儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第三夜:白紙の母子手帳【1】

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とある街の住宅地の一角に、絵に描いたようなアットホームな家族が住んでいた。

主の須永 亮を筆頭に

妻で専業主婦の真由子、幼稚園児の誠と年子の妹、那奈の四人家族。

先日、念願のマイホームを建てたばかり。

幼い子供達の賑やかな声と明るい笑い声の絶えない、誰が見ても幸せそうな家庭だった。


「それじゃ、行ってくるから」

「行ってらっしゃい、気を付けてね」


玄関先で亮の出勤を見送った真由子は、ダイニングで朝食を摂る子供達に声を掛ける。


「早く食べなさい。もうすぐ幼稚園バスが来る時間だよ」


それに対して誠がバタートーストをかじりながら言う。


「よくかんでたべてるからはやくできないも~ん」


すかさず那奈も口を挟む。


「よくかんでたべなさいって、ママいつもいってるじゃ~ん」


マイペースな我が子達の口答えに苦笑を浮かべつつ、亮が使った食器を片付ける真由子。

やがて、須永家の玄関前に一台のマイクロバスが停車する。


「行ってらっしゃい」


手を振る真由子に、子供達も手を振り返す。


「ママ、バイバ~イ」

「いってきま~す!」


元気良く乗り込んだ二人の後ろから、教諭が顔を出した。


「それでは、お預かりします」

「お願いします」


バスのドアが閉まり、ゆっくりと発進した。

窓に貼り付いて、笑顔で真由子に手を振る子供達。

真由子もバスが角を曲がるまで手を振り続けた。

子供達を送り出し、掃除、洗濯等の家事を手早くこなした後は、濃いめのカフェオレで一息つく……

それが真由子の日常だった。



『本日の予報は、晴れ後雨です。午後からの強い雨にご注意下さい。お出掛けの際は、傘を持って出掛けましょう』



ワイドショーの天気予報コーナーでアナウンサーが雨を強調する。

真由子がふと時計を見上げると、時刻は10時を過ぎた所。


「………雨が降らない内に買い出しに行こうかな」


窓の外は、雨の気配が感じられない程、晴れ渡っている。

雲一つ見当たらない。

真由子は、冷めかけたカフェオレを一気に飲み干し、立ち上がった。

スーパーまで徒歩15分。

平日の昼間のスーパーは人が疎らで、客層は主婦が圧倒的に多い。

まずは、献立を考えながら、店内をぐるっと一周する。

午後の雨で客足が遠退くのを見越してか、早々と割引シールが貼ってある。

それにすかさず手を伸ばすのは、主婦の性という事か。

必要な食材と、子供達用のおやつをカゴに入れ、レジを通す。


「250円のお返しとレシートです。ありがとうございました。またお越し下さいませ」


釣り銭を受け取った真由子は、エコバッグを肩に掛けて店を後にした。

肩に食い込むエコバッグの持ち手を何度も背負い直し、来た道を辿る。

と、何の前触れもなく、突風が吹いた。


「……っ?!」


舞い上がった砂が目に入りそうになり、思わず両目を固く瞑る。

ほんの一瞬の出来事だった。


「……びっくりした」


ゆっくり瞼を持ち上げた真由子。

すぐに、正面に立つ見知らぬ少女の姿が目に入った。

年頃は、小学校低学年位か。

生成り色のノースリーブワンピースを纏っている。

鎖骨の辺りまで伸びた黒髪が、風に靡いた。
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