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第四夜:幸せへの道標【5】
しおりを挟む男の言葉に戸惑う香菜。
それを見て、男は更に含みを持たせて続ける。
「今、貴女は重大な選択を迫られている………だけど、答えが出せない…」
「…………」
香菜は、息を飲んだ。
同時に、全身に鳥肌が立つ。
「迷い………言葉を変えるならば、貴女が羽ばたけないように括られた足枷と言った所かな」
まるで、香菜の全てを見透かしているかのような口振りだった。
初対面の、見知らぬ怪しい男に心に巣食う迷いを見抜かれ、怖いという感情を抱いた。
言葉も大して交わしていないというのに。
男は、逆さのビールケースの上に置いたトレーから黒い粒を一つ摘まむと、それを香菜の前に差し出した。
「貴女にこれをあげよう」
黒い、やたらと艶のあるアーモンド様の楕円形。
「………何ですか?それは…」
恐る恐る聞く香菜。
警戒心からか、身を引いている。
そんな香菜の様子に、男は「フッ…」と笑ってから、しゃがれた声で言う。
「なぁに、ただの花の種さ」
「花の種………ですか…」
少しだけ興味を持った香菜。
男の前に歩みより、手の中から種を拾う。
僅かに触れた男の手は氷のように冷たい。
それに驚きながらも、拾った種を指先で転がして繁々と眺める。
「どんな花が咲くんですか?」
香菜が問うと、男が口元に笑みを携えたまま言う。
「こいつはね、儚い花といって、世にも美しい奇跡の花を咲かせる」
「くらい、花……?」
男は、コクリ……と頷いた。
「この種は、貴女を幸せへと導く道標となるだろう…」
「道標……ですか…」
香菜は、手のひらの種を包み込むように握る。
「……たかが花じゃないですか。それが幸せになんて大袈裟な…」
たかが、花。
そんなものが一体何をしてくれるというのか……
鼻で笑う香菜に、男が念を押すように、声を低くして言う。
「この花は、必ず貴女の役に立つ」
「………」
男の言葉に信憑性は感じられないが、妙な説得力はある。
香菜は、騙されたと思って、種を持ち帰る事にした。
自宅アパートへと帰宅した香菜は、早速種を埋めようとするも、肝心な鉢がない事に気が付いた。
仕方なしに、空いた缶詰めの底に穴を開け、アパート周辺の土を詰めて、即席の鉢を作った。
見栄えは今一つ。
けれども、花が開けば良いのだから……と、あまり見た目に拘らない。
即席の鉢の真ん中を窪ませ、そこへ種を置いた。
「こんなものが何になるのかな…」
一人、小さくぼやきながら、そっと土を被せる。
コップに汲んだ水を静かに注ぎ、土がたっぷりと湿ったのを確認してから、鉢をベランダの隅に置いた。
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