売名恋愛

江上蒼羽

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雲のように掴めない人⑬

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私が気になっているのは、忍足さんですから……なんて。

そんな事、口が裂けても言えない。


「……芹やんと随分楽しそうに話してたよね………どんな話で盛り上がってたの?」


その声には、感情が籠っていないように思えた。

忍足さんの表情が知りたくて、そっと様子を窺うと、彼は窓の外を流れる景色を眺めている。

残念ながら、表情を捉えられない。


「えっと……何を喋ったかな?あ、はは……色々喋り過ぎて覚えてないや」


打ち上げの飲み会は、ざっと二時間程度。

その間に、半日分………下手をすると一日分以上の会話がぎゅっと凝縮されている。

トーク番組の収録並みに、良く喋った。


「あ、思い出しました!芹沢さんが忍足さんをライバル視してるって話とか、お互いの家族の話とか……」

「へぇ……」


どういった話の流れから家族の話になったのかは思い出せないけれど、芹沢さんが、私の家族構成について興味津々に聞いてきたのは覚えている。



『へぇ~、森ちゃん、三人兄弟の一番上なの?』

『はい、こう見えて、長女です』

『こう見えてって、どう見えて?で、下は弟?妹?』

『弟と妹が一人ずつです』

『もしかして、他の兄弟も自然に因んだ名前だったりする?』

『実はそうなんですよ。弟が大知(ダイチ)、妹が羽未(ウミ)って名前なんです』

『おおっ、空と大地と海!大自然兄弟じゃん!』

『そうなんですよ』

『じゃあさ、両親は?両親の名前ももしかして………』

『あはは、残念ながら……父は俊夫(トシオ)、母は希代子(キヨコ)なんです』

『ははは、普通じゃーん!つーか、森ちゃん、それネタにしたら?』

『あ、良いかもしれないですね!』




「何でか、ウチの家族の話題でも盛り上がっちゃって……芹沢さん、お酒が入ると、笑い上戸になるんですかね?ずっと笑ってましたよ」

「そっか……」

「あ、そうそう、芹沢さんってば、まんぼうが解散したらコンビ組まないか?って言うんですよ。冗談だろうけど、案外本気だったのかな?」

「どうだろうね」

「芹沢さん、その内、本当に芸人目指したりして……」


大通りを軽快に進んで行くタクシーの中で、火が着いたように饒舌に話す私。


「何でか、ワイン頼み出しちゃって……ワインなんて初めてだったんで、イマイチ味が分かんなくって……芹沢さんてば、何でワインなんか……」


ほんのさっきまで忍足さんと何を喋れば良いのか戸惑っていたのに、芹沢さんのお陰で良い話題が出来た。

彼の存在に感謝。


「あ、それで、芹沢さんたら、面白いんですよ!」


まだまだ芹沢ネタが尽きず、今度は芹沢さんがプライベートでやらかした面白ネタを語ろうと思っていたのだけれど……


「何でもこの前ーーー…」
「素良」


急に私の名を呼んで言葉を遮った忍足さん。

私が「えっ?」と思ったのは、ほんの一瞬で……

妙な圧迫感と息苦しさ。

これは、多分目の前に忍足さんの顔がある所為。

優しく当てがわれた唇から彼の体温がじんわり伝わってくる。

そこで漸く自分が今何をされているのかを認識した。

その瞬間、脳内で大規模な爆発が至る所で巻き起こった。

私の意識を吹っ飛ばさん勢いで。

時間にして、僅か数秒。

なのに、私の中では物凄く長く感じて。

忍足さんがゆっくり唇を離す様をぼんやり眺めた後、すぐにカーッと何かが込み上げてくる。



…………キ、キス、された…

脳内の爆発音はまだ止まない。

というか、当分ドンパチやってると思う。

何故いきなり?てか、忍足さん……何で?と、激しく混乱する頭。

忍足さんとの行為の名残を保護するように唇を覆う両手。

小刻みに震える肩と、大きな音を立てる心臓。

それら全てをもて余しながら、驚きで声も出ない。

だけど、私以上の驚きを見せたのは、彼の方だった。


「あ………いや…その……」


忍足さんは、明らかな動揺を見せる。


「ごめん………体が勝手に…」


目を泳がす彼の姿は、まるでイタズラが見付かってしまった子供のよう。

彼のこんな姿は初めて目撃する。


「……ごめん、忘れて」


決まり悪そうに言った彼は、タクシーの運転手に停車するよう指示を出す。

指示を受け、すぐ路肩に停車したタクシー。

ハザードランプの点滅音がやたらと頭に響く。


「本当にごめん………俺、ここから歩いて帰るから………気を付けて」


忍足さんは、鷹林さんから預かったタクシー代を私に託し、逃げるように降車していってしまった。

車内に残された私はというと……

未だ、信じられない思いで体を震わせていた。

驚きと戸惑いと嬉しさのごちゃ混ぜ感情に身を浸しながら、彼の行動の意味をひたすら考える。

たまたま口寂しかったのかもしれないし、人恋しかったのかもしれない。

私がうるさくて黙らせたかったのかもしれないし、意外にも私に欲情してしまったのかもしれない。

いや、私なんかに欲情は有り得ないだろうけど、もしかしたら……

いやいや、そんな筈はない。

私相手に、演技の練習をしたのかもしれない。

いくつもの“かもしれない”という仮定が現れては、次々に消えていく。

脳内のお池に数羽のアホそうなカモが浮かぶだけで、答えは一向に出て来やしない。

忍足さんの行動の意味、その後の反応………全くもって、私には不可解だ。

唯一分かったのは、彼の行動の所為で、私の気持ちに拍車がかかってしまった事だけ。

芹沢さんは、いつか忍足さんが雲のように掴めない存在になるのでは、と危惧していた。

でも、私にしてみれば、もう既に彼は雲のような人だ。

彼がどんな思いで私に唇を重ねてきたのか…

どうして、あんなに自らの行動に対して困惑していたのか……

全く見当がつかないし、その理由を掴めそうもない。
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