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第三夜:白紙の母子手帳【9】
しおりを挟む花畑の散歩を終え、どちらからともなく腰を下ろした。
優愛は、儚い花を一輪摘み取って、真由子の耳に挿す。
「ママ、かわいい」
無邪気に笑う優愛に、真由子は「ありがと」と微笑んでみせ、同じように花を摘む。
一つ、二つ、三つ………と、数本摘んだ後、それを束ね、花を足して括りつけていく。
「ママ、何を作ってるの?」
不思議そうに覗き込んでくる優愛に、真由子は含み笑いで「内緒」とだけ返した。
「出来上がってからのお楽しみ」
優愛は、真由子の手元を食い入るようにじっと見詰める。
何が出来るのかソワソワしながら。
真由子は優愛の様子を微笑ましく感じながら、花を摘んでは括り、摘んでは括り……を繰り返した。
やがて一定の長さになったものを端と端とを繋げ、小さな輪にする。
「完成しました。優愛お姫様」
出来上がったものを優愛の頭に乗せてやる。
「わ、わぁっ!すごーい!お花のかんむりだ!ママ、ありがとう!!」
大喜びする優愛を真由子は満足気に眺める。
ボリュームのある白い花の冠は、漆黒の髪によく映える。
幼い少女を本物のお姫様に変える力を持っているかのように可憐で美しい。
「……こんな事しか出来なくてごめんね」
ポツリ……呟いた言葉は、はしゃぐ優愛の耳には届かなかった。
「ママは、どうしてパパを選んだの?」
真由子から花の冠の作り方を教わりながら、優愛が訊ねた。
真由子は、花を括る手を止める。
「それはね、パパが優しくて思い遣りのある人だったから」
「思いやり?」
「心が温かいって事だよ」
優愛は、嬉しそうに「そっか」と言った後「じゃあ…」と、続ける。
「ママはパパの事、大好き?」
真由子は、少し答えるのを躊躇したものの、照れを隠して正直に答える。
「うん……大好きだよ」
「だよね~」
真由子の答えに、優愛は満面の笑みだった。
中々上手に括れずもたつく優愛に、真由子が手を差し伸べる。
「茎をもう少し長めに摘んでご覧。巻き付け易くなるよ」
「うん」
優愛は、真由子のアドバイス通りに、茎を長くした状態で摘む。
長さの十分なそれを今度は、上手に巻き付けていく。
何度か繰り返し、端と端を合わせて綴じれば……
「はい、ママもおひめさま」
真由子が作ったものより少し小さい花の冠。
優愛は、完成したものを真由子の頭にそっと乗せた。
「ありがとう。上手に出来たね」
誇らしげに胸を張る優愛。
真由子は、胸に熱いものが込み上げてくるのを強く感じた。
不意に、優愛が空を仰いだ。
「もうすぐ朝になっちゃうね…」
悲しげに呟いた優愛を真似て、真由子も空を見上げる。
空に浮かんでいた月が消えかかっていた。
手を伸ばせば届きそうな程近くにあった月が今は遠く……
薄く形だけが残っている。
「ママ………わたし、もう行くね」
優愛は、真由子を見ながらぎこちなく笑ってみせた。
今にも泣き出してしまいそうな、痛々しい笑顔。
その表情にとてつもない不安を抱いた真由子は、思わず優愛の腕を掴もうと手を伸ばす。
「えっ………?」
スルリ………すり抜ける体。
真由子の手は、無意味に宙を切るだけ。
「もう、おわかれなの」
涙声で言った瞬間から、見る見る内に、優愛の体が発光し始める。
「ママと会えてよかった……」
光の中で、優愛の体が細やかな粒子に変化していく。
それが何の意味を成しているのかに気が付いた真由子は、必死に優愛を引き止める。
「待って!駄目、行かないで!」
目の奥から、生温いものが湧き上がってくる。
視界がぼやける中、優愛の体に向かって懸命に手を伸ばした。
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