儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第四夜:幸せへの道標【8】

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強烈な倦怠感と疲労感が香菜の体を鉛のように重くする。


「……何だか、疲れたな」


香菜は、風呂から上がると、髪もよく乾かさずにベッドに横になった。

瞼が異様に重い。

目が開けていられない程。

布団の重みと、毛布の肌触りが、香菜を夢の世界へと誘う。





深い、深い、闇に落ちていく感覚がしたと思ったのは一瞬。

すぐに、体がふわり……と、宙に浮き上がるような感覚がする。

やがて、体がゆっくりと降下し、柔らかいものの上に着地した。

仄かに甘い香りが鼻を擽る。

香菜は、そっと瞼を持ち上げた。

視界に飛び込んで来たのは、純白の景色。


「ここは……」


そこには、一面の花畑が拡がっていた。


「この花……あの男の人から貰ったものと同じ………だけど、こんなに沢山…」


見渡す限り、白、白、白。

数え切れない程の儚い花が咲く中に居る自分に戸惑っていると、香菜の視界の端に金色の蝶が映り込んだ。


「蝶々……?」


蝶は、花から花へ、舞うように飛び移る。

かと思えば、天高く舞い上がり、光を放ちながら消えた。


「………消えた?」


蝶の消えた先にあるのは、限りなく白に近い色素の薄い空と、蒼白く大きな月。

空には、星がなければ、雲もない。

昼夜の区別がつかない空をぼんやり見上げていると


「え………」


突然、何者かが背後から香菜の体を包む。


「香菜」


香菜は、自身の耳を疑った。


「………少し痩せたんじゃねーの?ちゃんと食ってっか?」


低く、しゃがれた声。

好きだった優しい香り。


「…………嘘……何で…」


懐かしさと共に、熱いものが込み上げてきた。

恐る恐る体を反転させる。


「な~に泣いてんだよ」


愛嬌のある、人懐っこい笑顔。

香菜は、我を忘れて彼の胸に飛び込んだ。


「司……司ぁ…」

「おっ………バカ、そんなに泣くなよ」


止めどなく溢れ出る涙。

堪えようにも堪えようがなく……

香菜は、懐かしいその胸に顔を埋めて感情のままに泣いた。


「何で………何で死んじゃうのよ!」

「……悪い、ドジった」



飄々と言う司に、香菜は鋭い眼差しを向けた。


「ドジったって………馬鹿じゃないの?!沢山の人を悲しませて……男の子を助けても、司が死んだら意味ないじゃない」

「………悪い」

「あの男の子ね、ランドセル背負って、元気に小学校に通ってるんだって。司に感謝してもしきれないって言ってたよ」

「そっか……良かった」


表情を和らげる司に、香菜が「良くない!」と噛み付く。


「招待状送った後だったから、結婚式のキャンセルだって大変だったし………何より…」


苦しそうにしゃくりあげながら、香菜は何度も強く司の胸を叩く。


「私がどれだけーーー…」
「香菜」


泣きじゃくる香菜の言葉を遮った司は、袖口で彼女の涙を拭い、強く抱き締めた。


「ごめんな………一人にして。ごめん」

「っ、司ぁ……」


子供をあやすように頭を撫でながら、耳元で「ごめん……」と、繰り返す司。

香菜は、司の背に回した腕に強く力を込めた。

互いの存在を確かめ合うように、強く抱き締め合う二人。

離れていた時を埋めようと懸命に。

不意に、司が口を開く。


「……幸せにしてあげられなくてごめん」


明るい司らしからぬ、絞り出すようなか細い声に、香菜の胸がギュッと締め付けられた。

香菜は、司からそっと身を離す。


「……私ね、司が居なくなってから、自棄になってた」


新たに溜まった涙を手の甲で拭いながら、香菜は続ける。
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