売名恋愛(別ver)

江上蒼羽

文字の大きさ
37 / 46

寿引退案

しおりを挟む



最上さんは「うーん……」と唸った後、そっと箸を置いた。


「真面目な話………良いと思いますよ」

「え……」


思いがけない最上さんの言葉に耳を疑う。


「薬や枕、コネが横行した汚い世界は、純粋な森川さんには似合いません」

「わ、私は全然純粋じゃないですよ。この世界に居るのは普通に働くよりお金が稼げるからです。一度大金を手にして味をしめてしまった欲深い人間なんです、私は」


私がこの業界にしがみつくのは、拍手喝采と声援を浴びたいからと、お金が稼げるという意地汚い理由から。

だから決して純粋なんかじゃない。


「地味で冴えない私でも注目して貰えるし……それが気持ち良くて……きらびやかなこの世界に未練がましく掴まっていたけど、心がポッキリ折れました」


信頼していた人から利用され、好きになりかけていた人から裏切られ、尊敬する先輩から見限られる手前まで来た。

この先、どんなに懸命に仕事を頑張っても仕事は徐々に減っていくだろう。

挽回出来る余地もなさそうと来た。

となれば、これ以上心に傷を付ける前に撤退するのが賢い選択な気がしてる。


「芸人になる事を大反対していた両親に頭を下げて実家に戻ろうかと思います。そして、ひっそりのんびり暮らしたいなー……なんて。歳も歳だし、お見合いでもしよっかな。逃げるみたいで嫌ですけど」


自虐的に言って、お茶を口に含む。

すると最上さんがにっこり微笑んで言う。


「それなら、僕と結婚しますか?」

「ブーッ!!」


吹いたお茶がテーブルを濡らした。

すかさず、給仕が布巾を持って駆け寄って来た。


「す、すみません……動揺しました」

「動揺させちゃいましたか……すみません」


謝りながらも、最上さんは笑顔だ。


「最上さんは冗談がお好きなんですね」


給仕から手渡されたお手拭きで口元を拭う。

冗談は冗談でもちょっと笑えない冗談だよな……と思っていると、最上さんが箸を手に食事を再開させる。

取り皿にエビチリを取り、美味しそうに頬張るもんだから、その姿に触発されて私も箸を進める。


「実家が製鉄工場を営んでまして、僕は跡取りなんですよ」

「えっ?!そうなんですか?!凄い!」

「いえ、大して凄い事じゃないですけど……」


最上さんが今度は辛そうな本格麻婆豆腐をレンゲで掬う。


「僕は一人っ子なので、当然親にこの世界に入る事を反対されました」

「でしょうね。跡継ぎとして期待されていただろうし…」


正直、勿体ないと思う。

売れるか分からない業界に飛び込むより、跡を継ぐ道を選択した方が安定しているし。


「どうしても役者になりたかった僕に、父がリミットを課しました」

「リミット………?」

「30歳までに役者として成功出来なければ、その道を諦め、家業を継ぐ事になってます」


最上さんが「だから」と続ける。


「まだリミットまで3年ありますが、森川さんがこの世界に見切りをつけるなら、僕も予定を早めて実家に戻ります。お見合いする位なら僕と結婚しませんか?という事です」


話の流れにイマイチ乗れない。


「…………冗談ですよね?」

「ん?本気で言ってますが?」


何故に疑問系の返しなのかは謎。


「結婚と同時に引退し、二人で地元に戻る………一番自然な引き際じゃないでしょうか?」

「そうかもしれませんが………」


最上さんの提案が突拍子もなさ過ぎて軽く混乱中。


「僕じゃダメですか?」


にこやかな表情から一転、切なそうな眼差しを向けられ、たじたじ……

逆に「私なんかで良いんですか?」と聞きたい。


「まぁ、引退するしないはともかく、いつでも逃げられる逃げ道は用意しておくにこした事はないですよ」


最上さんに話して幾分心が晴れた。


「相方の間宮さんやマネージャーさんにはお話されていないんですよね?」

「えぇ、まぁ……どう切り出して良いか分からないし、まだ迷いもあるんで…」


私がこの世界から去りたいと言った時、相方の間宮はどんな反応をするだろうか?

