5 / 45
第一夜:バッテリー【4】
しおりを挟む「おい谷澤、お前いい加減部活来いよ。顧問カンカンだぞ?」
自らの能力に自信を失った翔太は、顧問の教師から怒鳴られた日を最後に部活を無断欠席している。
野球をしたい想いはあるが、不思議と足がグラウンドへ向かないのだ。
もう、かれこれ5日。
「………うん、その内顔出す。何か疲れちゃって…」
「その内って……ただでさえ夏の大会前でピリピリしてんだからさ…早く出て来いよ」
「……うん…」
チームメイトも心配して部活に来るように促してはいるが、却って本人の足とやる気が遠退くばかりだった。
部活を休んで早々と帰宅した翔太は、庭先でグローブの手入れを始めた。
そんな彼に母親が話し掛けてくる。
「あら……今日も早いのね?」
「ん、うん……まぁね」
母の問いに曖昧に返すも、母は彼を深く詮索したりしなかった。
代わりに、中学生の妹が翔太を茶化して笑う。
「お兄ちゃん、練習辛くてサボってんでしょ?だっさーい」
「………うるせーな」
悔しいけれど、妹の指摘は間違っていない。
辛い現実から逃げているだけの自分。
図星だからこそ、言い返せずにいる自分が情けなく、惨めで仕方がなかった。
ーーこんな時、ヒロキが居たら良いのに……
そんな風に思いながら、空に浮かんだ雲が風に流される様を見ていると
「あら?何か花が咲いてるわね」
洗濯物を取り込んでいた母親の言葉に我に返った。
「こんな白い花、植えた覚えないんだけど……」
「ちょっ、ちょっと見せて!」
不思議がる母親を押し退けて、庭の花壇の前に立つ。
「これって、もしかして……」
花壇の片隅で風にそよぐ一輪の白い花。
透き通るような白さの小さな花弁が幾重にも重なりあって、見事な大輪を作り出している。
「見た事ない花ね………でも、すごく綺麗」
母親の言葉に、翔太は静かに頷いた。
神秘的な存在感を漂わせる花は、紛れもなく、5日前に翔太が部屋の窓から放ったものだった。
運良く花壇に入り、発芽して花を咲かせたらしい。
しかし……
「……奇跡なんて起きてねーじゃん」
ポツリと呟いた独り言に、母親が怪訝な顔をしてみせる。
「何?奇跡って」
「…………別に何でもない」
母親に背を向けた翔太は、そのままグローブを持って自室に向かった。
ーーー何が奇跡が咲く、だ
何にも起きねーじゃん
奇跡の花が咲いても、日常は何も変わっていない。
変わった事が起こる気配もない。
結局は、胡散臭い露店商のふざけた戯言だったのだろう。
「ま、初めっから期待なんかしてなかったけど」
笑い話に丁度良い……
彼は、そんな風に自分を納得させた。
0
あなたにおすすめの小説
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる