儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第一夜:バッテリー【4】

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「おい谷澤、お前いい加減部活来いよ。顧問カンカンだぞ?」


自らの能力に自信を失った翔太は、顧問の教師から怒鳴られた日を最後に部活を無断欠席している。

野球をしたい想いはあるが、不思議と足がグラウンドへ向かないのだ。

もう、かれこれ5日。


「………うん、その内顔出す。何か疲れちゃって…」

「その内って……ただでさえ夏の大会前でピリピリしてんだからさ…早く出て来いよ」

「……うん…」


チームメイトも心配して部活に来るように促してはいるが、却って本人の足とやる気が遠退くばかりだった。



部活を休んで早々と帰宅した翔太は、庭先でグローブの手入れを始めた。

そんな彼に母親が話し掛けてくる。


「あら……今日も早いのね?」

「ん、うん……まぁね」


母の問いに曖昧に返すも、母は彼を深く詮索したりしなかった。

代わりに、中学生の妹が翔太を茶化して笑う。


「お兄ちゃん、練習辛くてサボってんでしょ?だっさーい」

「………うるせーな」


悔しいけれど、妹の指摘は間違っていない。

辛い現実から逃げているだけの自分。

図星だからこそ、言い返せずにいる自分が情けなく、惨めで仕方がなかった。



ーーこんな時、ヒロキが居たら良いのに……



そんな風に思いながら、空に浮かんだ雲が風に流される様を見ていると


「あら?何か花が咲いてるわね」


洗濯物を取り込んでいた母親の言葉に我に返った。


「こんな白い花、植えた覚えないんだけど……」

「ちょっ、ちょっと見せて!」


不思議がる母親を押し退けて、庭の花壇の前に立つ。


「これって、もしかして……」


花壇の片隅で風にそよぐ一輪の白い花。

透き通るような白さの小さな花弁が幾重にも重なりあって、見事な大輪を作り出している。


「見た事ない花ね………でも、すごく綺麗」


母親の言葉に、翔太は静かに頷いた。

神秘的な存在感を漂わせる花は、紛れもなく、5日前に翔太が部屋の窓から放ったものだった。

運良く花壇に入り、発芽して花を咲かせたらしい。

しかし……


「……奇跡なんて起きてねーじゃん」


ポツリと呟いた独り言に、母親が怪訝な顔をしてみせる。


「何?奇跡って」

「…………別に何でもない」


母親に背を向けた翔太は、そのままグローブを持って自室に向かった。




ーーー何が奇跡が咲く、だ


何にも起きねーじゃん



奇跡の花が咲いても、日常は何も変わっていない。

変わった事が起こる気配もない。

結局は、胡散臭い露店商のふざけた戯言だったのだろう。


「ま、初めっから期待なんかしてなかったけど」


笑い話に丁度良い……

彼は、そんな風に自分を納得させた。
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