儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第一夜:バッテリー【6】

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今度は翔太から裕樹へとボールが放たれる。


「なぁ……これって夢なの?」




ーーパシッ



ボールを受け止めた裕樹はすぐに投げ返す。


「んー……そうなんじゃない?」




ーーパシッ…




「でもさ、妙に感覚がリアルなんだよね……夢にしては……っと、わり、手が滑った」


ボールは大きく逸れて、裕樹の背後に落ちた。


「どこ投げてんだよー!」


ボヤキながらも楽しそうにボールを追い掛ける裕樹。


「リアルっつっても、俺死んじゃってるしあんまり感覚ないんだよねー…」




ーーパシッ



「……何、ケロッとしてんだよ…」


死して尚明るい裕樹に、翔太は呆れながらもボールを返送する。


「つーかさー、ショータは、俺の死体見てどう思った?」

「は?」


話題の重さとは反対に、裕樹の顔には笑みが浮かんでいる。


「マジ、グロかったっしょ?」


ケラケラ笑う裕樹に、翔太は「お前なー…」と苦笑しつつ、彼は裕樹の遺体と対面した日を思い出す。


「まぁ……確かにあれは酷かった。グチャグチャ過ぎて、ヒロキだと思えなかったし」

「だろー?ウチのとーちゃん、俺の死体見てゲロゲロ吐きやがったの。酷くない?」

「うわ、そりゃひでーな」


行き交うボールは緩い放物線を描いている。




「なぁ……死ぬってどんな感じ?」


翔太の問いに、裕樹は笑って聞き返す。


「そんなん聞いてどうすんの?」


言葉に詰まる翔太に、裕樹は笑いながら続ける。


「つっても、一瞬の事だったからあんまり覚えてないんだよね。ま、死ぬ時に分かるよ」


驚く程あっけらかんとした物言いの裕樹。

翔太は、彼のボールを取り溢さないよう懸命に拾う。




ーーパシッ




「高校行って、かわいい彼女作りたかったな」

「野球バカのお前に彼女なんか出来るわけねーだろ」




ーーパシッ、




「なにー?ショータに言われたくねーし。自分だって野球バカじゃん」

「あ、そうだった」


キャッチボールと共に続くのは、たわいもない話ばかり。


「おっと……」


ボールが翔太のグローブの先に弾かれ、後方に落ちた。


「ちゃんと取れよなー」

「ごめん」


受け損なったボールを慌てて追う翔太の背中に向かって、裕樹が言う。


「まだまだ野球したかったなー……お前と」


声の調子は明るいのに、言葉の端から物悲しさが漂ってきた。

ボールを拾って向き直ると、裕樹はやはり笑っている。

けれども、どこか寂しげだった。

翔太が裕樹に向かってボールを放つ。


「俺だって……まだまだお前と野球したかったよ」


忽ち、部活での激しい練習が頭を過る。


「お前が居なくなってから毎日つまんなくて……」


親友を失った喪失感は、未だに埋められていない。

埋まる気配すら感じない。


「キャッチャーとして、先輩の投げる球を受ける時あるけど、やっぱ何か違うくてさ……練習も辛いし…」

「そっか」

「やっぱ相棒はヒロキじゃねーと駄目なんだよ」


自ずと翔太の腕に力が入る。

半円を描いていた線が直線へと変わる。


「ヒロキが居れば、どんなにキツい練習だって耐えられるし………もう嫌だ。いっその事もう野球辞めーーー…」
「ショータ!!」


皆まで言わさないとばかりに裕樹が翔太の言葉を遮った。


「俺をお前の逃げの理由にすんなよ」


裕樹にしては厳しい口調に、翔太は大きく肩を揺らした。


「………ヒロキ…」


彼の表情は、さっきまでの和やかな雰囲気が嘘のように真剣だった。
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