彼女の事だ、ポンコツの私が居なくても一人でしっかりやっていくだろう。

現に、私が一般人化していた時も、ピンで忙しく活動していた訳だし。

川瀬さんからしてみれは、足手纒いの私が居なくなった方が、間宮だけのマネジメントに専念出来るから都合が良くなると思う。

事務所的にも給料ドロボーに無駄な給料を払わなくて済むし、万々歳だろう。

だからといって、いつ切り出せば良いのやら…

まだ辞める決心も固まりきって居ないし………非常に悩み所だ。


「その後、忍足さんとはお会いされましたか?」

「………いえ。特に連絡もないので」


最上さんの口から出た名前に反応して声のトーンが落ちたのが自分でもはっきり分かった。

忍足さんと最後に会った日から、今の今まで何の音沙汰もない。

別に連絡が欲しい訳じゃなくて、単にこの間の言葉の意味を聞きたいだけ。



『演技じゃないよ』



言われた時、彼の表情を確認出来たら良かったのに。

せめてどんな顔して言ったのかが分かれば、真意を汲み取れたかもしれない。


「案外、本気だったのかもしれませんね」

「……そんな訳ある筈ないじゃないですか…」


こんなチンチクリンをイケメン俳優がまともに相手するなんて考えられない。


「忍足さん、今主演映画の撮影で朝から晩まで拘束されているみたいですからね。何でも、相手役の女の子は演技の経験がないからNG連発で撮影が進まないようです」

「………大変ですね。私には関係ないけど」


ぶっきらぼうに言って麻婆豆腐を掻き込む私を見て、最上さんが苦笑した。


「今やっている舞台公演が終わったら暫く時間が空くんですよ。森川さんのスケジュールの空きを見てですけど、旅行にでも行きませんか?」

「へ?二人で?」

「勿論二人で。のんびり温泉にでも入って心身共にリフレッシュしません?特に今の森川さんには必要だと思いますよ」


慰安旅行といった所か。

最上さんは、私を気遣って提案してくれているのだろうけれど、男女二人で温泉旅行=ふしだらなイメージを持つ私は、ついつい変な妄想をしてしまう。


「……寝るのは同じ部屋で?」

「勿論。嫌ですか?」

「あ、いや……ぜっ、全然…あはははは…」


変な妄想を掻き消すように笑ってみせた。

付き合っているのだから、当然夜のそういう事も想定しなければならない。

ましてや、お互いに良い大人な訳だし。

紳士な最上さんの夜はどんな感じなのかは想像出来やしないけれど、私がパニクるのは必至だ。


「考えておいて下さい。ところで、森川さんは明日から海外ロケでしたっけ?」


温泉フレーズの所為か、最上さんの柔らかい笑顔が何となくエロく感じる。

ドキドキしながら「はいぃ」と答えるも、力み過ぎて体育会系の勇ましい返事になった。


「飛行機苦手なんで憂鬱です………まぁ、それ程治安の悪い国じゃないから良いっちゃ良いんですが…」

「どの位滞在されるんですか?」

「3日の予定です」


バラエティー番組の海外ロケは、あまり好きじゃない。

アメリカやヨーロッパなら旅行気分で楽しめるからまだ良い。

でも治安の悪い国や、電気や水がまともに普及されていないような発展途上国等はいくら現地ガイドやスタッフ達がが傍に居てもちょっと怖い。

食が合わなくてお腹を下したりする事もある。

仕事だからと割り切りはするけれど、海外ロケは基本的にハプニング多数で過酷だからなるべくならしたくない。

今回のロケもジャングルの奥地の秘境を探索するという、中々過酷そうな企画だ。


「怪我なく無事に帰国される事を願ってます」

「ありがとうございます。最上さんも舞台公演ラストスパート頑張って下さい」


最上さんは優しい。

私をお姫様のように扱ってくれる。

理想的な彼氏像なんだろうけれど、普段異性から粗雑な扱いを受けて来た私には擽った過ぎて、どうにも居心地が悪い。

贅沢な悩みでしかないのだろうけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

Marry Me?

美凪ましろ
恋愛
 ――あの日、王子様があたしの目の前に現れた。  仕事が忙しいアパレル店員の彼女と、王子系美青年の恋物語。  不定期更新。たぶん、全年齢でいけるはず。 ※ダイレクトな性描写はありませんが、ややそっち系のトークをする場面があります。 ※彼の過去だけ、ダークな描写があります。 ■画像は、イトノコさまの作品です。 https://www.pixiv.net/artworks/85809405

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない

朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。 止まっていた時が。 再び、動き出す―――。 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦* 衣川遥稀(いがわ はるき) 好きな人に素直になることができない 松尾聖志(まつお さとし) イケメンで人気者 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長(吉本) 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 雄一郎 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師(川木えみ) 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

処理中です...