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第一夜:バッテリー【3】
しおりを挟むーー数ヶ月前…
『………顔、見ても良いですか?』
病院の霊安室に横たわる遺体を前に、翔太は声を震わせた。
『…………見ない方がいいよ。見るに耐えないから…』
目を腫らした女性が彼を止めた。
けれども、その制止を聞かずに、そっと布を捲る。
『…………これ、本当にヒロキなんですか…?』
その問いに女性が消え入りそうな声で言った。
『………うん、裕樹だよ』
込み上げてくる涙で視界が遮られる。
同時に、膝がガクンと折れた。
すぐに嗚咽が込み上げて、彼は亡骸に向かって何度もその名を呼ぶ。
そんな翔太の姿を見て、女性も嗚咽を堪えながら啜り泣いた。
『嘘……だろ…?なぁ、ヒロキ』
純白の布の下には、変わり果てた姿の友が眠っていた。
翔太と裕樹は親友同士で、物心付く頃からの付き合い。
裕樹もまた、翔太と同じく野球少年だった。
ピッチャーをしていた彼は、翔太とバッテリーを組んでいた。
豪速球を武器とした裕樹と、彼の信頼と球を一身に受けていた翔太。
二人が組めば、向かう所敵ナシの最強バッテリーだった。
裕樹もまた、甲子園を目指して野球をしていたのだが……
翔太と共に野球強豪校への進学を決めた翌日に、不幸にも交通事故に巻き込まれてしまった。
ーーーギギイィィィ…………!!
耳を覆いたくなる程の鈍いブレーキ音の後に、ドオォォン!という、衝撃音が響いた。
大型トラック運転手の前方不注意による、車三台を巻き込んだ玉突き事故。
たまたまそこを通りがかっていた裕樹は、横転したトラックの下敷きとなった。
すぐに駆け付けた救助隊によって死亡が確定された。
頭部と胸部を圧迫された事による圧死…
即死、だった。
遺体の損傷は激しく、身元の判明は所持品から特定された。
豪速球を放っていた右腕は骨が粉々に砕かれ、所々肉も千切れてしまい、形を成していなかった。
グローブを嵌めていた方の腕は辛うじて形状を残していたが、青白く体温を感じさせない状態になっていた。
その姿は、人間ではなく、ただの肉塊のように思えた。
程無くして、裕樹の葬儀がひっそりと執り行われた。
学校関係者が多い参列者に混ざって翔太の姿もあった。
僧侶が経を唱える中、大勢のクラスメイトの啜り泣きが響く。
翔太は、ただじっと俯き、握り拳を携えて涙を堪えた。
厳かに葬儀は進み、出棺の時刻となった。
外は小雨が降っている。
棺が運ばれていくのをぼんやり眺めていた翔太の肩が叩かれた。
振り向くと、裕樹の遺影を抱いた、彼の母親がぎこちなく微笑んでいる。
『……翔太くん、今日は見送りに来てくれてありがとう。裕樹も喜んでいると思うわ』
『いえ………』
遺影の中の裕樹は、ユニフォームを纏い、無邪気に笑っていた。
『………まだ信じられないです』
裕樹の母親も静かに頷く。
『私も。他の家族もよ……信じられないじゃなくて、信じたくないの。それでね………』
翔太の前に黄ばんだ野球ボールが差し出された。
『翔太くん、これを持っていてくれないかな?あの子の……裕樹の形見として…』
母親の目に涙が滲む。
『お願い』
翔太は、裕樹のボールを受け取り、強く握り締めた。
裕樹の母親は、満足そうに笑って言う。
『裕樹と一緒に野球をしてくれてありがとう』
霊柩車のクラクションが鳴り響く。
大勢の参列者達に見送られて、裕樹は旅立った。
後に残された翔太は、とてつもない喪失感に苛まれていた。
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