儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第三夜:白紙の母子手帳【6】

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真由子はサンダルを履いて庭へ出た。

那奈の指差す場所には、目を見張る程美しい白い花が一輪、風にそよいでいた。


「本当だ……とても綺麗…」


透明に限りなく近い白。

薄い花弁が幾重にも重なり合い、見事な大輪を造り出している。


「朝は蕾だったのに………夜にかけて咲く花なのかしら?」

「ままーなんておはな?ちゅーりっぷ?」


那奈が真由子の服の裾を引っ張った。


「うーん………お花の名前聞いたんだけど、忘れちゃった。さぁ、お家に入ろうね」


真由子は、もう少し見ていたい衝動を抑え、子供達を連れて家の中に入った。





陽が完全に沈み、代わりに蒼白い月が夜空を支配した。


「………何だか、体が重い感じがする…」


真由子は、酷い倦怠感に襲われた。


「風邪でも引いた?後は俺がやっとくから、早く寝なよ」

「……うん、ありがとう」


まだ終わっていない家事を亮に任せ、早々と床に就く。

瞼を閉じたと同時に、深い眠りへと引き込まれてていった。







気が付くと、辺り一面の花畑の中にいた。

無数に咲き誇る白い花は、庭で蕾を開いたそれと同じ。

甘く、優しい香りが鼻腔を擽る。

頭上に広がりし空は、色素の薄い青。

その中に浮かぶ月は、大きく蒼白い。

迫るように近くて、手を伸ばせば触れてしまえそうな程近い距離にあった。


「………ここは一体…」


現実世界とは近くて異なる空間。

真由子は、手近な花に触れてみる。


「この花………庭のと同じ…」


可憐な姿を目で感じ、滑らかな質感を指先で感じる。


「………何て花だったっけ?」


呟く真由子の視界の端に、一羽の蝶が映った。

すぐに視線を蝶に向ける。

光輝く、金色の羽根を持つ蝶。

ヒラリ、ヒラリ……と、羽根を翻して真由子の周りを飛ぶ。

舞うように、美しく、優雅に。

蝶の演舞に魅了された真由子は、その姿を残らず捉えようと目で追った。


「ママ」


不意に背後から聞こえたのは、幼い子供の声。

振り返ると、そこには見覚えのある少女が居た。

鎖骨辺りまで伸びた漆黒の髪。

生成り色のノースリーブのワンピース。

袖から伸びる腕は透き通るように白い。


「あなたは……確か、この前の…」


邪気のない笑みを向ける少女は、先日街中で見掛けた少女と同じ…

驚き、戸惑う真由子に少女はもう一度呼び掛ける。


「ママ」

「………え…」


ほぼ初対面に近い少女にママと呼ばれ、真由子は目を丸くした。


「私が……ママ…?あなたの?」


少女は、はにかみながら小さく頷いた。


「うーん……初めまして、じゃ、おかしいね。でもひさしぶり、でもないし……」


訳が分からず固まる真由子を他所に、少女は小首を傾げて悩み出した。

それから


「あのね、びっくりしないでね」


そう前置きをして自らの素性を語り始めた。
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