その声は媚薬.2

江上蒼羽

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未来の為に【裏】⑥

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「ごめん……」


開口一番に謝罪の言葉が出てきたから、ネガティブな思考が巡った。

このまま振られるのかもしれない。

結婚を匂わすような重い男とは付き合えないとか言われたりして。

そしたら俺は立ち直れないだろうなとどこか他人事のように思いながら、瑞希の言葉をひとつ残らず聞き逃さないよう耳に全神経を集中させる。


「私……その場しのぎの生き方しか出来なくて、未来の事なんか全然考えてなかった。結婚てカタチにもピンと来てなくて………本当ごめん」


ゆっくりと間を取り、時折悩んだように眉間に皺を寄せたり小首を傾げながら語る様は、言葉を慎重に選んでいるように見受けられた。


「今の状態で十分幸せだったから、このまま現状維持で構わないし、それでいいって思ってた」

「うん……」

「だから竜生から結婚という言葉が出て来て戸惑ってるのは確か」


彼女の口振りからして、結婚したくないというよりかは、自分が結婚するのかどうかを考えた事がなかったという感じだ。

日頃からフワフワして掴み所のない印象の彼女らしいと言えば彼女らしい。

雲を捕まえておくのが不可能なように、俺では瑞希を捕らえられないのだろうか……そんな風に落胆していると、彼女は頬をほんのり染めながら言う。


「私も竜生とずっと一緒にいたいって思ってるから、一緒に暮らそうって言ってくれて嬉しかったよ」


瑞希の貴重な照れ顔に沈んでいた心が浮上する。


「竜生が私との未来を真剣に考えてくれてるなら、私もそれにしっかりと応えたい」


喜びで空高く飛べてしまえるのではないかというくらい、気持ちが上へ上へと舞い上がる。

今日まで生きてきて良かったと心の底から思いながら、場違いな涙を懸命に堪えた。




結婚前提の同棲の約束を取り付け、気分が高揚している。

その勢いのままに瑞希を隣の寝室へと誘った。

いつもに増して艶っぽい彼女の肌は、温泉の効果なのか滑らかで、より興奮を掻き立てる。



「瑞希」


彼女の耳元で名前を呼ぶ度に、中がキツく締め付けられる。

余裕がなくなってギリギリの所を精一杯保ちながら腰を打ち付けた。

大抵瑞希が優位に立つ事が多いけど、今は俺が主導権を握ってる。

瑞希が「もう無理」と目を潤ませて訴えてくるけど、自分でも自分を抑えられない。

朝になって目が覚めたら、実は強い願望からの夢オチだったなんてのは嫌だから、これは現実なんだってしっかり体に刻んでおきたくて、いつも以上にしつこく瑞希を攻め立てた。



もっと自信を持てと言って背中を押してくれた従姉妹に心底感謝してる。

この旅行から帰ったら、今日の事を一番に報告しようと思った。
 
きっとまた俺を小馬鹿にしながらも「タツにしては頑張ったじゃん」と褒めてくれるだろう。

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