儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

文字の大きさ
4 / 45

第一夜:バッテリー【3】

しおりを挟む


ーー数ヶ月前…





『………顔、見ても良いですか?』



病院の霊安室に横たわる遺体を前に、翔太は声を震わせた。



『…………見ない方がいいよ。見るに耐えないから…』



目を腫らした女性が彼を止めた。


けれども、その制止を聞かずに、そっと布を捲る。



『…………これ、本当にヒロキなんですか…?』



その問いに女性が消え入りそうな声で言った。



『………うん、裕樹だよ』



込み上げてくる涙で視界が遮られる。


同時に、膝がガクンと折れた。


すぐに嗚咽が込み上げて、彼は亡骸に向かって何度もその名を呼ぶ。


そんな翔太の姿を見て、女性も嗚咽を堪えながら啜り泣いた。



『嘘……だろ…?なぁ、ヒロキ』



純白の布の下には、変わり果てた姿の友が眠っていた。

翔太と裕樹は親友同士で、物心付く頃からの付き合い。

裕樹もまた、翔太と同じく野球少年だった。

ピッチャーをしていた彼は、翔太とバッテリーを組んでいた。

豪速球を武器とした裕樹と、彼の信頼と球を一身に受けていた翔太。

二人が組めば、向かう所敵ナシの最強バッテリーだった。

裕樹もまた、甲子園を目指して野球をしていたのだが……

翔太と共に野球強豪校への進学を決めた翌日に、不幸にも交通事故に巻き込まれてしまった。





ーーーギギイィィィ…………!!




耳を覆いたくなる程の鈍いブレーキ音の後に、ドオォォン!という、衝撃音が響いた。

大型トラック運転手の前方不注意による、車三台を巻き込んだ玉突き事故。

たまたまそこを通りがかっていた裕樹は、横転したトラックの下敷きとなった。

すぐに駆け付けた救助隊によって死亡が確定された。

頭部と胸部を圧迫された事による圧死…



即死、だった。


遺体の損傷は激しく、身元の判明は所持品から特定された。

豪速球を放っていた右腕は骨が粉々に砕かれ、所々肉も千切れてしまい、形を成していなかった。

グローブを嵌めていた方の腕は辛うじて形状を残していたが、青白く体温を感じさせない状態になっていた。

その姿は、人間ではなく、ただの肉塊のように思えた。





程無くして、裕樹の葬儀がひっそりと執り行われた。

学校関係者が多い参列者に混ざって翔太の姿もあった。

僧侶が経を唱える中、大勢のクラスメイトの啜り泣きが響く。

翔太は、ただじっと俯き、握り拳を携えて涙を堪えた。

厳かに葬儀は進み、出棺の時刻となった。

外は小雨が降っている。

棺が運ばれていくのをぼんやり眺めていた翔太の肩が叩かれた。

振り向くと、裕樹の遺影を抱いた、彼の母親がぎこちなく微笑んでいる。


『……翔太くん、今日は見送りに来てくれてありがとう。裕樹も喜んでいると思うわ』

『いえ………』


遺影の中の裕樹は、ユニフォームを纏い、無邪気に笑っていた。


『………まだ信じられないです』


裕樹の母親も静かに頷く。


『私も。他の家族もよ……信じられないじゃなくて、信じたくないの。それでね………』


翔太の前に黄ばんだ野球ボールが差し出された。


『翔太くん、これを持っていてくれないかな?あの子の……裕樹の形見として…』


母親の目に涙が滲む。


『お願い』


翔太は、裕樹のボールを受け取り、強く握り締めた。

裕樹の母親は、満足そうに笑って言う。


『裕樹と一緒に野球をしてくれてありがとう』


霊柩車のクラクションが鳴り響く。

大勢の参列者達に見送られて、裕樹は旅立った。

後に残された翔太は、とてつもない喪失感に苛まれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...