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第四夜:幸せへの道標【4】
しおりを挟む最愛の人を失った悲しみは、決して癒える事はない。
智明に惹かれながらも、心の中に居る司の存在を消す事が出来ないでいる香菜。
それをひた隠し、何も知らない智明に笑顔を見せる。
心の中で、自身を“嘘つき”と罵りながら。
智明の求婚は嬉しい。
ただ、心から喜べていない。
それは、やはり………
司をまだ愛しているから。
若くして死した司を忘れて、自分だけが幸せになるなんて…………
そんな想いから、香菜は智明の求婚を受け入れる事が出来なかった。
智明の求婚に背を向けたまま、数日が経った。
仕事を終えた香菜は、会社を出て帰路につく。
一週間分の疲労の蓄積が、全身に重くのし掛かっている。
「ふぅ………疲れた…」
凝り固まった筋を解すように首を回すと、関節がパキポキ音を鳴らした。
週末だというのに香菜の表情は浮かない。
複雑な想いを抱えているからか。
智明への返事をいつまでも先延ばしにしておけないのだろう……
智明に司の事を話すべきなのだろうか?
………いや、重過ぎるか。
決して気分の良い話ではない筈だ。
けれども、このまま返事を誤魔化し続けるのは限界がある。
どうする?どうする?……と、自問自答を繰り返しながら、家まで続く道を進む。
と、不意に、馴染みのない路地が目についた。
「こんな所に脇道なんかあった…?」
通勤でいつも通る道は、生け垣が長く続いている箇所がある。
普段は特に気にした事はなく、注意深く見た事等ないものの…
確か、生け垣に途切れはなかった筈なのだが……
香菜は、路地の入り口の前に立ち止まり、様子を窺う。
生け垣と生け垣の間を突き抜ける路地の先は暗い。
不気味に続く一本道の先に、人家があるようには到底思えなかった。
「………この先には何があるんだろう…?」
香菜が呟いた途端、路地の先からヒュー……と、冷たい風が吹き抜けた。
かと思えば、今度は香菜の背を押すように、追い風が吹く。
香菜は、強い好奇心から、足を前に出した。
一歩、また一歩と。
前に進む程に視界は暗くなり、空気も冷たくなっていく。
「………何か、寒っ…」
首を窄ませ、鳥肌の立った腕を擦りながら奥へと進む。
「やぁ、お姉さん、ごきげんよう」
路地の突き当たりで香菜を迎えたのは、黒いパーカーのフードを深々と被った男。
香菜の足が止まった。
フードの男は、地べたに胡座を掻きながら、煉瓦の壁に体を預けている。
その隣には、逆さのビールケースが置かれ、『夢の種あります』との手書き看板が添えられていた。
不気味な雰囲気を漂わせた男は、口元に薄く笑みを浮かべている。
「す、すみません、道を間違えたみたいで……」
香菜は、そそくさと元来た道を戻ろうと踵を返そうとした。
それを男が引き止めるように言う。
「間違いではないよ、お姉さん。貴女は、導かれてここに来たのだから」
「…………え…」
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