オセロな関係

江上蒼羽

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店内の席は八割方埋まっていた。

週末とあって仕事帰りのサラリーマンが多い印象。

けれど、居酒屋特有の賑やかさはない。

しっとりとした、大人だけの上質な時間を楽しむ為の場所なのだろう。

時の流れが緩やかになった錯覚さえ覚えてしまいそうだ。




カウンターの端の方に案内され、静かに席に着いた。

お絞りが置かれるや否や、夏川さんが日本酒と適当なアテを注文する。

日本酒は勿論、“ちかあと”酒造の物。


「酒祭りに行った時、“ちかあと”のブースで売り子していたお兄さんが、このお店を教えてくれたんですよ」


お絞りで手を拭いながら、夏川さんが得意気に言う。


「“ちかあと”酒造の全ラインナップを楽しめるのは、地元の中でもこのお店だけなんだそうです。他じゃ、“ちかあと”の売れ筋の“澄雫”ちょうだだけしかおいてないようで」

「へぇ、そうなんだ。色々楽しめるんだね。それにしても……素敵なお店だよね」


“ちかあと”酒造のお酒に興味津々ながらも、店の内装や小物等にも興味を引かれる。


「この醤油差しとか、コロンとしたフォルムで可愛らしい」

「朝比奈さん、そういうの好きですもんね」

「うん、大好き」


思わず手に取りたくなるデザインの小物類についつい夢中になっていると、夏川さんが注文した日本酒とお通しが静かに置かれた。


「わ………この器、凄くキレイ…」


思わず、薄く色付いた手の平サイズのガラスの器に感動し、溜め息が零れた。


「津軽びいどろのあじさいという名の盃です。キレイですよね」


盃に見とれる私に若い男性店員に声を掛けて来た。


「はい、とても素敵です。自宅には100円均一で購入したグラスしかないから、芸術的な盃は目の保養になります」

「器もお酒を楽しむ要素の一つですからね」


爽やかな笑みを浮かべる店員につられて、こちらも笑顔になる。

と、何故か彼は私の顔を凝視。


「えっ……と、私の顔に何か付いてます?」


不思議に思いながら問い掛けると、彼は「いえ」と首を振り、またニッコリ。 


「初めていらっしゃるお客さんだなぁ……と思いまして」

「あ、そうですか」


腑抜けた返しをする私の横から夏川さんが顔を出す。


「“ちかあと”酒造のお酒をふんだんに楽しめるお店だと聞いて来てみたんです。日本酒が苦手な先輩にも是非勧めたくて」

「そうなんですか、ありがとうございます」


店員が嬉しそうに笑い、頭を下げた。


「この店、兄夫婦が経営してて、自分は時々手伝いに来てるんですけど、“ちかあと”目当てのお客さん多いですね。他にも日本酒扱ってるのに。やっぱり“ちかあと”酒造の酒は人気なんですね」

「だって凄く美味しいもの」


夏川さんは、“ちかあと”のお酒の味を思い起こしているのか、うっとりと目を細めた。

そこへ、カウンターの中から頭にバンダナを巻いた顎髭を生やしている男性が会話に加わる。


「だよねぇ、俺も好きなんだよ。因みに俺のオススメは“美澄”びちょうだな。辛口なんだけど、米本来の旨味がよく分かる、旨い酒だよ」


この店の主らしき厳つい男性の言葉に、夏川さんの喉が鳴ったのが良く分かった。

バンダナの男性は、若い男性店員を指差し「こいつね」と続ける。

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