17 / 46
意外な素顔
しおりを挟むお酒に弱いとか言っていたから何度か止めたけれど、彼はそれを無視してアルコールを流し込んでいた。
そうなると結果的に……
「お、忍足さん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」
本人は大丈夫だと言うけれど、見事な千鳥足を見ている側からすれば全然大丈夫そうには見えない。
「凄いフラついてて危なっかしいです」
「大丈夫ですから。お気遣いなく」
忍足さんとしては真っ直ぐ歩いているつもりなのだろうが、店を後にしてからずっと足元が覚束ない。
大丈夫と繰り返す彼に私はヤキモキするだけで、手出し出来ずにいる。
「タクシー手配しますか?」
「いえ、マネージャーが迎えに来てくれる事になってます」
フラフラ歩く忍足さんの行く先に蓋のない側溝を見付けて、慌てて駆け寄る。
「そっちに行ったら危ないです」
「………すみません。流石に飲み過ぎました」
「そう思います」
下手すると忍足さんの方が私より飲んだ量が多い。
途中何度かたしなめたけれど、何の効果は得られなかった。
「肩貸します。掴まって下さい」
一人で歩けそうにない忍足さんを見かねて、彼の腕を取り、自らの肩に回す。
「ちょっ……森川さん?!」
「もう見てらんないです。保科さんが到着するまでどこかで休んでましょう」
「大丈夫ですから」
「大丈夫じゃないです。転んで顔に大きな傷を付けたら俳優生命終わりですよ?」
忍足さんにやや強めの口調で言うと、彼は素直に私に体を預ける。
途端に右肩にズシッと負荷が掛かった。
「っ、」
膝が折れそうになったのを堪え、全身に力を入れた。
「無理しないで下さい。俺の事は気にせず、その辺に転がしといてくれて構いません」
申し訳なさそうに言う忍足さんに構わず、ゆっくりと歩を進める。
「こっちはそういう訳にはいかないんです。後からあの時放っておかれた所為で風邪引いただの、変な輩に絡まれて怪我しただの恨まれたら堪ったもんじゃないですから」
「………森川さん…」
忍足さんに拒否権を与えずに前に進む私に、彼は微かな声量で「ありがとう…」と呟いた。
それを聞いて俄然張り切る単純な私。
歩きながら、こんな風に異性と密着するの初めてな事に気が付いた。
いや、正確に言えば、バラエティーのネタで先輩芸人にくっついてみたり、番宣に来たイケメン俳優に抱き付いたりした事は過去に何度かあったにはあったけれど、仕事以外の場面でこんな風に耳の傍で息遣いを感じられる位まで距離を縮めた事なんかない。
だからといってドキドキしていられる余裕もなさそうだ。
「忍足さん……良い匂いしますね。これがイケメン臭なんですね」
「……何を言ってるんだか…アルコールの匂いでしょ?」
私のお馬鹿な発言に苦笑いの忍足さんを引き摺りながら、 どこか座れそうな所はないかと辺りを見回す。
が、ベンチ一つ見当たらない。
寒い日だというのに汗が薄く滲み、息が切れる。
「こんな事なら店を出なければ良かった」
「………すみません」
「あ、いや……そういうつもりで言った訳じゃなくてですね……っと、あそこにハザード出して停まっている車が居る。もしかして保科さんですか?」
数メートル先の路肩にハザードランプを点滅させている黒いワンボックスカーを発見した。
「……そうです。保科マネージャーの車です」
忍足さんが確認したのと同時に、車の方から男性がこちらに駆け寄って来る。
「慧史!」
息を切らせながら駆け付けた保科さんの姿を見てホッとしたのか、膝がガクッと折れる。
「おっと……大丈夫ですか?」
「は、はい……何とか」
保科さんは、私の体を支えた後、忍足さんをそっと引き離した。
「ウチの慧史がご迷惑をお掛けしまして申し訳ありません。重かったでしょう?」
「多少は……でも大丈夫です。逆に軽々支えられたら、女としてちょっとショックです」
もし、忍足さんの方が細くて軽かったら、女としてのプライドにヒビが入る。
「慧史、ハメを外し過ぎだ。自分にとっての適量を弁えておくのが社会人だろ」
「…………すみません」
保科マネージャーに叱られた忍足さんは、重そうに頭を垂れる。
忍足さんでもあんな風に怒られるんだ……と不謹慎にも新鮮味を感じていると、保科さんが今度は私に向かって言う。
「森川さん、良かったら送って行きますよ。乗って下さい」
一瞬ポカンとしたものの、すぐに答える。
「じゃあ……お願いしま~す」
タクシーを手配する手間が省けてラッキー!なんて思いながら、チャッカリ図々しく保科さんの車に乗り込んだ。
忍足さんと共に真ん中の座席に腰を据え、シートベルトをカチャリ。
車が緩やかに動き出した。
流れる景色をボンヤリ眺めている横で、力尽きたらしい忍足さんが眠りの世界へと旅立った。
それをルームミラーで確認したらしい保科さんが口を開く。
「今日はご迷惑をお掛けしまして本当に申し訳ありませんでした」
「あ、いえ。迷惑だなんてこれっぽっちも…」
咄嗟に否定するも、正直な所ちょっと大変だった。
忍足さん、細いようで意外と重いし。
