儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第一夜:バッテリー【7】

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裕樹の鋭い眼差しは、翔太を萎縮させた。


「ショータ、お前……野球辞めたいの?」

「っ、」




ーーバシィッ




強く重い球が翔太のグローブに入る。

翔太は、それを直ぐ様裕樹に投げた。


「練習が辛い、上手くいかない………それを……自分のなよさを俺の所為にしてんじゃねーよ!」




ーーバシィッ!



豪速球を受けて仰け反る翔太。


「ショータって、そんなにヘタレだったっけ?」

「……っ」

「俺が居ないと大好きな野球を投げ出しちゃうような大馬鹿野郎だったっけ?」


裕樹に自身の心を見透かされ、彼は何も言えなくなった。

額から汗が流れる。

気付けばお互いに息が上がっていた。

裕樹は、乱れかけた息を整えるように大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。


「……良いよな、お前は。野球辞めたって、またやりたくなったらいつでも出来るんだから。俺は………」


裕樹が何かを堪える素振りを見せてから言う。


「……もう死んじまった俺は、やりたくても二度と野球出来ねーんだぞ!」


裕樹がボールを放つと同時に、彼の目元から小さな滴が飛んだ。

翔太には、それが彼の涙だとすぐに分かった。




ーーバシィッ!!




自慢の豪速球が翔太のグローブに突き刺さる。

袖口で目元を拭った裕樹は「もし……」と続ける。


「もし生きてても、あんな腕じゃ野球は出来ない………ボールを握る事だって……出来るか分からねーんだぞ」


裕樹は涙目で翔太を睨む。


「いつでも球を追っ掛けられる環境にいて……甘ったれてんじゃねーよ!」

「ヒロキ………」


激しい怒りを露にする裕樹。

翔太は、ボールを投げる意欲を失い、その場に立ち尽くす。

頻繁に行き交っていたボールが翔太の手の中で止まる。


「……ごめん」


激昂する裕樹を前に、翔太は目を伏せた。




ーーまだ野球がしたかった…


まだまだマウンドに立ちたかった…


もっと……


もっと生きたかった……





裕樹の無念が犇々と伝わってくる。


「……ごめん…」


翔太は、必死に絞り出した声で謝罪を繰り返した。

自分の弱さが親友を傷付けた。

自分の弱気な言葉が、二度と野球が出来ない裕樹にとって、どれだけ残酷なものだったか……

やっとを理解した翔太は、激しい自責の念に駆られる。

ボールが翔太の手から落ちて地面に転がった。

すると…


「俺こそ、ごめん……」


思いがけない裕樹の謝罪に顔を上げると、彼は眉を下げて笑っていた。


「一緒に甲子園目指そうな……って約束してたのに…」


ばつが悪そうにはにかんだ裕樹。

痛々しさを孕んだその表情から、裕樹の胸の痛みが伝わってくるようだった。

翔太は、足元に転がったボールを拾う。


「………俺等、最強のバッテリーだったもんな。甲子園どころかプロだっていけたんじゃね?」


翔太がボールを放った。

それを裕樹がキャッチする。


「だよな?お前と野球してる時が一番楽しかったよ」


裕樹がボールを放った。

今度は翔太がそれをしっかりと受け止める。

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