に浴びる自分がとてもじゃないけれど、信じられなくて。

うっとりと酔いしれる私を間宮が肘で小突いてくる。

それに自分の役割を思い出し、ふやけかかった表情を引き締めた。


「どーもー、まんぼうライダーでーす」

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