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第一夜:バッテリー【8】
しおりを挟む「あ……っと、カーブなんか投げんなって!」
「そっちこそ、変化球はナシだろ」
花畑に二人の笑い声が響く。
翔太は、裕樹とのキャッチボールでいつの間にか野球の楽しさを思い出していた。
彼等のキャッチボールは、このまま永遠に続くかと思われたが……
「……そろそろ朝だ」
そう呟いた裕樹は、ボールをグローブに打ち付ける。
パシッ、パシッ……と、ボールが当たる感触を確かめるように。
「やっぱいいよなー、ボールがグローブに当たる音、グローブの匂い……」
裕樹は、一度深く息を吸い込んだ。
そして………
「ショータ!最後の一球、ぜってー取れよ!」
裕樹の目付きが変わる。
「な、何言ってんだよ……最後とか……そんなん言うなよ、ヒロキ」
焦る翔太を余所に、裕樹が大きく振りかぶった。
「試合ん時みたいに全力でいくからな!」
翔太はその場にしゃがみ込む。
軸脚を残して高く脚を上げる裕樹。
翔太には、それがスローモーションで見えた。
ーーバシィッ!!
思いっ切り降り下ろされた手から放たれた力強い球は、真っ直ぐに翔太のグローブに収まった。
「さっすが俺。超はえー!」
自身の投げた直球ボールに満足したらしい裕樹は、ガッツポーズを作ってはしゃいでいる。
「やっぱスゲーな、ヒロキは」
立ち上がった翔太は裕樹の元に駆け寄り、手を高々と掲げた。
「だろ!150㎞は出てたんじゃね?」
「まさか、流石にそこまで出てねーだろ。プロじゃあるまいし」
翔太と同じく右手を上げた裕樹。
翔太がその手を弾き、軽快な音が鳴る筈だった。
しかし、ハイタッチは叶わず……
翔太の手は、裕樹の手をすり抜けて宙を切る。
「………え……何で…」
自身の手を見ながら、今起こった出来事に狼狽える翔太。
裕樹が「あちゃー…」と頭を掻いた。
「もう、俺行かなきゃいけないみたい」
「え……」
気付けば、空に浮かんでいた月が消えていた。
「キャッチボール、楽しかったよ」
ニッと笑った裕樹の体が光り始めた。
翔太の前で消えた蝶のような黄金色に。
裕樹の体が細かい粒子となって足元から散りだした。
「まっ、待てよ!行くってどこに……まだキャッチボール終わってねーよ!」
翔太が裕樹の肩を掴もうと手を伸ばすも、その手は彼の体をすり抜けて宙を掴むだけ。
「朝が来て消えるってんなら、また今夜!また今夜にここでキャッチボールをーーー…」
「無理だって」
翔太の言葉を遮って、裕樹は悲しそうに微笑んだ。
「………何で、無理なんだよ…」
翔太は、声を震わせて裕樹に問い掛ける。
「何で、もう二度と会えないみたいな空気出してんだよ!何でーーー…」
「ーーーだって…」
裕樹は一度目を伏せてから、再度翔太を真っ直ぐに見据えた。
「奇跡は何度も起こるもんじゃないじゃん?」
裕樹の姿がぼやけて見えるのは、自身の目に溜まった涙の所為なのか
それとも、彼が消えようとしているからか
或いは、その両方か………
翔太には判別しようがなかった。
「野球、もう少し続けろよ」
「何だよ……俺の分まで頑張れって、プレッシャーかける気か?」
裕樹は首を左右に振った。
「いーや。野球バカのお前から野球取っちまったら、ただのバカになんだろ?そーゆー意味」
悪戯っぽく笑った裕樹。
「………うるせーな」
翔太は、手の甲で涙を拭ってからボールを裕樹に向かって突き出す。
「このボール、ヒロキだと思ってずっと持ってる。んで、このボールを……ヒロキをいつか必ず甲子園に連れてくからな!」
胸を張って宣言した親友に、裕樹は嬉しそうに頷いてみせた。
「空の上からショータの活躍楽しみにしてっから。頑張れ、自分の弱さに負けんなよ!」
「おう!」
ほとんど塵と化した裕樹の体。
裕樹は最後に
「俺と友達になってくれてありがとう……」
囁くように礼を述べて、跡形も無く消えた。
花畑に一人残された翔太は、空を見上げて言う。
「………俺の方こそ……ありがとう、ヒロキ…」
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