売名恋愛

江上蒼羽

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計画始動③

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「………すみません。経験値不足以前に、経験すらなくて…」


異性と手を繋ぐなんて幼い頃以来だ。

しかも、相手は父、もしくは弟のみ。

それでも年頃になれば色恋沙汰的な話の一つや二つあるものだろうけれど、私にはなーんにもない。

覆面ライダーオタクのデブスに好意を寄せるマニアックな人なんて一人も居なかったし。

この地球上には何十億もの人間が存在しているのだから、一人くらい私に恋してくれてもいいものを。

全く、可笑しな話だ。

自身の経験値の無さを恥じるが為に、自ずと視線は下を向く。

地面を蹴るスニーカーの爪先を睨むように見ている私に「なんか、意外」と、忍足さんは言った。


「芸人さんって、激しく遊んでいるようなイメージがあったから……あ、これは偏見じゃないんだけど」

「…………立派に偏見だと思いますよ?」


お笑い芸人=遊び人というイメージが定着しがちな昨今。

中には例外がいる事をしっかり認識して欲しい。

確かに、合コン三昧の日々を送る芸人さんは多い。

奥さんが居ながら平気で浮気する人も中にはいる。

そういった人は、浮気は芸の肥やしだと開き直ってたりするけれど……

真面目な人間だってちゃんといるのだから。

少なくとも、私はそっち寄りの人間だと自負している。


「でも、実際、業界関係者と飲みに行く機会多かったんじゃない?」

「…………そりゃあ、売れていた時はそれなりにお誘いはありましたけど…」


まぁ、誘いはあったにはあった。

業界関係者は勿論、番組のスポンサーやIT事業者、ごくたまに読者モデルとか……色々と。

ただ、一緒に飲んだ人は決まって同じ台詞を言う。



『案外普通だね。テレビで見るより面白くない』



更に奥手で人見知りな性格が災いとなって、友達にすらなれずにその日の内に試合終了。

連絡先を聞かれた試しもない。

出会いをチャンスとして活かせなかった情けない経歴は山のようにあっても、恋愛遍歴はまっさらな状態。

そりゃあ、手を繋いだだけで挙動不審にもなるでしょうよ。


「……異性を前にすると、変にあがってしまうんです…」


今現在も緊張の真っ只中。

全力疾走した並みに心臓がバクバク躍動している。

その内、スタミナが切れて止まるんじゃないかって冷や冷やする。


「へぇ……けど、バラエティーでは思いっきり異性と絡んでなかった?」

「あ、れは………台本だったから…」


台本さえあれば、私は何だって出来る。

先輩芸人に絡んだり、番宣の為に出演した俳優に女アピールしてみたり……

ただ、アドリブはどうも苦手。

機転が利く相方と違って、台本がないと上手く立ち回れないし、ボケられない。

お笑い芸人として、致命的とも言える欠点を抱えている。

干されるのも無理はない。


「………とにかく、異性とは縁がなかったんです」


早くこの話題を終わらせたくて締めようとする私に、忍足さんは「ふぅん……」と鼻を鳴らす。


「良く言えば身持ちが固い。悪く言えば社交性がないって事かな……」

「え………?」

「惜しいよね、折角ダイエットして可愛くなったのに………きっと、大人しい性格が邪魔してるんじゃない?」

「大人しいですか?私って……」

「うん」


首を縦に振った忍足さんは、私がこれまでに何度となく聞いてきた言葉を口にする。


「テレビで見るのと印象が違うよね。テレビではあんなにはっちゃけてたのに、意外と大人しいし普通……」

「…………」

「ギャップが激しい」


あぁ、やっぱり………と、肩が落ちる。

テレビでは明るいキャラクターを演じていただけに、実際の私の根暗な性格を知った人は、そのギャップに驚き、引いていく。

カメラが回っていなければ私だって、少しオタッキーではあるものの、ごく普通の女子な訳で。

お笑い芸人は、プライベートも面白可笑しく生きているとでも思っているのだろうか?


「………はぁ」


小さく溜め息が漏れた。
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