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第三夜:白紙の母子手帳【7】
しおりを挟む「今から8年前、わたしはママのおなかの中にいたの。早くパパとママに会いたいなーって思いながら、お水の中でフワフワしてたんだ」
少女の口から出た、8年前という言葉に、真由子は耳を疑った。
8年前に流産した子供が無事に生まれていたなら、目の前の少女と同じ年頃だ。
もしかして……と、胸をざわつかせる。
「だけどね………」
少女は、一度瞼を下ろした。
円らな瞳を隠すように。
「……ある日とつぜん、きゅうに苦しくなってね……苦しくて苦しくてたまらなくなっちゃって……もうお水の中から出たいって思ったの」
少女の瞼がゆっくりと持ち上がる。
「………そしたらね、パパとママに会えなくなっちゃった。しんじゃったの、わたし」
目に沢山の涙を浮かべてぎこちなく笑う少女。
真由子は衝動的に少女を抱き締めた。
こんな事、ある筈ない…
有り得ない………とは思いながらも少女の言葉に説得力を感じたのは、どこか自分と夫である亮の面影を感じさせる所為。
「……っ、ごめん……ごめんね…」
「ママ?」
真由子の腕の中に収まる小さな体。
強く抱き締めたら、壊れてしまいそうな華奢な体にも拘らず、腕に力を込めずにはいられない。
まるで体温が感じられず、人形を抱いているような感覚。
それでも、真由子にとっては、最愛の娘で…
「元気に産んであげられなくて……ごめんね…」
ただ大粒の涙を流して、謝罪の言葉を繰り返すのみだった。
成長した姿で現れた娘。
少女は、真由子の胸に甘えるように顔を埋めた。
「ママに会いたかったの」
細い腕が真由子の背に回る。
「ずっとね、こんな風にママに抱っこして欲しかったんだぁ」
少女の言葉に、真由子の胸がチクリ……と痛んだ。
真由子は、少女の頭をそっと撫でながら問う。
「……他にママがあなたにしてあげられる事はない?」
少女は、間髪入れずに答えた。
「あのね……お名前が欲しいの」
真由子は、腕の力を抜いた。
「お名前……?」
真由子が確認するように聞くと、少女ははにかむ。
「うん、すてきなお名前をママにつけて欲しいの」
少女は、ねだるように上目遣いに真由子を見上げた。
名前を望む少女。
真由子は、瞬時に頭に浮かんだ名を口にする。
「………ゆあ」
「え?」
少女は、大きく目を見開いた。
「優しく、沢山の人から愛されますように………そんな願いを込めて優愛……」
「ゆあ?」
小首を傾げて聞き返す少女に、真由子が優しく微笑みかけながら言う。
「うん……パパとママがね、お腹の赤ちゃんが女の子だったらつけようねって決めた名前…………あなたは優愛なのよ」
「………ゆあ、優愛…」
優愛と名付けられた少女は、自らの名を何度も復唱する。
「そっかぁ……わたし、優愛だったんだ…」
嬉しそうに笑い、頬を赤らめた少女。
真由子は、彼女の細い体を今度はそっと抱き締めた。
「…優愛……何てかわいいの」
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