儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第三夜:白紙の母子手帳【5】

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「男の子か女の子かすら分からなかった……」


白紙の母子手帳を胸に抱き、亡き我が子に想いを馳せる。


「産んであげられなくてごめんね……」


か細い声で呟く真由子の頬に、涙が伝う。

と、窓の外からクラクションが聞こえてきた。

ハッ……として、部屋の時計を見ると、子供達が幼稚園から帰ってくる時間…

真由子は、慌てて涙を拭うと、母子手帳を元の場所に仕舞い、部屋を後にした。


強い雨が傘を弾く。


「ママー!ただいまー!」

「ままー!」


玄関前に現れた真由子を見て、嬉しそうにバスから駆け降りてくる誠と那奈。


「おかえり。幼稚園は楽しかった?」

「うん!きょう、ねんどでかいじゅうつくったよ」

「ななも、ねんどしたー」


閉まるドア。

バスの中から手を振る教諭に、小さな手を大きく振り返す子供達の姿に、真由子の表情が自然と綻んだ。





数日後。

いつも通り亮の出勤と、子供達の登園を見送った真由子は、庭で洗濯物を干していた。


「いい天気」


太陽の光に目を細めながら、シーツの皺を伸ばす。

タオルと家族分の服や下着を干し、家の中へと戻ろうとした時、庭の片隅に見覚えのない花が蕾をつけている事に気が付いた。


「………この花って…」


近付き、そっと触れてみる。
 
固く閉じた蕚片。

その先から見える花弁の色は白。

いや、白というよりは、透明に近い。


「この前、奇妙な人から貰った種……よね………近い内に咲くのかしら?」




『きっと、この種は奥さんの悲しみを癒してくれる』




脳内にこだまする、あの時の男の言葉。

その言葉の意味は分からない。

けれども、花が開けば、その意味を知る事が出来るのだろう。

真由子の心は、好奇心から成る期待に満ちていた。




その日の夕暮れ時。

朱に染まった太陽が西へと徐々に沈んでいく。

それと同時に、固く閉じていた蕾が綻びる。

ゆっくりとたおやかに。





「誠、那奈、もうお外暗いから早くお家の中に入りなさい」


真由子は、庭で遊ぶ子供達に縁側から声を掛けた。

むくれながら「はぁい」と返事をしてゴムボールを外の物置小屋に仕舞いに行く誠。

那奈は返事もせずに庭の一角を見つめている。


「那奈、聞こえてるの?」


真由子の問いをかわすように、那奈が少し離れた先を指差して言う。


「ままー!きれいなおはながさいてるよー!」
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