「珍しい……慧史はプライドが高いので人前でこんな醜態を晒す事を嫌うんですよ。特に女性の前だと余計に」
「そうなんですか?」
「えぇ。そんな慧史がこんな風に酔い潰れるとは……余程嬉しかったんでしょうね、売名が成功して」
保科さんは、笑いを堪えながら言う。
「実の所、仕事が入り過ぎて、スケジュールパンパンなんですよね。慧史がハメを外したくなる気持ちは分かります。さぞかし酒も旨かっただろう」
「浴びるように飲んでましたよ」
「それはそれは……キツく説教してやらないと」
そう言って保科さんは苦笑するけれど、言葉とは裏腹に優しさが声に含まれている。
きっと彼自身も嬉しいのだろう。
「話は川瀬マネージャーより伺っております。森川さんもかなり忙しいようですね」
「はい、お陰さまで。忍足さんのお陰です。感謝してます」
「ははっ、慧史はまだまだ世間の認知度は低い。今回は森川さんの名を利用させて頂いたようなものですから、お礼を言われる程の事ではありませんよ」
そんな風に言われたら、自惚れてしまうではないか。
照れ臭い気持ちでいる私に保科さんが「道はこっちで合ってますか?」とナビを指示してくる。
「はい、そっちに行って、突き当たったら右でお願いします」
「畏まりました」
隣に座る忍足さんは可愛らしい寝息をたてながら眠っている。
緩く開いた口元が無防備さを醸し出していて微笑ましい。
本人は私なんぞに見られたくはなかっただろうなと思う。
「ありがとうございました」
「いえ。またお願いしますね」
自宅アパートの前に到着し、眠っている忍足さんをそのままに保科さんの車を降りた。
車が走り去るのを見送った私は、大きな溜め息を吐いた。
そして、ちょっとだけ忍足さんの素顔が見られた事に密かに喜びを感じていた。
0
あなたにおすすめの小説
バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~
スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。
何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。
◇◆◇
作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。
DO NOT REPOST.
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
Marry Me?
美凪ましろ
恋愛
――あの日、王子様があたしの目の前に現れた。
仕事が忙しいアパレル店員の彼女と、王子系美青年の恋物語。
不定期更新。たぶん、全年齢でいけるはず。
※ダイレクトな性描写はありませんが、ややそっち系のトークをする場面があります。
※彼の過去だけ、ダークな描写があります。
■画像は、イトノコさまの作品です。
https://www.pixiv.net/artworks/85809405
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜
葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」
そう言ってグッと肩を抱いてくる
「人肌が心地良くてよく眠れた」
いやいや、私は抱き枕ですか!?
近い、とにかく近いんですって!
グイグイ迫ってくる副社長と
仕事一筋の秘書の
恋の攻防戦、スタート!
✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼
里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書
神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長
社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい
ドレスにワインをかけられる。
それに気づいた副社長の翔は
芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。
海外から帰国したばかりの翔は
何をするにもとにかく近い!
仕事一筋の芹奈は
そんな翔に戸惑うばかりで……
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない
朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。
止まっていた時が。
再び、動き出す―――。
*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*
衣川遥稀(いがわ はるき)
好きな人に素直になることができない
松尾聖志(まつお さとし)
イケメンで人気者
*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる