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寿引退案
しおりを挟む最上さんは「うーん……」と唸った後、そっと箸を置いた。
「真面目な話………良いと思いますよ」
「え……」
思いがけない最上さんの言葉に耳を疑う。
「薬や枕、コネが横行した汚い世界は、純粋な森川さんには似合いません」
「わ、私は全然純粋じゃないですよ。この世界に居るのは普通に働くよりお金が稼げるからです。一度大金を手にして味をしめてしまった欲深い人間なんです、私は」
私がこの業界にしがみつくのは、拍手喝采と声援を浴びたいからと、お金が稼げるという意地汚い理由から。
だから決して純粋なんかじゃない。
「地味で冴えない私でも注目して貰えるし……それが気持ち良くて……きらびやかなこの世界に未練がましく掴まっていたけど、心がポッキリ折れました」
信頼していた人から利用され、好きになりかけていた人から裏切られ、尊敬する先輩から見限られる手前まで来た。
この先、どんなに懸命に仕事を頑張っても仕事は徐々に減っていくだろう。
挽回出来る余地もなさそうと来た。
となれば、これ以上心に傷を付ける前に撤退するのが賢い選択な気がしてる。
「芸人になる事を大反対していた両親に頭を下げて実家に戻ろうかと思います。そして、ひっそりのんびり暮らしたいなー……なんて。歳も歳だし、お見合いでもしよっかな。逃げるみたいで嫌ですけど」
自虐的に言って、お茶を口に含む。
すると最上さんがにっこり微笑んで言う。
「それなら、僕と結婚しますか?」
「ブーッ!!」
吹いたお茶がテーブルを濡らした。
すかさず、給仕が布巾を持って駆け寄って来た。
「す、すみません……動揺しました」
「動揺させちゃいましたか……すみません」
謝りながらも、最上さんは笑顔だ。
「最上さんは冗談がお好きなんですね」
給仕から手渡されたお手拭きで口元を拭う。
冗談は冗談でもちょっと笑えない冗談だよな……と思っていると、最上さんが箸を手に食事を再開させる。
取り皿にエビチリを取り、美味しそうに頬張るもんだから、その姿に触発されて私も箸を進める。
「実家が製鉄工場を営んでまして、僕は跡取りなんですよ」
「えっ?!そうなんですか?!凄い!」
「いえ、大して凄い事じゃないですけど……」
最上さんが今度は辛そうな本格麻婆豆腐をレンゲで掬う。
「僕は一人っ子なので、当然親にこの世界に入る事を反対されました」
「でしょうね。跡継ぎとして期待されていただろうし…」
正直、勿体ないと思う。
売れるか分からない業界に飛び込むより、跡を継ぐ道を選択した方が安定しているし。
「どうしても役者になりたかった僕に、父がリミットを課しました」
「リミット………?」
「30歳までに役者として成功出来なければ、その道を諦め、家業を継ぐ事になってます」
最上さんが「だから」と続ける。
「まだリミットまで3年ありますが、森川さんがこの世界に見切りをつけるなら、僕も予定を早めて実家に戻ります。お見合いする位なら僕と結婚しませんか?という事です」
話の流れにイマイチ乗れない。
「…………冗談ですよね?」
「ん?本気で言ってますが?」
何故に疑問系の返しなのかは謎。
「結婚と同時に引退し、二人で地元に戻る………一番自然な引き際じゃないでしょうか?」
「そうかもしれませんが………」
最上さんの提案が突拍子もなさ過ぎて軽く混乱中。
「僕じゃダメですか?」
にこやかな表情から一転、切なそうな眼差しを向けられ、たじたじ……
逆に「私なんかで良いんですか?」と聞きたい。
「まぁ、引退するしないはともかく、いつでも逃げられる逃げ道は用意しておくにこした事はないですよ」
最上さんに話して幾分心が晴れた。
「相方の間宮さんやマネージャーさんにはお話されていないんですよね?」
「えぇ、まぁ……どう切り出して良いか分からないし、まだ迷いもあるんで…」
私がこの世界から去りたいと言った時、相方の間宮はどんな反応をするだろうか?
