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《19》
しおりを挟む「……朝比奈さん」
名前を呼ばれて親跡さんを真っ直ぐに見詰め返すと、彼は一瞬迷うような素振りを見せてから言う。
「これからよろしくお願いします」
何を言われるのかとほんのちょっと身構えていた所のこの言葉。
少し拍子抜けしながら、すぐさま「こちらこそ」と頭を下げる。
「それでは失礼します」
丁寧に深々と頭を下げた親跡さんは、さっと踵を返して部屋を後にした。
部屋に残された私は、一人小さく息を吐く。
「何を一人で意識してるんだか……」
夏川さんと帆貴さんの言葉から、二人っきりというシチュエーションに“もしかしたら何かあるかも…”と身構えていた私。
そんな自分に恥ずかしさが込み上げてきた。
親跡さんとは、これからビジネスパートナーとして切磋琢磨し、至高の品を作り出さなければならない。
そこに恋愛染みた感情は不要。
「………真に受け過ぎ…」
何かしらの甘い期待を抱いた己を責めながら、部屋の片付けを再開した。
3日後、商品についての打ち合わせをしに親跡酒造へと足を運んだ。
夏川さんと二人で訪問する予定だったのだけれど、彼女は急遽別件対応で不在。
正直私で大丈夫だろうか?と不安を抱く反面、夏川さんが作成した資料を元に相手側の要望を聞いて持ち帰るだけの仕事だと思えば、そう難しくもないか……とも思ってみたり。
夏川さんが思い描く商品イメージと、相手側が抱くイメージが上手く合致するといいのだけれど……
「…………何とまぁ…」
携帯のマップアプリを頼りに出向いたものの、入り口が分からず立ち往生中。
「古いけど味があるというか…」
老舗とあって、木造の建物は歴史を感じさせられる立派な佇まい。
築何年だろうか…?等と素人ながらに推測していると「どちら様ですか?」と、背後から声を掛けられた。
ハッとして振り返ると、そこには作業着を着た男性が訝しげな表情をして立っていた。
「あ………すみません、私、歌代製菓の朝比奈と申し―――…」
私が挨拶をし終わる前に男性は「あぁ」と声を挙げた。
「旺亮の客か。事務所は反対側なので、そっちからぐるっと回って行って貰えます?」
「え………」
男性が指を指す方角には、目の前の木造の建造物とは対照的な近代的な建物があった。
「……普通こっちの方には来ないと思うんだけど、どうやって来たんですか?」
ざっと見た感じ、30代前半から半ば位か。
薄く髭を蓄えた男性の眉間には深い皺。
私がここに居る事に疑問を感じているようだった。
「えっと……携帯のアプリで調べながら来たのですが……見方が悪かったのか……すみません、少々迷ってしまって」
「まぁ、この敷地内はごちゃついてるから仕方ないか……けど、この先は女人禁制区域となっているので、早々にご移動願いたい」
厳しい表情で威嚇するかのように言われたものだから、萎縮せずにはいられなくて
「大変申し訳ありません!」
尻尾を巻いて逃げるようにその場を去った。
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