儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第三夜:白紙の母子手帳【8】

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真由子の腕からすり抜けた優愛は、広い花畑の中を駆け出した。


「優愛?」

「ママ、こっちだよ!」


離れた所から大きく手を振り、真由子を呼ぶ優愛。


「よーし……」


真由子は、優愛の誘いに乗って、地面を蹴る。


「待てー!」

「きゃーっ!!」


追い掛けて来た真由子に、悲鳴を挙げて逃げながらも、優愛は嬉しそうに笑っていた。


「待て待て待て~」

「きゃー!ママかいじゅうだぁ!」


楽しそうに追い掛けっこをする二人。

駆け回る事によって生じた風が花を大きく揺らす。


「待って、優愛」

「や~だよ~」


はしゃぎ、逃げる優愛と、同じく童心にかえってそれを追う真由子。

近付いたと思えば、また離れ

離れたかと思えば、優愛が逃げる速度を落とす。

必死に追い掛けてくる真由子を翻弄するように。


「優愛、そんなに走ると転ぶよ」

「だいじょうぶだもん」


真由子が言った傍から、優愛がバランスを崩して前に倒れる。


「優愛!大丈夫?!」


心配して駆け寄ると、優愛はゆっくりと上体を起こす。


「だ、だいじょうぶだよ、ママ」


鼻の先に土を付けながら「ニヒヒッ……」と、悪戯っぽく笑う優愛。


「もう……気を付けなさいね」

「はぁい」


呆れた口調で言いつつも、優しく微笑みながら、優愛の鼻に付いた土を拭ってやる真由子。

そのまま、膝やワンピースに付いた土を払ってやる。


「優愛、捕まえた」


真由子は、優愛の小さな手を握った。


「えへへ………つかまっちゃった」


優愛は母の手を強く握り返した。




「お花、きれいだね」

「そうだね」


二人で花畑を歩く。


「このお花は、儚い花って言うんだって」

「くらいばな?」


真由子が聞き返すと、優愛が得意気に答える。


「うん、キセキをさかせる花なんだって」

「………奇跡、か」


真由子はそっと目を伏せた。


「優愛とこうして会えたのは、奇跡なんだね」


噛み締めるように言う真由子に、優愛は小さく「………うん」とだけ返した。




優愛の歩幅に合わせてゆっくり、ゆっくり歩く。

果てのない花畑の中には、真由子と優愛しか存在しない。


「ねぇ、ママ」

「何?」


優愛が甘えるように真由子の手を自らの頬に引き寄せる。


「わたしは、パパとママのどっちに似てるかな?」


優愛の問いに、真由子は歩みを止めた。

そして、少し屈んで優愛と目線を合わせると、空いている方の手を柔らかそうな頬に向かって伸ばす。

優愛の頬をそっと撫で、慈しむような眼差しを彼女に向けた。


「大きな目は、パパ。高い鼻もパパ………ぽってりとした口は、ママかな?」


曇りのない澄んだ瞳に映る自分の姿を確認しながら、真由子は続ける。


「サラサラの髪はパパ譲りだけど、輪郭はママ………優愛は、パパ似の美人さんよ」


優愛の頬が赤く染まる。


「そっかなぁ~、えへへ」


照れを隠すように頬を掻いた優愛。

それを見て、真由子は目を細める。


「ほら、その仕草………パパと一緒」

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