儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第三夜:白紙の母子手帳【4】

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『順調ですね』


エコーの画面を食い入るように見詰める真由子に医師が笑顔で言った。


『心拍も確認出来ましたので、次回の検診までに母子手帳を貰って来て下さいね』

『はい』


結婚して5年、漸く授かった命。

白黒のモニターの中で、ピコピコと動く我が子の小さな心臓に涙が溢れた。

まだ人間の形には程遠いけれども、真由子にはいとおしくて堪らない存在だった。




産院を後にしたその足で、真由子は役所へと向かった。

母子手帳を貰う為に。


『お一人目ですか?楽しみですね』


職員から手渡された手帳は、妊娠の実感を更に強めてくれた。


『元気な赤ちゃんを産んで下さいね』

『ありがとうございます』


正に幸せの絶頂だった。




その翌日、異変が起きた。


『あれ………何か痛い……』


下腹部の鈍痛に真由子の顔が歪む。


『どうした?』


心配そうに見守る亮に背を向け、トイレに駆け込む。


『嘘……何で………』


下着に付着した鮮血が真由子を青ざめさせた。

亮の運転で産院に向かう。


『やだ………どうしよう、やだ…』

『大丈夫だよ、大丈夫』


涙を流して助手席で震える真由子を励ましながらも、亮は産院に急いだ。

産院に到着すると同時に、診察室へと通された。

そして、医師から二人に残酷な診断が下される。


『…………残念ですが…』


診察室に真由子の嗚咽が響いた。





我が子を失った真由子は、己を責めた。


『私がもっとちゃんと体調管理してれば…』

『違う。真由子の所為じゃないよ。産院の先生だって言ってたろ?原因は分かんないって、こういう事もあるって』


取り乱す真由子を、亮は必死に支える。


『やっと赤ちゃん出来たのに………ごめん、ごめんね…』

『真由子………自分を責めるなって』


真由子と亮の悲しみは、果てしなく深いものだった。




悲しい出来事から3年。

辛い悲しみを乗り越えた二人の間に、男児が生まれた。

その翌年には、女児が生まれた。

男児は誠、女児は那奈と、其々名付けられ、真由子と亮に大切に育てられた。

年子という事もあり、育児の負担は相当なものだったが、二人は幸せだった。

二人の子供が健やかに成長し、嬉しい反面、複雑でもあった。




ーーもし流産していなかったら、きっとここにはあの子も……



そう思わずにはいられなかった。

元気に生まれていれば、今頃はランドセルを背負って小学校に通っていただろう。

天に還った我が子を想いながらも、悲しみに蓋をして過ごす毎日。

私は幸せなのだと、自分自身に必死に暗示をかけてやり過ごすしかなかった。
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