儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第四夜:幸せへの道標【9】

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「大切な人を失うのが怖くて………もう二度とこんな悲しくて辛い思いをしたくなくて………それならいっそ、一生一人で生きて行こうって思ってた……」


拭った筈の涙が、また溢れて、香菜の頬を伝う。


「だけど、私を愛してくれる人がいて、結婚しようって言ってくれた…」

「………うん」


司は静かに目を伏せた。


「嬉しかった………けど…」


言葉を詰まらせる香菜に、司が「けど?」と、続きを催促する。


「けど………私の心の中には、司がまだ居るの。だから、私、結婚なんて……」

「………うん」


嗚咽で言葉を紡ぐ事が出来なくなった香菜は、崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。


「………好きだよ、司」

「…………」


掛ける言葉が見付からないのか、司は黙って香菜を見下ろしている。


「…ずっと、ずっと傍に居て欲しかったよ…」


司は、大きく深呼吸をした後、香菜の頭に手を置いた。


「ったく………いつまでもメソメソ泣いてんじゃねーよ」


香菜の頭をグリグリと雑に撫でたかと、軽く拳骨を落とす。


「俺は、香菜の笑ってる顔が好きなんだけど?湿っぽい泣き顔ばかり見せられたらたまったもんじゃねーな」


ぶっきらぼうな物言いに、香菜がゆっくり顔を上げると、司が無邪気に笑い掛けてくる。


「ほら、笑えって」

「………司」


司は、香菜に目線を合わせると、彼女の両頬を強引に持ち上げた。


「いいから笑え!香菜は笑顔が一番かわいいんだからな」


促されるままに、無理矢理笑顔を作る香菜。

司は満足したのか、そっと手を下ろす。


「ありがと、香菜。まだ俺の事を想っててくれて」


穏やかな口調で言った司は「でもさ……」と、言葉を繋げる。


「どんだけ香菜が俺を想っても……どんだけ香菜の心に居ても……俺はもう香菜と同じ世界には居ないから」

「司………」

「もう……死んじまったからさ…」


司の悲しみを帯びた笑顔は、香菜の心を引き裂くような痛みを与えた。

二人は花畑に腰を下ろし、身を寄せ合う。


「なぁ、香菜の彼氏ってどんなヤツ?」


司が何気ない素振りで切り出してきた。


「何?いきなり………もしかして、気になるの?」


含み笑いで聞き返す香菜に、司は「別に……」と、そっぽを向く。

照れているらしい司を微笑ましく感じて、ほくそ笑む香菜は、司の手に自らの手を重ねた。


「真面目で誠実な、とても穏やかな人だよ、智明さんは。歳上だから大人の余裕もあるし…」

「ふーん……」


司は、自分で聞いておきながら、気のない返事をする。


「何よ、自分から聞いといて……」


司の反応の薄さに、香菜は不満気に口を尖らせた。


「だってさー……聞いてみた感じだと、俺とは正反対のタイプっぽいし……てっきり、俺と似た奴なんかなーって…」


心底面白くなさそうい言う司に、香菜は笑って言う。


「確かに、思い遣りのある所は一緒だけど、後は全然違うかも」


香菜は、目を伏せながら「でも…」と、続ける。


「だからこそ、司と比べなくて済むじゃない?」

「そうかー?」


元気で明るい剽軽者の司と、真面目で穏やかな性格の智明。

二人は、似ても似つかない性質を持っている。


「そうだよ。全くの正反対だからこそ、敢えて比べてみようと思わないもの」

「そういうもんなの?」


理解出来ないとばかりに首を傾げる司に香菜は 「そういうもん」と、笑った。
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