私は彼の恋愛対象外。

江上蒼羽

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王子よ来たれ!②

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お金のやり取りをした後、彼は「どうもねぇ」と愛想良く手を振りながら店を出て行った。

改めて王子を見て思ったのは、やっぱり格好良いという事。

大好きなレイくんに似ているけど、レイくんよりちょっと大人っぽくて、声も低い。

レイくんの5年後版って感じ。



「…………こういうの買うんだ…」


何気なく彼が買っていった商品を手に取って眺めて感動の余韻に浸っていると


「こらこら、未成年が興味を持つ品物じゃないよ」


店長が私の手から抜き取り、商品を棚に戻す。


「これ、何ですか?普通の煙草とちょっと違うようだけど…」

「それね、アイコス用のやつ。まっ、涼亜ちゃんには関係ないものだよ」

「ほへー…」


王子、アイコスご愛用………と。

ちょっとしたやり取りで入手した情報を脳にインプットする。

煙草の匂いは嫌いだし、吸う人の気が知れないけど、王子が吸うなら話は別。

王子の喫煙シーンを想像するだけで悶絶しちゃう。

格好良いよなぁ……

流石に本物のレイくんの方がより王子チックで超絶格好良いけど、あの人はあの人で格好良い。

本物には、100回生まれ変わったとしても手が届かない事を承知しているからこそ、多少身近なあの人なら………なんて微かな希望を抱いてる。

私なんか相手にならないかもだけど、それでも希望を持たずにはいられない。

だって、接点があるから。

ここでバイトして正解だった。

今度来店した時は、然り気無く名前を聞いてみようかな。

名前だけじゃなくて、歳とか職業とか………彼女の有無とか……聞きたい事は山程ある。

そんでもって、少しだけ大胆になって、携帯の番号を書いたメモを渡してみるのも有りかもしれない。


「涼亜ちゃん、発注掛けてくるからレジ任せるね」

「畏まりました!」


王子パワーでやる気満々の気合い十分。

接客業の命でもある笑顔も今日はバッチリ………というか、ニヤニヤが止まらないだけ。

王子が前にぶつかったのが私だという事を覚えていない事は悲しかったけど、それを上回る幸せな気持ちが私の心を焚き付けた。

王子パワーでやる気満々の効力は、たった1時間だった。

バイト終了15分前。


「姉ちゃん、これ頼むわ」


小太りのおじさんが叩きつけるように乱暴にワンカップを二つとおつまみのスルメを一袋置いた。


「いらっしゃいませ、ありがとうございます」


バーコードを読み取り、お決まりの台詞を言う。


「年齢確認の画面にタッチをお願い致します」


煙草やアルコール類を販売する際、お客さんから年齢確認のボタンを押して貰う事になっている。

これは同じ系列の店ならどこでも共通。

にも拘らず、おじさんは顔を歪めながら「チッ……」と舌打ちした。


「……ったく、毎回毎回………酒を買う度にこんなん押さねーといけねーなんてな。めんどくせーわ」


ただ画面を見て、未成年じゃない事を証明するだけなのに、渋り出すおじさん。


「大体、この俺が未成年に見えんのか?!」


遂には何故か怒り出して、私に詰め寄ってくる始末。


「す、すみません……店の決まりですので」

「あぁん?決まりもへったくれもねぇだろ!」

「ただ画面にタッチして頂ければ……」

「んなもん知るか!!」


おじさんの後ろに他のお客さんが並んでいる。

待たせる訳にはいかないのに、おじさんへの対応をどうすればいいのか分からない。


「ですが決まり……ですので…」

「決まり決まりうるせーんだよ!四の五の言わずに売れよ、馬鹿がっ!!」


こんな時に限って店長は奥から出て来ないし。

理不尽な怒りをぶつけられ、挙げ句に他にもお客さんがいる中での馬鹿呼ばわりに、王子の幸せパワーで満たされていた心がへし折れそうになる。

目の奥がつんとした。

多分、今涙目になってると思う。


「いつもいつもテメーら店側はなぁ、酒買えば年齢確認、煙草買えば年齢確認……客に煩わしい事ばっかさせやがって!」

「…………」

「何だ?あれか?お客様は神様じゃねーってのか?決まりがなんだ、俺を不愉快にさせやがって。客に気持ち良く買い物させるのが店員の務めなんじゃねーのか?!」


泣いては駄目だ、このおじさんの思う壺だ。

このおじさんは、ただ弱いものイジメをして何かの憂さを晴らしたいだけ。

私を泣かせたいだけ。



泣くなと何度も自分に言い聞かせながら、必死に耐えていると、おじさんの後ろから「もうやめましょうよ」と声がした。


「んあっ?」


おじさんが怯んだ隙に、さっと袖口で涙を拭う。

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