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第四夜:幸せへの道標【7】
しおりを挟む「この前は突然過ぎたよね、ごめん」
香菜は、弾かれたように顔を上げる。
智明は、眉を下げて笑っていた。
「どうして智明さんが謝るの?謝らないといけないのは私の方…」
確かに、プロポーズは突然だった。
けれども、それは順調な交際をしていたからこそ、自然な流れとも言える。
それに大きく動揺して、智明をレストランに置き去りにするという無礼を働いたのは香菜の方だ。
非は、明らかに香菜にある。
「あの時は本当にごめんなさい…」
しおらしく、誠意を込めて謝罪する香菜。
「確かに、突然の事に驚いたけど、凄く嬉しかった………」
智明は、優しい眼差しを香菜に向けている。
「智明さんとだったら幸せになれると思うし、きっと明るく楽しい家庭を築けていけると思う………でも……でもね…」
香菜は言葉を詰まらせる。
どう頑張っても「でも…」の後に言葉を紡ぐ事が出来ないのだ。
「………でも…」
想いを上手く言葉に出来ず苦しむ香菜に変わって、智明が口を開く。
「亡くなった彼氏の存在が、まだ香菜の中にあるんだろ?」
「え…………」
智明が発した言葉に、香菜の頭が真っ白になった。
「………知ってたの…?」
香菜がか細い声で確認すると、智明は静かに頷いた。
「香菜の同僚の小川さんから教えて貰ったんだよ」
「嘘……いつから?…いつから知ってたの?」
茫然とする香菜。
「最初から」と、前置きした智明は、穏やかな口調で語り始める。
「香菜の第一印象は、影のある人だな、だった。それがやたらと気になってね……」
香菜は、智明の話にじっと耳を傾ける。
「それとなく小川さんに聞いたんだ。そしたら、結婚式を目前に恋人が事故死して、それを引き摺っているんだって教えてくれたよ」
「………そっか……最初から知ってて…」
譫言のように呟く香菜に、智明は優しく続ける。
「それを知った途端、香菜を支えてあげたいって思った。今思えば、俺、かなり香菜にしつこくしたよな…」
頭を掻きながら苦い笑みを浮かべる智明。
ここで漸く香菜に笑顔が戻った。
「………うん。最初、この人何なんだろうって思ったよ」
「ははっ……酷いな」
出会った頃を思い出して笑う香菜を見て、智明は嬉しそうに目を細める。
「俺は、亡くなった彼氏より大きな存在にはなれないかもしれないけど、香菜を幸せにしたい気持ちは、誰よりも大きいと思う」
「………智明、さん?」
智明は、強い意志の籠った眼差しで、香菜に訴えかける。
「これからも香菜を支えたいし、香菜の悲しみを共に背負いたい」
香菜は、何も言えずに、智明を見つめ返すだけ。
「だから、俺と結婚して欲しい」
瞬きを忘れて固まる香菜。
それを見て、智明が笑いを堪えながら言う。
「気長に待つから、返事は“イエス”のみで頼むよ」
鍋料理で体を温めて帰宅した午後9時。
星一つない闇に、蒼白い月だけが浮かんでいる。
「………何だか、妙に迫力のある月…」
アパートに戻ると、すぐに鉢に水を与えにベランダに出る。
と、白い花が咲いているのに気付いた。
「………咲いてる」
朝、部屋を出るまでは、確かに蕾だった。
香菜は、鉢を手に取り、繁々と眺める。
鉢の中で咲くのは、目を見張る程美しい花。
透き通るように白い花弁が幾重にも重なり合い、見事な大輪を作り出している。
月の光に照らされ、神々しい存在感を放っているソレは、夜風に吹かれ、小さく葉を揺らした。
「こんな陽の当たらない夜に咲くなんて……」
そっと花に触れると、ひんやり冷たい。
夜風に晒され、冷えているのだろう。
「あの男の人……奇跡なんて言っていたけど……案外、普通じゃない」
確かに、見目麗しい花が咲いた。
けれども、単純に美しい、綺麗だと思えても、奇跡と呼ぶ程のものではない。
損はしていないが、何となく腑に落ちない気持ちが胸に発生した。
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