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高過ぎる代償④
しおりを挟む「こんばんは」
「こ、こんばんは、お疲れ様です」
いつものように、彼から指定されたお店に赴き、通された個室で二人きり。
間宮がふざけた事を言った所為で、変に緊張してガチガチの私に忍足さんが優しく微笑む。
「今日の服、可愛いですね」
彼の柔らかな笑みが、私から余裕を奪っていく。
「え……?あ、ありがとうございます。相方にも褒められました」
緊張と意識の所為か、いつも以上に彼が眩しく思える。
まるで、背中にLEDの蛍光灯を三本背負っているかのような神々しさだ。
直視出来ない。
まずは、ビールで乾杯。
「この間のお笑い頂上決戦……拝見しましたよ」
「え、観たんですか?!うわ….…恥ずかし…」
お笑い頂上決戦……とは、芸人達が自慢のネタを披露し、頂上を目指して対決する番組。
優勝者は、賞金100万円を獲得出来る。
残念ながら、私と間宮のまんぼうライダーは、三回戦敗退。
あと二回勝ち上がれば頂上に行けたのに…
惜しくも、先輩芸人の正統派漫才に破れてしまった。
昔はモテたを自称する食堂のおばちゃんのネタ、結構自信があっただけに、敗退が未だ納得出来ていない。
今思い出しても、悔しい。
「三回戦で敗退は惜しかったですね……あのネタ、僕好きですよ」
「本当ですか?!ありがとうございます!」
思わず席を立ち、深々お辞儀をする。
「忍足さんにそう言って貰えると自信がつきます。実は、あのネタ、私が考えたんです」
「へぇ、森川さんが?結構、細部まで凝ってましたよね。凄く笑えました」
「うわぁ……嬉しいです」
さながらお手伝いを褒められた子供といったところ。
忍足さんの言葉一つに、いちいち喜び、いちいち照れる私は、単純明快な人間だと思う。
「次は優勝目指して頑張って下さい。応援してます」
「ありがとうございます。ネタ、頑張って考えないと」
近況報告を含めた雑談と料理を楽しみながら、いつチョコを渡せばいいか考える。
どのタイミングで渡すのがベストか……
話の流れからさりげなく……が理想だけれど…
話術に長けていない私は、上手く話を持っていけない。
“そういえば、もうすぐバレンタインですよね?”
“忍足さんは、過去最高でいくつチョコ貰いました?”
“どういうチョコがお好みですか?”
この程度の事も聞けないなんて……
我ながら、チキン過ぎる。
間宮だったら、上手に話を持っていき、そこから更に色々と話を膨らませられるのだろうな……と、落ち込んだ。
「この週末、ドラマの撮影があるんですよ。初めての時代劇なんです」
「へぇ、凄いですね!」
「髷のカツラを被るんですが、似合うかどうか……不安です」
「いや、似合いそうですよ!殺陣もあるんですか?」
「今回は残念ながら……」
いつチョコを渡そうか…
いつ偽装交際の延長了承の話を持ち出そうか…
喋りながら、タイミングを窺うも、なかなか切り出せない。
「腹いっぱいになりましたね。そろそろ……出ましょうか?」
そうこうしている内に、タイミングを失ってしまい、あえなく食事タイムが終了。
「今回こそ、私が払います」
「気にしないで下さい。僕が誘ったので僕持ちで」
「いや、駄目です。私が……」
こうなったら、別れ際にサッと渡すしか手段は残されていない。
「少しお時間があるようなら、散歩して帰りませんか?」
忍足さんの思いがけない提案を珍しく感じながら、私は「是非、喜んで」と、二つ返事でそれを承諾した。
2月の夜は、かなり冷え込む。
吐く息が真っ白で、吐き出した側から氷になってしまいそうな程、気温が低い。
マフラーに顔を埋め、右手はしっかりと忍足さんの左手と繋がっている。
その所為か、不思議と寒さを感じない。
寧ろ、異様な発汗が起こり、新陳代謝が活発化している。
忍足さんは、私にとって、歩くキムチチゲのようだ。
忍足さんに連れられるがまま歩く、夜の公園。
普段は、大人のデートスポットになっているであろうこの場所には、今は私と忍足さんのみ。
他にも人がいても良さそうなのに、今日に限って誰もいない。
お陰で周りを気にせず、ゆっくり歩いて回れるけれど、どことなく静けさが不気味だ。
中腹辺りまで来た頃、突然、忍足さんが「あ……」と、声を挙げた。
「……あー…しまった……」
「どうかされました?」
立ち止まり、上着とパンツのポケットを叩く忍足さん。
「携帯………さっきの店に忘れたっぽい…」
「え………」
携帯は、現代人にとって、必要不可欠な文明の利器。
あらゆるデータを記録し、色んな機能を搭載している人類の友だ。
ましてや、忍足さんは芸能人。
一般人に個人情報を知られたら大変な事になる。
「ヤバい」
焦る忍足さんは、すぐに踵を返す。
「すみません、すぐに取りに行ってきます」
走りかけた忍足さんに、私は「あ、待って下さい」と、制止をかけた。
「私も一緒に行きますよ」
途端に、忍足さんは、困ったように眉を下げた。
「ありがとうございます。でも、走って取りに行きますので」
「え、ですが……」
「すぐに戻ります。あそこのベンチに座って待っていて頂けますか?」
言うが早いか、忍足さんは元来た道を駆け足で辿り始めた。
その背中をぼんやり眺めながら、私は一人呟く。
「別に、一緒に行っても良かったのに……」
仕方なく、バッグからチョコの箱を取り出し、この後のシミュレーションを始める。
「えと、これ……良かったら、食べて下さい。それから、この間の延長のお話なんですが……私で良ければ続行でお願いします………と、こんな感じ?」
ブツブツ言いながら予行練習に励む。
まさか、この数秒後に、売名行為の高過ぎる代償を支払う事になろうとは微塵も思わずに。
「いやいや、もうちょい、しおらしく……」
ベンチまで、あと数メートルといった所まで来た時、それは起こった。
「はぁ、緊張する……」
もし、私がチョコを渡したら、忍足さんはどんな反応を見せてくれるだろう……
驚くだろうか?それとも、喜んでくれるだろうか?
私に優しく微笑んでくれるだろうか?………なんて事ばかりを考えていたものだから、異変に気付くのが遅れ、対処出来なかった。
地面を踏み締めた感触が変だと感じた時には、もう既に遅く……
私の体は、バリバリ……という音と共に垂直降下していた。
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