彼女の事だ、ポンコツの私が居なくても一人でしっかりやっていくだろう。
現に、私が一般人化していた時も、ピンで忙しく活動していた訳だし。
川瀬さんからしてみれは、足手纒いの私が居なくなった方が、間宮だけのマネジメントに専念出来るから都合が良くなると思う。
事務所的にも給料ドロボーに無駄な給料を払わなくて済むし、万々歳だろう。
だからといって、いつ切り出せば良いのやら…
まだ辞める決心も固まりきって居ないし………非常に悩み所だ。
「その後、忍足さんとはお会いされましたか?」
「………いえ。特に連絡もないので」
最上さんの口から出た名前に反応して声のトーンが落ちたのが自分でもはっきり分かった。
忍足さんと最後に会った日から、今の今まで何の音沙汰もない。
別に連絡が欲しい訳じゃなくて、単にこの間の言葉の意味を聞きたいだけ。
『演技じゃないよ』
言われた時、彼の表情を確認出来たら良かったのに。
せめてどんな顔して言ったのかが分かれば、真意を汲み取れたかもしれない。
「案外、本気だったのかもしれませんね」
「……そんな訳ある筈ないじゃないですか…」
こんなチンチクリンをイケメン俳優がまともに相手するなんて考えられない。
「忍足さん、今主演映画の撮影で朝から晩まで拘束されているみたいですからね。何でも、相手役の女の子は演技の経験がないからNG連発で撮影が進まないようです」
「………大変ですね。私には関係ないけど」
ぶっきらぼうに言って麻婆豆腐を掻き込む私を見て、最上さんが苦笑した。
「今やっている舞台公演が終わったら暫く時間が空くんですよ。森川さんのスケジュールの空きを見てですけど、旅行にでも行きませんか?」
「へ?二人で?」
「勿論二人で。のんびり温泉にでも入って心身共にリフレッシュしません?特に今の森川さんには必要だと思いますよ」
慰安旅行といった所か。
最上さんは、私を気遣って提案してくれているのだろうけれど、男女二人で温泉旅行=ふしだらなイメージを持つ私は、ついつい変な妄想をしてしまう。
「……寝るのは同じ部屋で?」
「勿論。嫌ですか?」
「あ、いや……ぜっ、全然…あはははは…」
変な妄想を掻き消すように笑ってみせた。
付き合っているのだから、当然夜のそういう事も想定しなければならない。
ましてや、お互いに良い大人な訳だし。
紳士な最上さんの夜はどんな感じなのかは想像出来やしないけれど、私がパニクるのは必至だ。
「考えておいて下さい。ところで、森川さんは明日から海外ロケでしたっけ?」
温泉フレーズの所為か、最上さんの柔らかい笑顔が何となくエロく感じる。
ドキドキしながら「はいぃ」と答えるも、力み過ぎて体育会系の勇ましい返事になった。
「飛行機苦手なんで憂鬱です………まぁ、それ程治安の悪い国じゃないから良いっちゃ良いんですが…」
「どの位滞在されるんですか?」
「3日の予定です」
バラエティー番組の海外ロケは、あまり好きじゃない。
アメリカやヨーロッパなら旅行気分で楽しめるからまだ良い。
でも治安の悪い国や、電気や水がまともに普及されていないような発展途上国等はいくら現地ガイドやスタッフ達がが傍に居てもちょっと怖い。
食が合わなくてお腹を下したりする事もある。
仕事だからと割り切りはするけれど、海外ロケは基本的にハプニング多数で過酷だからなるべくならしたくない。
今回のロケもジャングルの奥地の秘境を探索するという、中々過酷そうな企画だ。
「怪我なく無事に帰国される事を願ってます」
「ありがとうございます。最上さんも舞台公演ラストスパート頑張って下さい」
最上さんは優しい。
私をお姫様のように扱ってくれる。
理想的な彼氏像なんだろうけれど、普段異性から粗雑な扱いを受けて来た私には擽った過ぎて、どうにも居心地が悪い。
贅沢な悩みでしかないのだろうけれど。
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