儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第四夜:幸せへの道標【10】

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香菜は、司の手を取り、懐かしそうに眺める。


「司の手って、こんなに大きくて、ゴツゴツしてたっけ?」


大きくて、骨張った手。

長い指先には、深爪気味の丸い爪がある。


「司は、いつも深爪だったよね…」


二人で出掛ける時は、いつも必ず繋いでいた手。

はぐれてしまわないよう、しっかりと指を絡めて。

その時の事を思い出しながら、司の手に指を絡める。

前と同じように、握り返してくる司。

握った感触も前と同じ。

ただ、生前と違うのは、体温が感じられない事。

繋いでいる感じはあるのに、温もりはない……

それが、司が故人である事を明確にしている。

香菜は、また涙が込み上げてくるのを感じた。

司は、目元を押さえる香菜を見て、何も言わずに、絡めた指先に力を込める。


「………ねぇ、覚えてる?」

「んー?」


潤んだ目から涙が零れ落ちないように、空を仰ぎながら香菜は言う。


「付き合って、初めてのデートの時の事」


香菜を真似て、空を見上げる司。


「覚えてんよ。確か、遊園地でめっちゃはしゃいで……楽しかったな」

「うんうん、すっごく楽しかった。でもさ、あの時、司ってば待ち合わせに1時間近く遅れてきたよね」


香菜の言葉に、司は苦い顔をする。


「それ、まだ根に持ってる?もう時効だろ?」

「えぇー?根に持つよ。この先もずっと。あの時の言い訳が“香菜とのデートが楽しみで眠れなくて、寝坊した”って……許しちゃったけど、今思えばかなりあざとい言い訳だよね」


嬉しそうに言う香菜に、司が盛大に嫌味を込めて言う。


「やーな女」


香菜は、怒る所か、小さく「ふふっ」と、笑った。

「じゃあさ……」と、今度は司が話を切り出してくる。


「俺達の最後のデートは?」

「ん?」

「香菜、覚えてる?」


香菜は、少し考えてから答える。


「うん、覚えてる……」


そっと目を伏せると、乾き切らなかった涙がツゥ……と、頬を伝った。


「式の打ち合わせに行って、衣装合わせしたよな」

「うん……」


香菜は、司に分からないように、こっそりと涙を拭った。


「司のタキシード、格好良かったよ。惚れ直しちゃうくらい」


照れを誤魔化すように、明るく言う香菜。

司の頬が真っ赤に染まった。


「香菜だって、ウエディングドレス………マジで綺麗だったし」


ぎこちなく言う司は、耳まで赤くしている。

からかいたい衝動を必死に抑えて、香菜は「ありがと」と、囁いた。


「その後、パフェ食べに行ったね」

「あぁ、旨かったな、あのパフェ。クリームたっぷりで」


嬉しそうに言う香菜に、司は目を細める。


「うんうん!その帰り道にさ、歩道でバージンロード歩く練習なんかもしたね」


香菜は、司の腕に自身の腕を通すと「こんな風に腕組んで」と、無邪気に笑う。


「そうそう、あの時の俺等、完全にバカップルだったな」

「歩道でなんて、迷惑もいいとこだよね。通りすがりのおばちゃんの冷たい視線が痛かった」


思い出話に花が咲く二人は、互いに顔を見合わせると、心底楽しそうに笑い合った。
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