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第四夜:幸せへの道標【3】
しおりを挟む婚約者の司は、剽軽で朗らかな性格だった。
カラリと晴れた夏空のように、明るく、爽やかな青年だった。
正義感が強く、困っている人を捨て置けない、少々お人好しな一面もあったが、そこも彼の魅力でもあった。
香菜は、彼を心から愛していた。
彼も、香菜を深く愛していた。
翌月に控えていた結婚式をキャンセルし、招待状を送った方々へは、新郎の他界と式の執り止めを伝えた。
身に纏う筈だったウエディングドレス
父と歩く筈だったバージンロード
全てが、幻へと消えた。
手元に残ったのは……
数々の思い出と、司から贈られた婚約指輪、だった。
季節の移り変わりと共に、司が過去の存在へと変わっていく。
思い出される事もなくなり、人々の記憶からどんどん消えていく。
人が一人、この世から居なくなった。
けれども、多くの人間には、そんな事は関係無く、関心も示さない。
世界は何一つ変わらずに時が流れている。
当たり前に淡々と過ぎ去る日常。
司はもう居ない……
香菜は、世界から一人取り残されたような強い孤独を感じていた。
人懐っこい、無邪気な笑顔。
学生時代の部活の声出しでしゃがれた声。
『香菜』
名を呼ばれる度に、胸が躍った。
『寒いだろ?』
手を繋ぐと心地好い体温が伝わってきて、芯から冷えた体を温めてくれた。
『これから先、ずっと一緒に居ような』
何気無い日々の中での言葉。
どれを取っても、香菜には記憶から消す事が出来ないかけがえのないもの。
司は、香菜の全てだった。
司への想いを胸に仕舞ったまま、時の流れに身を任せるだけの香菜を救ったのは智明だった。
智明とは、仕事の関係で知り合った。
初めは、会社の取引先の人間という認識しかなく、彼にさほど関心はなかった。
『食事に誘ったら迷惑ですか?』
それこそ、初めの内は、適当な理由をつけて断っていたのだが……
『ワインはお好きですか?』
『和牛の美味しいお店があるのですが…』
『この近くに行き付けがありまして……ご一緒にいかがですか?』
断ってもめげずに何度も誘ってくる智明に心を打たれ、二人で食事をする事に。
仕事の話から、たわいもない話まで。
真面目で、落ち着いた雰囲気を持つ智明。
彼はとても聞き上手で、香菜の話を心底楽しそうに聞き、相槌を打ってくる。
智明が選んだ食事も香菜の舌を喜ばせる。
香菜は、智明との食事の回数を重ねる毎に、少しずつ彼への印象が変わっていくのを感じていた。
智明は、司の死から心を閉ざしがちになっていた香菜の心を徐々に開いていったのだ。
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