儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第四夜:幸せへの道標【6】

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翌日、洗濯物を干そうとベランダに出ると、即席の鉢から、緑色が覗いているのが目に入った。

確認すると、種が発芽し、小さな双葉がその存在を大きく主張している。


「昨日の今日で、もう芽が出てる………」


思っていたよりも早い発芽に驚きながらも、きちんと芽が出た事に喜びを感じる香菜。


「早く奇跡の花とやらを見てみたいな……」


昨日と同様に、コップに汲んだ水をたっぷりと掛けてやる。

水に濡れて潤った双葉。

葉に付いた極小の水滴が、キラキラと陽の光を反射している。


「案外かわいいものね…」


花なんて……と、小馬鹿にしていたものの、小さな双葉に愛しさが芽生え始める。

鮮やかな葉の色、瑞々しさ。

それらが香菜の心に潤いを与えた。





香菜は、毎日朝晩欠かさず鉢に水を差す。

時折「早く咲いてね」等と話し掛けながら。

芽は、それに応えるように、日に日に成長していき、葉を拡げ、茎を伸ばしていった。

茎の先に、小さな蕾が出来る頃

香菜の携帯は、智明からの着信履歴でいっぱいになっていた。

《会って話がしたい》という、旨のメールもいくつか受信している。

香菜は、確信していた。

きっと、求婚の答えを渋った理由を問いたいのだろう……と。





『……ごめんなさい』


ただ、一言だけ呟いて、智明をレストランに置き去りにしたあの日。

席を立った時の、智明の何とも言えないような切ない顔が脳裏に過った。

忽ち、胸が痛くなる。




ーー最悪、別れも覚悟しなければならないだろうな…




仕事を理由に会うのを拒み続けて、一週間近く。

これ以上は誤魔化しようがないと、香菜は覚悟を決めた。

仕事帰りに待ち合わせ、智明の車の助手席に乗り込んだ。

前回の一方的な別れから、気まずさを感じている香菜に反して、智明は何事もなかったかのように話し掛けてくる。


「最近忙しかったみたいだけど、仕事の方は落ち着いた?」

「………うん」


自分のついた小さな嘘が、自身の胸を締め付ける。


「あんまり根を詰めて、体を壊さないようにね」

「……うん、ありがと」


智明の優しさが、香菜の心に痛みを与え、言葉を詰まらせた。

助手席で俯く香菜に、智明が言う。


「お腹空いたね。寒いし、鍋でも突っつこうか?」





智明に連れられるまま、和食ダイニングの店に入る。

個室に通され、向かい合って席に着いた。


「準備が出来るまで少々お待ち下さいませ」


店員が戸を閉めると、店内の音が遮断され、無音の空間が出来上がった。


「静かだね」

「………うん」


優しく微笑み掛けてくる智明に、香菜は口元が引きつるのを感じながらぎこちなく微笑み返す。

やがて、店員によって土鍋が運ばれてきた。

IHコンロのスイッチが入る。


「早く食べたいな」

「……そうだね」


どう話を切り出そうか……

鍋をぼんやり眺めながら考え込む香菜。

静かな個室に重い沈黙が続く中、先に口火を切ったのは、智明の方だった。

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